第19話 三角関係?

「——燿くん! こんなこと、もうやめて!」

「えっ?」


 突然の剣幕に、俺は箸を止めて固まった。

 こんなことって、なんだ?


「どうしたんだ、ユメちゃん?」

「昨日の配信のことだよ! あんなふうに人に笑われて、燿くんが可哀想で……!」


 ユメちゃんの声は切実だったが、俺には何のことを言っているのかイマイチ掴めない。

 配信のことを言っているんだろうけど……。

 そんな俺の反応を見て、彼女はさらに声を強めた。


「燿くん、人前に立つの苦手なのに、なんであんな無茶なことを……! 絶対にやめたほうがいいよ!」


 あ、なるほど。少し理解した。


「いや、ちょっと待てよユメちゃん。それ、何か勘違いしてるんじゃないか?」

「えっ?」


 ユメちゃんは一時静止した。

 良かった、少しは話を聞いてもらえそうだ。

 だが、そこに暗躍を目論む者がいた。


「……はっ、これは……!?」


 蒼汰が何やら口ずさむ。


「あのなユメちゃん、昨日の件は——」


 俺がそう言いかけた瞬間、蒼汰が横から口を挟んできた。


「——いやいや、ユメちゃんの言う通りだよな!? 燿は完全に騙されてる! ルナとかいうVTuberになっ!」

「は——?」


 俺の思考はフリーズした。

 コイツは何を言っているんだ?


「お前、何言ってんだよ!? 昨日はお前、俺を感心したとか言ってたクセに!?」


 俺が驚いて蒼汰を睨むが、蒼汰は明らかに楽しそうだ。

 ——目が笑っている。


「いや~、あれは話の流れってやつだよ。だって、こんな必死なユメちゃん見たらさ、応援したくなるだろ?」

「応援ってなんだよ!?」


 俺が叫ぶと、ユメちゃんがさらに食い下がってくる。


「や、やっぱり! 燿くんは巻き込まれてるんだよね! 蒼汰くんもそう思ってたんだ!?」

「ちょっと待てって! そもそも俺、騙されてないから!」


 ユメちゃんを説得しようとするのだが、切実な口調で告げるのだ。


「でも、燿くん……昨日の配信であんなに笑われてたの、すごく辛かったんじゃないの?」

「え……?」


 ユメちゃんが涙目でそう言うので面食らってしまった。

 いやいや、俺は別に気にしてなかったんだけど……。

 蒼汰のせいでどんどん話がややこしくなっていく。


「ったく蒼汰、ふざけんなよお前。なんで余計なこと言うんだよ」

「いやいや、燿。俺はただ、ユメちゃんの純粋な心配をサポートしてるだけだって」

「サポートになってねえよ!?」


 一方で、ユメちゃんの怒りは収まっていない様子。


「ねぇどうなの、燿くんは迷惑してるんじゃないの?」

「いや、別に迷惑なんか……」

「はっ、さては弱みを握られてるんじゃ……」

「そんなもんねえよ!?」


 俺が叫ぶと、蒼汰は肩をすくめて笑った。


「だったらさ、実際にそのルナってやつに会えば話が早いんじゃね? どうせ結婚相手なんだし」


 蒼汰の言葉に、ユメちゃんが勢いよく頷く。


「そうだよ、私もそのルナちゃんとやらに会いたい! 直接話して、燿くんをこれ以上巻き込まないように説得する!」

「いやいや、会いたいって簡単に言うけど……。」


 俺は頭を抱えた。

 話がどんどん脱線していく。

 しかも蒼汰のせいで、ユメちゃんの勘違いはますます悪化している。


「燿、どうする? ユメちゃんのこの熱意を無視するのか?」


 蒼汰がさらに煽るような口調で言ってくる。

 その顔には悪意はないが、面白がっているのがバレバレだ。


「俺を巻き込むなって……。」


 そう呟いたものの、ユメちゃんが真剣な顔で俺を見つめてくる。


「燿くんお願い。私、絶対に燿くんが無理してるのを止めたいの」


 その瞳の奥に、一瞬の悲しみが混じるのを見た気がした。

 その後、彼女は言葉を続ける。


「……だって、燿くん、ルナちゃんと婚約届出したんでしょ」


 その言葉に、蒼汰が大声で笑い出した。


「あっ、マジで!? お前、もう結婚してたのかよ! なのにユメちゃんは既婚者を相手に……最高にドロッドロじゃん!」

「もう黙らんか?」


 俺は疲れたツッコミを入れつつ、ユメちゃんに視線を戻す。


「ユメちゃん、旦那になっちゃったけどそれがどうしたんだよ」

「……旦那さんなんだから、大事にしてもらわないとダメだよ」


 ユメちゃんの言葉には、不安と強い意志が混じっていた。


「もしルナちゃんが燿くんを大事にできないなら……別れたほうがいい」

「!?」


 その言葉に、俺も蒼汰も一瞬だけ黙り込んだ。

 そして、蒼汰が口を開く。


「ユメちゃん、それ、もしかして……嫉妬?」

「そ、そんなんじゃない!」


 ユメちゃんは真っ赤になって否定するが、蒼汰のニヤニヤは止まらない。


「いや~、いいなぁこの三角関係。俺、観戦するだけで楽しめるわ。」

「観戦って言うな! お前は引っ込んでろ!」


 俺が怒鳴ると、蒼汰は肩をすくめて笑った。


「でも、俺もそのルナちゃんに会ってみたいよな。ユメちゃんもそうだろ?」

「……会いたい」


 ユメちゃんが静かに頷く。


「会って、燿くんを大事にしてって言いに行くの。だって燿くんはとっても優しい男の子だから、これ以上ムリさせないでほしいの……」


 その真剣な顔を見てドキッとしてしまう。

 これは、まさか……いや、そんなことあるわけない。

 だってユメちゃんが俺のことを……だぞ? ただ心配しているだけだ。

 そうだよ、うん。

 だから、これ以上面倒なことにならなきゃいいけど——と、心配する他なかったのだ。

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