第16話 ルナの不安
配信ミスのせいで企画自体がドタバタしてしまったが、これはこれで結果オーライという形になり、視聴者の満足のいく配信となっただろう。
そして、配信が終わった後、ルナはどこか不安げな表情を浮かべていた。
普段の強気な態度はどこへやら、視線を落として、手をぎゅっと握りしめている。
「……ルナ?」
俺が声をかけると、彼女は一瞬驚いたように顔を上げた。
だが、その青い瞳に映る不安の色は隠しきれない。
「……ごめん。私がもっとちゃんとしてれば、こんなことにはならなかったのに」
恐らく、今回のミスのことだ。
台本を用意したと言っていたのに、ぶっつけ本番になり、俺に恥ずかしい思いをさせたのではと思っているんじゃなかろうか。
「おいおい、急にしおらしくなるなよ。お前らしくないぞ。」
そう言いながらも、胸の奥がちくりと痛む。
準備していた企画でこの状況を引き起こしたのが彼女のせいだとはいえ、責任を一人で背負わせるのは違う気がした。
「だって、あんなふうになっちゃうなんて思ってなかったし……。私、ほんとにダメだよね」
ルナが消え入りそうな声で呟く。
いつもなら強引で自信満々な彼女が、こんな弱々しい姿を見せるなんて、少し驚きだった。
「おいおい、どうした? いつもの自信たっぷりなルナ様はどこ行ったんだよ」
「……そんなこと言われても、今回の配信で耀に迷惑かけちゃったのは事実でしょ」
「まぁ、確かに振り回されたけどな。」
俺が少し笑いながら答えると、ルナはさらにしゅんとしてしまう。
その様子に、思わず言葉を続けた。
「でもさ、結果的に視聴者は楽しんでたじゃないか。コメント欄、爆笑で埋まってたぞ」
「それは、そうだけど……」
「なら、それでいいんじゃないのか?」
「え……?」
ルナが口を開きかけたが、俺はそれを制して続けた。
「いいか、ルナ。俺がこんな状況に巻き込まれたのは確かだけど……まあ、俺も契約書をちゃんと読まなかったのが悪いしな」
ルナはきょとんとした顔でこちらを見る。
「え?」
「どうせ俺は暇な大学生だ。それにいくら笑われたって、俺は社会的な立場もへったくれもないから気にしないしな」
軽く肩をすくめて笑ってみせる。
自分でも少しカッコつけすぎだとは思うけど、ここで弱音を吐くわけにはいかない。
「だから、配信活動くらい手伝ってやるよ」
その言葉に、ルナは目を丸くして固まった。
そして、次の瞬間、何かを必死に堪えるように俯く。
「……いいの?」
「何が?」
「だって、嫌じゃないの? こんなことに巻き込まれて……」
「別に気にしてないけど」
「……しかも、毎日配信に付き合うなんて」
「おい、毎月じゃなかったのかよ。」
「バレた? じゃあ毎週……」
「お前、しれっと条件を悪化させるな!」
本当に暇人だと思われてるんだな。
ていうかしんみりした空気の中で妙な口約束させようとするのやめろよ……。
彼女の無茶ぶりに呆れつつも、どこか憎めない。
仕切り直して、俺は言う。
「嫌かどうかなんて関係ないだろ」
俺は少し語気を強めて言った。
「お前、さっき謝ったよな。でもな、謝るだけじゃ解決しないんだよ。だから、俺も一緒にやる。それでお前が無理しなくて済むなら、それでいいだろ?」
「え……あ、うん……」
ルナは何か言いかけたが、結局言葉にはならなかった。
その代わり、その後に続く彼女の小さな声が、妙に耳に残った。
「……ありがとう」
か細い声で呟かれたその言葉が、やけに胸に響く。
こんな状況でも、俺を頼ってくれるのが少し嬉しくもあった。
「いいって。お前が倒れられると、それはそれで面倒だしな」
「……なんかその言い方、嫌味っぽいんだけど」
「お前の被害妄想だ」
「はぁ? 被害妄想なんかしてないし!」
俺が肩をすくめると、ルナは口を尖らせてそっぽを向いた。
そんなやり取りに、少しだけいつもの調子が戻ってきた気がする。
そんな中、いつの間にかいた伶が微笑みながら口を開く。
「ふふ、耀さんは本当に優しいんですね」
「お前いつの間に!?」
「配信が始まった時からずっと見ていました、だって私はルナさんのサポーターですから」
「お前、そればっかだな」
苦笑しながら返すと、伶は軽く肩をすくめた。
「では、月一の配信活動については大丈夫そうですね。安心しました」
「いや、慣れてねぇよ。初回でこれだぞ?」
「それでも、ルナさんを支えるには十分な資質があると思いますよ」
伶の言葉にルナが少しだけ笑みを浮かべた。
その笑顔が、俺の中の何かを軽くした気がする。
そして、伶はきびきびとした動きで出口へ向かった。
「今日はお邪魔しました。お二人とも、無理はしないようにしてくださいね」
「別に何も邪魔されてないけどな」
「ふふ、そうですね」
最後にそう言い残して、伶は部屋を出て行った。
静まり返った空間で、俺はようやくソファに深く腰を下ろした。ふと見ると、ルナがこちらをじっと見ている。
「……何だよ」
「いや、別に」
ルナはそう言いながら、小さく笑う。
その笑顔がどこか安心しているように見えて、俺は少しだけ肩の力を抜いた。
「とりあえず、今日はもう休め。お前、また体調をぶり返したら元も子もないんだから」
「分かってるわよ」
ルナはそう言いながら、再びベッドに横になった。
その背中を見ながら、俺はぼんやりと考えた。
(こうして巻き込まれるのも悪くないかもな。少なくとも、コイツが倒れないようにする理由にはなるだろ。)
そんな風に考えてしまう自分に、少しだけ驚きながらも悪い気はしなかった。
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