4章 三角関係

第17話 星野由芽の心配

 私は星野由芽。

 大学2年生で、ゼミでは人一倍真面目だと言われることが多い。


 どちらかといえば控えめな性格で、大勢の中ではあまり目立たない方だ。

 でも、友達付き合いは好きで、特に同じゼミの仲間たちとは楽しく過ごせている。

 そんな私が、今画面の前で固まっているのには理由がある。


 画面に映るのは、見慣れた燿くんの顔だった。

 だけど、いつも大学で見る彼とはまるで違っていた。

 驚きと混乱がごちゃ混ぜになり、私の頭の中が真っ白になる。


「え……嘘でしょ……? 燿くんが、こんなところに?」


 目の前で繰り広げられるのは、人気VTuber月夜ルナの配信。

 彼女の明るく楽しそうな声と、視聴者からのコメントが次々と流れる中、燿くんは何かしらのゲームに付き合わされているらしい。

 迷路で振り回された挙句、クイズで散々な目に遭った姿を見て、胸がぎゅっと締め付けられるようだった。


「なんで燿くんが……。こんな人前に立つのが苦手な燿くんが……」


 声に出して呟くと、自分の震えた声にハッとした。

 確かに彼は、目立つのが得意なタイプではない。

 むしろ、人の前で何かをすることを苦手としていたはずだ。

 それなのに、どうしてこんな……大勢の人が見ている配信に?


『燿、面白すぎwww』

『こんなパートナー最高すぎるw』

『結婚早々激しすぎてワロタ』

『ルナちゃんに振り回されるの可愛いwww』


 流れるコメントは配信を楽しんでいる視聴者のものばかりだった。

 でも、それを見れば見るほど、心の中にモヤモヤした感情が湧き上がってくる。


「こんな……笑われてばっかりじゃない!」


 小さな声で呟くと、気づけば手が震えていた。

 怒りとも悲しみともつかない切ない感情が胸を占めていく。


 燿くんは、こんなところで笑われるために頑張ってるんじゃない。

 あの優しい人が、自分を犠牲にしてまで誰かのために何かをする姿なんて、見ていられない。


(燿くんは、こんなバカげたことに付き合うべきじゃない)


 決意が固まった瞬間、喉元から自然と言葉が漏れる。


「……私が、止めなきゃ!」


 目の前の配信画面を閉じて、深呼吸をする。

 胸の中のザワザワが収まらない。でも、今のままではいられなかった。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 次の日、講義中も私は落ち着きがなかったようだ。

 ノートにペンを走らせる手も止まりがちで、視線はぼんやりと窓の外に向かっている。

 講義内容なんて頭に入らない。


(燿くん、どんな気持ちで配信に出てたんだろう……?)


 そんなことばかり考えてしまう。


「おい、ユメ~。調子悪いの~?」


 隣の席の友人が心配そうに声をかけてくる。


「え、あ、うん、大丈夫。」


 慌てて返事をするが、友人は首を傾げている。


「なんかいつもと違うなー。燿くんのこと、ずっと考えてるんじゃない?」

「なっ……!?」


 図星を突かれて赤面する。

 友人はニヤリと笑いながら、視線をノートに戻した。


(バレバレだ……)


 恥ずかしいながらも、私はどう気持ちの整理をしていいか分からなかった。





 燿くんのことは、ずっと前から気になっていた。

 ゼミで初めて一緒になった時の、少し控えめだけど誠実な話し方。

 友達を大事にして、気遣いができるその姿。少し不器用だけど、周囲を和ませる優しさ。いつの間にか、そんな彼に目が向いていた。


 だけど、彼の人前での不器用さや、無理に頑張ってしまうところも知っている。

 それを理解しているからこそ、こんな場で彼が振り回されているのを見るのは、耐えられない。


「燿くん……」


 小さく名前を呼ぶと、自然と足が動き出していた。

 これ以上、彼をこんなふうに使わせてはいけない。

 そう、誰よりも自分が彼を守らなきゃいけないのだと、気持ちが固まっていく。



 次の日の昼休み、私は決心を胸に燿に話しかけるため、彼を探していた。

 あの時の配信が目に焼き付いて離れない。

 自分の想いを伝えるかどうかは分からないけど、少なくとも、彼があんな状況に置かれるのを止めさせる。その決意だけは揺るがなかった。


「燿くん、話があるんだけど……!」


 彼に声をかける瞬間、胸が高鳴るのを感じた。

 でも、これだけは伝えなきゃいけない。燿くんのために——。


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