第15話 初めての共同作業

「ほら、早く位置について」


 ルナが指差すのは、スペースの中央に設置された派手なステージの上。

 ピンクや黄色の照明が絶え間なく点滅し、妙に目がチカチカする。


「なぁ、これ必要か? 目が疲れるんだけど」

「何言ってるの? これが配信映えするのよ」

「俺の目が映えなくなるわ!」


 ホント失明しそうなんだが。

 文句を言ってみたが、ルナは全く聞く耳を持たない。

 仕方なくステージに上がると、彼女が手際よく操作をして、背景にキラキラしたエフェクトが追加された。


「どう? 良い感じでしょ?」

「いや、良い感じかどうか分からんが、俺には眩しすぎる」

「私の存在が? 照れちゃうわね~」

「そんなこと言ってないっての」


 俺のツッコミが激しいせいか、ため息をつかれた。


「はぁ、視聴者が喜べばいいのよ。あなたは黙って座ってなさい」


 彼女に軽く手を振られ、俺は言われた通り椅子に座った。

 どうやら俺は完全に「置物」として扱われるらしい。


「で、本番のつもりでやるって言ってたけど、具体的に何するんだよ?」

「簡単なクイズとかミニゲームよ。あなたは適当に参加してくれればいいわ」

「適当にって……具体的には?」

「例えば——」


 ルナは得意げにタブレットを操作し、ステージの上に巨大なスクリーンを出現させた。

 そこには大きく「ルナをもっと知ろう!クイズ大会」と書かれている。


「タイトルセンスが無さすぎる……もっと良い題名は無かったのかよ」


 だけど、ルナはシカトする。


「ほら、これ。私に関するクイズを出すから、正解したらポイントがもらえるわ」

「おい、待てよ。俺はお前のことなんてそんなに知らないぞ」

「だからこそやるのよ! 私のパートナーなら、ちゃんと私のことを知ってなきゃいけないでしょ?」

「それ、婚活企画じゃなくて授業か何かだろ……」


 俺がぼやくと、ルナは無視してスクリーンに問題を表示した。


「じゃあ一問目いくわよ!」


 ガタガタガタ……デデン!


『第一問:ルナの好きな食べ物は何でしょう?』


「……知らねぇよ!」

「はい、考える時間は10秒よ。10、9、8……」

「いや、待てって! ヒントとかないのか?」

「甘えるないで。さぁ、答えてなさい?」

「……ラーメン?」

「ブッブー! 不正解。正解はイチゴよ♪」


 可愛いアピールをするために設けた答えなのかもしれないが、俺はとても不服だった。


「なんでイチゴなんだよ。お前、ラーメンとかめっちゃ食いそうな見た目してんのに」

「どういう見た目よそれ!」


 ルナが憤慨しながら言い返してくる。


「カップ麺ばっかり食べてるって言ったから? あ、分かった私のことデブだと思ってるのね失礼ねっ!!」


 そのやり取りが妙に面白くて、つい笑いが漏れた。


「くくっ……さぁ、どうだろうな?」


 これはまだ本番ではないから好き放題に言いまくれる。

 そう思ったら口元が緩んでしまうのだ。


「面白がってないで、次の問題に行くわよ!」


 スクリーンが切り替わり、次の問題が表示された。


『第二問:ルナが飼いたい動物は何でしょう?』


「そんなの知るわけがない……」

「さぁ、10秒よ。10、9、8……」

「だから待てって! えーっと……ヘビとかトカゲだな、趣味も性格も悪そうだし」

「ブッブー死ねっ! またまた不正解。正解はマーモットよ」


 おい待て、妻に死ねって言われたんだが。

 性格の悪さがとても如実に表れている……まぁ、聞かなかったことにしておこう。


「お前、そんな珍しい動物、なんのヒントも無しに分かるわけないだろ!」

「それがいいの。視聴者はこういう『パートナーが知らない意外な一面』を楽しむのよ」

「お前の一面が多すぎてもう分からんわ」


 俺のツッコミにルナは満足げに笑う。

 その笑顔が妙にムカつくが、どこか憎めない。



————————――――――――――――――――――――――――――――――




 クイズが終わると、ルナは次のミニゲームの準備に取り掛かっていた。

 俺は少し離れた場所でその様子を見守る。

 彼女の真剣な顔つきに、ほんの少しだけ感心してしまう。


「なぁ、次のミニゲームって何をするんだ?」

「簡単よ。私と耀で協力してクリアするゲームをやるの」


 ルナは得意げに言いながら、手元の画面を操作する。

 すると、突然目の前に巨大な迷路が出現した。


「おぉ、凝ってんなぁ」


 そんな感想を述べると、ルナは自信ありげに鼻を鳴らす。


「これが次のステージよ。私が指示を出すから、あなたはこの中を進んでゴールを目指してちょうだい」

「おいおい、俺がやるのかよ……」

「当然でしょ? 私は指揮官なんだから」


 あれ、もしかして尻に敷かれてる感じ?


 彼女は胸を張って自信満々にそう言う。

 俺は深いため息をつきながら迷路の入り口に向かった。


「はい、準備はいい? 時間制限は5分よ。それじゃあスタート!」

「あぁマジかよ……」


 ルナの掛け声とともに、迷路攻略が始まった。


「右! 右よ!」

「えっ、どっちだって?」

「だから右! 聞いてないの?」


 右手側には3つの曲がり角がある。

 どの右を行けばいいのかさっぱり分からない。


「いや、今更だけどお前の指示、曖昧すぎんだよ!」


 ルナの的確とは言い難い指示に振り回されながら、俺は迷路を走り回った。

 画面にはゴールまでの残り時間が表示されているが、減っていく数字を見るたびに焦りが募る。


「そこ、左!」

「お前、さっき右って言わなかったか?」

「状況が変わったのよ!」

「変わりすぎだろ!?」


 ルナの声に合わせて左に曲がると、目の前に行き止まりが現れる。


「……いや、これ完全に行き止まりだろ」

「ごめん、地図の読み方間違えたみたい」

「間違えるなよ!?」


 俺が叫ぶと、ルナは申し訳なさそうに視線を逸らす。


「でも、まだ時間あるから! 巻き返せるわ!」

「お前のそのポジティブさ、どこから来るんだよ……」


 結局、タイムアップ寸前にギリギリでゴールに到達したものの、俺はもうヘトヘトだった。


「ほら、やればできるじゃない!」

「いや、全部お前のせいで無駄に体力使ったんだが……」

「細かいことは気にしない!」


 満足げなルナを見て、俺は再び深いため息をついた。


 迷路攻略が終わり、ようやく一息つけるかと思った瞬間、ルナがタブレットを見ながら何かを呟いた。


「うん、いい感じ。これならきっと視聴者も楽しんでくれるわね」


 そうルナが言うと、俺のスマホに通知が鳴った。

 ユメちゃんからだった。


『今日も大変そうだねぇ』

『企画っていうの? 視聴者からたくさんのコメントがあってびっくりしたよ』

『まるで有名人だよ~』


「視聴者?」


 ふと、検索画面で『月夜ルナ』と検索して彼女のチャンネルページに飛んでみた。

 どうやら配信が流れているではないか。


「……おい、これ配信の準備なんだろ? まだ本番じゃないよな?」

「え?」


 ルナが不思議そうな顔で俺を見返す。

 なんだその顔は、やめてくれないか?

 その反応に嫌な予感が走る。


「もしかして……もう配信始まってたりしないよな?」

「さぁ? ちょっと確認してみるわね。」


 ルナが操作をすると、目の前の画面にコメントが流れ始めた。


『迷路攻略、爆笑www』

『ルナちゃん、指示ザルすぎwww』

『相方さん、めっちゃ振り回されてるw』

『これが初めての共同作業というやつか……』


「……おい、これ完全に配信始まってんじゃねぇか!?」


 俺が叫ぶと、ルナは「あっ」と小さく声を漏らした。


「もしかして……間違えて配信ボタン押してたかも」

「かも、じゃねぇよ!? 確認しろよ普通!?」


 視聴者からは笑いの嵐が巻き起こっているようだ。

 コメント欄は「もっとやれ」「次も期待!」と盛り上がり続けている。


「でも、ほら! 視聴者が楽しんでるなら結果オーライじゃない?」

「結果オーライじゃねぇよ……大丈夫なのかよ、これ!?」


 うっかり失言とかしていないだろうか……。


 俺が頭を抱える中、ルナは満足げに微笑んでいた。

 その笑顔を見て、俺はまた深いため息をついてしまうのだ。

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