第10話 燿の家

 <燿視点>


 ようやく家に着いた俺は、玄関のドアを開けてルナを背中から降ろした。


「ほら、これが俺の家だよ。狭いけどな」

「……ほんとに狭いわね」


 ルナが部屋を見回しながら呟く。

 その言葉には悪気がないのだろうが、何となくイラッとする。


「悪かったな、貧乏大学生で」

「別に責めてるわけじゃないわ。ただ、もうちょっと片付けたら?」

「朝早く慌ててきたから余裕がなかったんだ……って、今そういう話をしてるんじゃねぇよ」


 俺はため息をつきながら、彼女を部屋の奥にあるベッドへと促した。


「ほら、とりあえずここに横になれ。ゆっくり休め」

「休めって命令するなんて、女の子への扱いがなってないわね……」


 文句を言いながらベッドに腰を降ろすと、ルナは少しだけ不満そうな顔をしながらも素直に横になる。


「ベッド……硬いわね」

「文句ばっかりだな。人ん家のベッドに寝ておいて、もう少し感謝しろよ」

「ふん、私がここに来たのはあなたが無理やり誘ったからでしょ」

「無理やりって……お前が帰れないって言うから仕方なくこうしてるだけだろ」


 何か言いたそうにしているルナだが


「……まぁ、そうだけど」


 少し口を尖らせながら目を逸らすルナ。

 その様子を見ていると、さっきまでの疲れた顔が少しだけ柔らかくなっているように見える。


(こいつ本当に生意気だな……。だけど、こうして無防備に横になってるのを見ると、ちょっと可愛く見えるのが腹立つ……)


「とにかく、少し休んでろ。無理して動くなよ」

「分かってるわよ」


 だが、そわそわしながら辺りを見渡すルナ。


「本当に分かってるか?」


 俺が疑わしそうに言うと、ルナは面倒くさそうに返事をした。


「はいはい。ちゃんと休むから安心しなさい」


 その態度に呆れながらも、俺は次の心配事を思い出した。


「お前、腹減ってないか?飯、作ってやるよ」


 そう言うと、ルナが一瞬驚いたような顔をした。


「え? ご飯を作るの?」

「そうだよ。どうせ腹が減ってるんだろ? 何か食べてけよ」

「……あなた、一応ちゃんと料理とかできるのね」

「失礼だな、意外となんでもできるんだよ、俺は」


 俺が少し自慢げに言うと、ルナはくすっと小さく笑った。


「じゃあ、お願いするわ。せっかくだから、ご馳走になってあげる」

「何様だよ……」

「人気VTuberのルナ様よ」


 その言いように、俺は肩をすくめながらキッチンへ向かった。

 冷蔵庫を開けて、中にあるもので何を作れるか考える。


(この状況、普通ならあり得ないよな。見ず知らずの女を家に招いて、飯まで作ってやるなんて……)


 それでも、不思議と嫌な気分ではなかった。

 むしろ、さっきまでの強気な態度が少しだけ和らいだルナの表情を見て、ほんの少しだけ安心している自分がいた。


「何作るつもりなの?」


 ベッドからルナの声が飛んでくる。

 俺は振り返らずに答えた。


「お前の腹が満たせるもの。文句言うなよ、材料が限られてるんだからな」

「別に文句なんか言ってないわよ。ただ……ちょっと期待してるだけ」


 その言葉に、俺は思わず手を止めて振り返った。


「……お前、今なんて言った?」

「だから、ちょっと期待してるだけって言ったの」


 恥ずかしそうに目を逸らしながら言うルナ。

 その顔を見て、思わず笑いそうになった。


「おいおい、珍しく素直じゃねぇか」

「うるさい。早く作りなさいよ」


 照れ隠しなのか少しだけ声を荒げるルナ。

 その様子が少し可愛く見えたのは、気のせいだろうか。


「分かったよ、待ってろ」


 俺は再び冷蔵庫の中を覗き込みながら、小さく息をついた。


(まったく、あいつには振り回されっぱなしだな。でも……悪くないかもな。)






 <ルナ視点>



 男の人の家に上がるのは、生まれて初めてだった。


 玄関をくぐった瞬間から、その新鮮さに心が少しざわついている。

 狭いけれど清潔感があって、いかにも一人暮らしの大学生の家という感じだ。

 特に凝ったインテリアもないけれど、生活感があふれていて、なぜか落ち着く。


「ほら、これが俺の家だよ。狭いけどな」

「……ほんとに狭いわね」


 つい出てしまったその言葉に、彼が露骨に顔をしかめたのが分かった。


「悪かったな、貧乏大学生で」


 少し拗ねたような声に、私も軽く肩をすくめて返す。


「別に責めてるわけじゃないわ。ただ、もうちょっと片付けたら?」


 言いながら、部屋の隅に積まれた教科書や雑誌が目に入る。

 男の人の部屋って、もっと乱雑かと思ってたけど、それほどでもない。


「朝早く慌ててきたから余裕がなかったんだ……って、今そういう話をしてるんじゃねぇよ」


 彼がため息混じりに言いながら、私を部屋の奥のベッドに促す。


「ほら、とりあえずここに横になれ。ゆっくり休め」


 彼の言葉に従い、ベッドに腰を下ろした。

 柔らかくもなく、硬すぎもせず……ただ、普通のベッドだ。

 でも、普段使い慣れている自分のベッドとは全然違う感触が妙に気になった。


「ベッド……硬いわね」


 ポツリと出た言葉に、彼がまたため息をついたのが聞こえた。


「文句ばっかりだな。人ん家のベッドに寝ておいて、もう少し感謝しろよ」

「ふん、私がここに来たのはあなたが無理やり誘ったからでしょ」

「無理やりって……お前が帰れないって言うから仕方なくこうしてるだけだろ」


 反射的に言い返す自分に、心の中でため息をつく。


(助けてもらったのに、こんなことしか言えないなんて……。でも、だってコイツが乱暴なんだから仕方ないじゃない)


「……まぁ、そうだけど」


 少し小さめの声で答えると、彼が一瞬だけ黙った。


 なんとなく視線を逸らしながら、部屋を見回す。

 ベッド脇の棚には簡素なランプと、ペットボトルの飲みかけが置かれている。壁にはカレンダーがかかっていて、予定らしきメモがいくつか書き込まれていた。


(へぇ……意外と几帳面なところもあるのね)


 そんなことを考えながら、つい目があちこちに行ってしまう。

 男の人の部屋に入るのは初めてだから、どうしても気になってしまうのだ。


「とにかく、少し休んでろ。無理して動くなよ」

「分かってるわよ」


 キョロキョロしているせいか、燿が私に言ってきた。


「本当に分かってるか?」


 彼の疑い深い言葉に、私は少しムッとしながら答える。


「はいはい。ちゃんと休むから安心しなさい」


 相変わらず乱暴な口調だけど、不思議と嫌な気分にはならなかった。

 むしろ、こうして心配してくれることに少しだけ安心している自分がいた。

 しかも、こんな提案までしてくれるのだ。


「お前、腹減ってないか? 飯、作ってやるよ」


 その言葉にはさすがに驚いた。


「え? ご飯を作るの?」

「そうだよ。どうせ腹が減ってるんだろ? 何か食べてけよ」

「……あなた、一応ちゃんと料理とかできるのね」

「失礼だな、意外となんでもできるんだよ、俺は」


 少し得意げな彼の声に、私は思わず小さく笑ってしまった。


(なんだか不思議な人ね。乱暴な言い方もするけど、本当は優しいのかもしれない。)


「じゃあ、お願いするわ。せっかくだから、ご馳走になってあげる」

「何様だよ……」

「人気VTuberのルナ様よ」


 呆れた声を背中に聞きながら、彼はキッチンに向かっていった。その姿を見送りながら、私は小さく息をつく。


(何だかんだで、助けられてばかりね。素直に感謝くらい言えばいいのに)


 でも、口にするのはどうしても恥ずかしい。

 だから、つい生意気な態度になってしまうのだ。


(本当に、私はこういうところがダメよね。でも……)


 ベッドに横になり、天井を見上げる。

 彼がキッチンでゴソゴソと何かをしている音が聞こえる。その音だけで、少しだけ心が落ち着いていく気がした。

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