3章 初配信

第14話 急な連絡

 土日が明け、大学の講義が再開した月曜日。


 俺は眠気と戦いながらも、キャンパス内を歩いている。

 何とか無事に朝一の講義を終え、中庭のいつもの場所に向かうと、蒼汰が待っていたかのように声をかけてきた。


「おっすー、耀! なんか疲れてるな?週末遊びすぎたとか?」

「いや、全然違う……ってか、むしろ真逆だよ」


 俺は軽くため息をつきながらベンチに腰を下ろした。

 蒼汰がパンをかじりながら、興味津々といった表情でこちらを見ている。


「へぇ、真逆ってことは? もしかして、ずっと家でゴロゴロしてたのか?」

「違う、むしろ土日はろくに寝られなかった……」

「は?」


 蒼汰の動きが止まる。

 パンを口に運ぼうとしていた手が中途半端なところで止まったまま、俺をじっと見つめている。


「大丈夫か、何があったんだよ? ちゃんと説明しろよ」


 真剣な顔で尋ねてくる。

 普段飄々としてるくせに、こういうところは嫌いじゃないんだよな。


「……まあ、聞けば驚くと思うけど」


 そう前置きして、俺は週末の出来事を簡単に説明した。

 婚活企画で知り合ったルナが倒れたこと、伶に引き取ってもらうまでの一連の流れ。

 そして、伶にタクシーで帰るよう促され、ようやく解放されたことまでを。


 話し終えると、蒼汰は目を丸くして固まっていた。


「……マジで言ってんのか?」


「マジだよ。俺だって信じたくないけど、全部本当の話だ」


 蒼汰はしばらく黙ったままだったが、次の瞬間、腹を抱えて笑い出した。


「ははっ、お前それご褒美じゃん! ドラマか何かじゃないのかよ?」

「そんなわけあるか。現実なんだよ、こっちは」


 俺が不機嫌そうに返すと、蒼汰はパンを置いて肩をすくめた。


「でもさ、お前ってほんと不思議なやつだよな。普通ならそんなの巻き込まれたくないって思うだろ?」

「俺だって思ってるよ!」


 即答すると、蒼汰はまた笑い出す。


「でも結果的に、ちゃんと看病してやったんだろ?偉いじゃん」

「偉いとかじゃなくて、仕方なくやっただけだ」

「いやいや、普通はそんな仕方なくなんてできないんだって。お前、口悪いくせになんだかんだで面倒見のいいやつだよな」

「口が悪いは余計だ」


 だけど、その言葉の本質には俺は何も返せなかった。

 確かに、ルナのことを放っておけなかったのは事実だ。

 だが、それを「いいやつ」と言われると妙にくすぐったい。


「で? そのルナってやつ、どんな人なんだ?」


 蒼汰が興味津々の様子で尋ねてきた。


「どんなって……まあ、生意気で面倒くさいやつだよ」


 素直に、オシャレで可愛い女だとは意外と言えなかった。


「生意気で面倒くさいねぇ。で、お前はその子のこと、どう思ってんの?」


 少しドキリとした。


「べ、別に何とも思ってない。ただの婚活企画の相手だ」


 俺がそう返すと、蒼汰は意味ありげにニヤリと笑った。


「お前さ、本当にそう思ってる? なんか話聞いてると、意外と気にしてそうな感じするけど」

「き、気にしてねぇよ!」


 俺が声を上げると、蒼汰は肩を震わせながら笑った。


「わかったわかった。まあ、でもお前がそういう経験するのは珍しいから、ちょっと面白いけどな」

「お前、他人事だからって面白がるなよ。」


 呆れながらそう返すと、蒼汰はパンを最後の一口で食べ切った。


「でもさ、ルナってやつ、またお前に頼ってくるんじゃないの?」

「……いや、そうかもしれないけど」


 そう言いながらも、どこか自分でも否定しきれない気持ちがあった。

 まず、伶からルナの生活管理を任されたとはいえ、それ以上に彼女がまた俺の生活に入り込んでくるような気がしてならないのだ。


「ま、そう言ってても、次会ったらまた何かしら巻き込まれるんだろうな。お前ってそういう星の下に生まれてる気がする」


 蒼汰の軽口にため息をつきながら、俺はベンチから立ち上がった。


「とにかく、俺はもう普通の大学生活に戻りたいんだよ」

「そりゃどうだかね。ま、また面白い話があったら教えろよ」

「あ、どこ行くんだよ」

「次の授業さ、じゃあまたな~」



 蒼汰の笑顔に半ば呆れながら、俺は彼を置いて歩き出した。けれど、心のどこかで、彼の言葉が当たるような気がしてならなかった。




————————―――――――――――――――――――――――――




 それから数日が経った。

 大学の講義と、短期のアルバイトでそれなりに忙しくしていた俺のスマホが、昼下がりに一つの通知で震える。

 画面を開くと、見覚えのある名前がメッセージの差出人に表示されていた。


「……ルナ?」


 少しだけ胸の中に妙な緊張が走る。

 彼女から何か連絡が来るなんて予想もしていなかった。

 メッセージを開いてみると、内容は非常にあっさりしたものだった。


「元気になったから、配信企画の準備に付き合ってちょうだい。VR空間に来なさい。前のアバターでいいから」


 俺はしばらくその淡々とした文章を見つめた後、思わずため息をついた。


「おいおい、元気になったらさっそくこれかよ……」


 完全に指示口調で、一言の感謝すらない。その厚かましさに呆れながらも、俺は返信した。


「わかった、何時だ?」


 数分後に返ってきたのは、さらに簡潔なメッセージだった。


「今から」

「……今からって、無茶苦茶だな」


 呆れながらも、自分のVR機材を準備し始めた。

 丁度暇だったので拒否する理由もないが、何より、あのルナがわざわざ俺に頼んでくるのは珍しいことだ。

 少し興味も出てくる。








 ログインすると、目の前に広がるのはおなじみのVR空間だった。

 自分のアバターも以前使っていたシンプルなもので、特に目立つところはない。

 周囲を見回すと、ルナが指定してきたスペースの入り口が見えた。


「おーい、ルナ。来てやったぞ」


 声をかけると、すぐに軽快な足音と共に現れたのは、あの特徴的な漆黒の髪と青い瞳のアバターだ。

 やけに整いすぎた見た目で、初めて会ったときと全く同じ印象だった。


「遅いわよ、何分待たせるの」


 彼女は腕を組みながら俺を睨みつける。

 そんな強気な態度に、俺は自然と苦笑いがこぼれた。


「いや、急に呼び出すなよ。準備する時間くらいくれ」

「そんなの関係ないわ。私の都合よくすぐ来られるようにしといてよ」

「お前なぁ……」


 呆れつつも、こうして元気になった彼女を見ると、ほんの少し安心した自分がいるのに気づいた。


「で、今日は何するんだ?」

「配信企画の準備よ。新しいスペースを試してるんだけど、まだ最終確認ができてないの」


 彼女が軽く手を振ると、周囲の景色が切り替わった。

 どうやらテレビ番組を想起させる、彼女の配信用にカスタマイズされたスペースのようだ。


 明るくポップなデザインで、見るからに観客受けしそうな雰囲気だ。


「へぇいいじゃん、ここで何するんだ?」

「簡単よ。私が司会進行役で、あなたはゲストとして動いてもらうの」

「俺がゲスト?」


 突然の役割に、俺は思わず眉をひそめた。


「そう。あなたが婚活企画を勝ち抜いた“パートナー”っていう設定でね」

「設定って……現実だろ」

「まぁ、いいじゃない。視聴者はそういうドラマチックな展開が好きなのよ」


 彼女の言い分に納得がいかないながらも、今更断るわけにもいかない。俺は仕方なく頷いた。


「それで、俺は何をすればいいんだ?」

「まずは、簡単な自己紹介と……私とどうやって出会ったかを話してもらうわ。それから、いくつかのゲームやクイズに参加してもらう感じね」

「ゲームやクイズ……。なんかバラエティ番組みたいだな」

「そういう感じで間違ってないわ」


 ネットもテレビの二番煎じをやるようになったのかと、俺は感心した。

 そして、どうやら完全にルナが仕切っていく気らしい。


「はぁ……分かったよ。やればいいんだな」

「素直でよろしい」


 彼女が満足げに微笑むのを見て、俺は心の中で苦笑いした。相変わらず強引なやつだ。


「でも、これ本番じゃなくて準備なんだろ? どこまで真剣にやればいいんだ?」

「もちろん、本番のつもりでやってちょうだい」

「おいおい……」


 加減の分かる演者じゃないんだぞ俺は。

 ため息をつきつつも、彼女の熱意に押されて準備を進めることにした。



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