第13話 契約
伶が部屋のソファに座り、ルナをちらりと見ながら静かに口を開いた。
「それで、今後の活動についてですが——耀さん」
「ん?」
俺が反応すると、伶は淡々とした口調で続けた。
「最低でも月一で、ルナさんとの配信活動に出演していただきます」
「は?」
思わず間抜けな声が出た。
俺は伶を見つめたが、彼女は平然とした顔のままだ。
「ちょっと待て。なんで俺がそんなことをしなきゃいけないんだよ?」
「契約書に書いていますので」
伶はまるで当然のようにそう言った。
俺は一瞬言葉を失い、次にルナの方を見る。
「おい、どういうことだよ」
「……確かに書いてあるわよ」
ルナはスマホを操作しながら呟く。
その言葉に、俺の不安が一気に膨れ上がった。
「ちょ、待て待て。それ、本当に書いてあるのか?」
「はい。婚活企画に参加する際の書類の中に明記されています」
伶はそう言うと、スマホを取り出して契約書の一部を見せてきた。
そこには確かに「月一の配信活動」について書かれている。
「マジかよ……」
俺は頭を抱えた。
契約書なんて適当に読んでサインしてしまったが、まさかこんな不利な条件が含まれていたとは。
「ちょっと待て。これ、どう考えても俺に不利すぎないか?」
「それは当然です。もともとこの契約書は、ルナさんと結婚したい視聴者の方々をふるいにかけるためのものでしたから」
「お前どんだけ人気だったんだよ……」
そう呟くと、自信満々に鼻を鳴らすルナ。
腹立つなぁ~。
「じゃあ俺は犠牲になったってことなのか……?」
「犠牲という表現は適切ではありません、何故ならこの超見目麗しき美少女と結婚できるなんて、貴方みたいなごく普通の男性がどう背伸びしても叶うことのない夢物語です」
伶は淡々と説明する。
その冷静さに、俺はますます納得してしまいそうになるが、いやいや。
「俺だって学業があるんだよ、そんな月一で活動に参加だなんて……」
しかも、俺は配信に関しては素人だ。活動に協力しようにも、足手まといにしかならない未来しか見えない。
「大丈夫です、最初は皆初めてですから」
「小泉進〇郎構文やめなさい」
「大丈夫です、優しくしますから」
「え、口説かれてるの俺? 妻帯者に?」
伶の冷静さに完全に気圧される俺。
それを横で聞いていたルナがポツリと呟いた。
「……だったら、離婚するのが一番いいんじゃない?」
「は?」
今度はルナの言葉に驚かされた。
彼女はまるで当然のことを言うかのように続ける。
「婚姻届は出したけど、それっぽい理由を付ければ離婚しても問題ないと思うわ」
どうしてそんな言葉が出てくるんだろうと思いつつ、俺は
「いやいや、簡単に言うなよ。俺だって別に結婚したかったわけじゃないけど……」
「元々望まない結婚でしょ? もう婚約届の写真は撮れたからいいのよ、写真さえあれば視聴者は皆信じてくれるし」
「そういうものなのか……?」
あまり納得がいかないし、少しだけ寂しい気持ちを覚えてしまう。
だけど、こう言うしかないのかもしれない。
「いや、離婚か。そうだな、それがいいかもな」
俺がそう言うと、伶が静かに頷いた。
「それも一つの選択肢ですね。ただし——」
伶はそこで一呼吸置いてから、さらりととんでもないことを言い放った。
「離婚となると、財産分与が発生します。」
「……え?」
「……へ?」
伶の言葉に、俺とルナは同時に固まった。
財産分与?その単語が、やけに重たく耳に響く。
「財産分与?」
俺が聞き返すと、伶は淡々と説明を始める。
「はい。離婚する際には婚姻期間中の財産を公平に分けるのが原則です」
「いやいや、婚姻期間ってまだ一日とかだろ?分けるほどの財産なんてねぇよ!」
俺の貯金っていくらだっけ、短期のバイトにお年玉で貯めた貯金に、奨学金を合わせたら……数万円……!?
「待て待て、それを取られたら俺は……!」
焦って反論すると、伶は冷静に首を傾げた。
「まぁ、原則に従えばルナさんの貯金が対象になりますでしょうね」
「ルナの貯金?」
「えぇ、ルナは仮にも配信で稼いでいらっしゃいますので」
なるほど、彼女はスパチャなどでそれなりに稼いでるんだろう。だったら俺の方に財産が入ってくるわけか……なんか悪いな?
俺がルナを見ると、彼女は即答した。
「いやいや無理! 絶対無理!」
そりゃそうだろうな。
だって赤の他人である俺に金を渡すなんて。
しかし、ルナから出た言葉は驚愕モノだった。
「だって私、貯金なんて数千円しかないのよ!?」
「は?」
ルナの告白に完全に面食らった。
数千円? 本気で言ってるのか? 俺より少なくね?
「ちょっと待て、それでどうやって生活してるんだよ」
俺が詰め寄ると、ルナはどこか居直ったように腕を組んで言い放った。
「消費者金融から借りてやりくりしてるのよ!」
「はあ!? 借金してんのかよ!?」
その衝撃的な言葉に、俺の声が裏返った。横から伶が静かに補足を入れる。
「ええ、ルナさんは現在、自転車操業の状態です」
「お前、冷静に言うなよ!? 全然笑えないだろ!」
伶ってルナのサポートしてるんじゃなかったっけ? なんで?
頭を抱える俺をよそに、ルナが突然軽い調子で話し出した。
「だって、ネット広告で“みてみて!すぐに○万円借りれた!”って言うじゃない?あれ見たら、借りない方が失礼かなって——」
「やめろ!? てかネット広告を演じるな」
俺がツッコむと、ルナは「でも本当なんだから仕方ないでしょ」と悪びれもせずに言い返す。その態度に、俺は心底呆れた。
「じゃあ何か? その広告信じて、簡単に借りちまったのかよ?」
「だって審査も簡単だったし、配信業だなんて不安定な仕事してるアタシにも貸してくれるのよ? 必要なのは身分証明書とちょっとした情報だけで——」
「妙にリアルな説明すんなよ!?」
俺が声を荒げると、ルナはふてくされたように口を閉ざす。
伶は相変わらず涼しい顔で話を続けた。
「現在の借入総額はそれほど多くありませんが、無駄遣いを控えなければ今後さらに増える可能性があります」
「無駄遣いって……具体的に何に使ったんだよ?」
俺が尋ねると、ルナは少し顔を赤くしながら、言いづらそうに答えた。
「……配信用の機材とか、衣装とか、あと……飲み物とか」
「飲み物?」
ふと俺が聞き返すと、ルナは胸を張って答えた。
「エナジードリンクよ! 企画の準備で徹夜することが多いから!」
「それを無駄遣いって言うんだよ!?」
俺の叫びに、ルナは反論しようと口を開いたが、伶が手を挙げて制した。
「お二人とも、これ以上口論しても意味がありません。耀さん、今後ルナさんの生活管理をお願いできませんか?」
「……俺が?」
伶の真顔に、俺は言葉を失った。
「えぇ、何故なら耀さんは学生ながらも自立した生活を送っています。ですがルナさんはこの通り生活が壊滅的なのです。ですから、旦那である耀さんが管理してくれた方が助かるのです」
「マジで……?」
「はい、結婚生活を円滑に進めるためには、協力が必要です」
俺はルナをちらりと見る。彼女はふくれっ面のまま何も言わない。
(結婚って、普通こんな感じなのか……?)
心の中でため息をつきながら、俺はなんとなく頷いてしまった。
「わかった、じゃあそういうことにしよう……」
喜ぶ二人を見て、俺にでも出来ることはあるんだなと実感……してはいけない。
こんなの、上手く口車に乗せられているだけだとはわかってる。
だけど、やはりルナのことは放っておくことが出来ない。
そんな気持ちで動いているような気がしていた。
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