第5話 待ち合わせ
学校が終わり、俺はとある場所に呼び出されていた。
「おっそ~い!」
不機嫌そうに文句を言うのは月夜ルナ。
VRtalkにログインすると、昨日の婚活スペースだった場所で彼女が待っていた。
「仕方ないだろ、学校があるんだから」
俺が肩をすくめて言うと、ルナはむっとした表情で腕を組んだ。
「そんなの知らないわよ。私が呼んだんだから、もっと早く来てほしいって思うのが普通でしょ?」
「いや、普通かどうかは置いといてな。で、俺を呼び出した理由はなんだよ」
なんだコイツ、ワガママな奴だな……。
面倒くさそうにため息をつきながら尋ねると、ルナはわざとらしく髪をかき上げて言った。
「昨日のプロポーズの件、ちゃんと進めるための打ち合わせよ」
「……は?」
あまりにも唐突すぎる言葉に、思わず間抜けな声を出してしまった。
その時、ルナの隣に控えていたアバターが一歩前に出る。
「あ、アンタは……」
「怜って言います。彼女のサポート役をしている者です」
彼女は白瀬怜というらしい。
いつもの冷静で淡々とした態度を崩さずに話し始める。
「昨日の件で登録者数が一気に10万人増えました」
「え、マジで、すごいな」
俺は思わず驚きの声を上げた。
それだけ多くの人が昨日の騒動を見ていたということなのか。
「非常に喜ばしい結果です。しかし……」
怜は一瞬言葉を切った後、冷静に続けた。
「それでも、視聴者数がこのまま継続し続けなければ、事務所との契約は解除される恐れがあります」
「解除?」
思わず、神妙な顔で尋ねてしまう。
「はい。ルナさんの所属事務所は非常に厳格です。登録者数の増加と一定の視聴者維持率が契約更新の条件となっています。この婚活企画はそのために立案されたものです」
「いやいや、そんなの俺には関係ないだろ」
俺が反論すると、怜は「確かにそうですね」淡々とした声で切り返す。
「ですが……昨日のプロポーズが拡散されたことで、企画が中断すればルナさんの信用は失墜します。その影響で、視聴者離れが加速する可能性があります」
「だからって、結婚届けまで出す必要があるのかよ?」
「必要です」
怜の冷静すぎる断言に俺は言葉を詰まらせた。ルナが口を開く。
「そういうこと。だから、明日結婚届けを出しに行くのよ。」
「……なんで明日なんだよ」
「土日は市役所が開いてないからよ。そんなの常識でしょ?」
「あー確かに、っていやいや、そんな常識に俺を巻き込むな!」
俺が声を張り上げると、ルナはため息をついて顔をしかめた。
「もういいから。とにかく届けを出せば解決なの。私だってこんなこと、本当はやりたくないんだから」
「やりたくないならやめろよ!?」
「だってアンタがあんな無茶難題をクリアするから悪いんじゃない!」
「逆ギレかよ!? じゃあさっさと降りてやる!」
怜が静かに割って入る。
「それはできません。燿さん、この企画が成功しなければルナさんの活動そのものが危ういのです」
「活動って……VTuberやめるってことか?」
「そうです。契約が更新されなければ、ルナさんはVTuberとしての活動を続けることができません」
その言葉に、ルナの表情が一瞬だけ暗くなるのが分かった。
「……私はここまで頑張ってきたのよ。この世界で生き残るために、ずっと」
ぽつりと呟いたその言葉に、俺は思わず何も返せなかった。
ルナはすぐに表情を作り直し、強がったように笑みを浮かべる。
「だからね、燿。あんたに協力してもらうの。ほんの少しだけ頑張ればいいのよ。ね、簡単でしょ?」
「簡単じゃねえよ!」
そう叫ぶが、状況は変わらない。
怜がさらに追い打ちをかけるように話を続けた。
「燿さん、これを拒否すれば、視聴者たちは“ルナを振った男”としてあなたを非難するでしょう。逆に、企画を成功させれば、あなたも彼女も注目を浴び続けることができます。」
「うっ……叩かれるの、俺? 注目なんかいらないんだけど」
俺は頭を抱えた。どうしてこんな話になっているのか。ここからどう逃げ出せばいいのか、まるで分からない。
「というわけで、明日、よろしくね♪」
ルナはにっこりと微笑み、俺をさらに追い詰める。
その笑顔が何よりも恐ろしく思えた。
そうして次の日の朝、俺は大学の講義をサボって、駅前に向かっていた。
講義をサボるなんて、まぁ大学生にはよくあることだろう。
だが、こんな理由でサボる羽目になるなんて、自分でも呆れる。
これで蒼汰やユメちゃんにバレたら、「お前、何やってんの?」とか「ちゃんと来なきゃダメだよ」と呆れられるのは目に見えている。
「……いや、サボりの理由が何であれ、サボるのはサボるだろ。別にいいじゃないか」
自分に言い聞かせながら足を進める。
今日の待ち合わせ場所は駅前の噴水広場。
こんな目立つところで会う約束をするなんて、普通なら避けたいのに、俺はなぜかその場に向かっている。
待ち合わせ時間より少し早く着いた俺は、周囲を見渡しながら考えていた。
昨日のルナのVRでの美麗な姿が頭をよぎる。
だが、ネットの人間なんて大したことない。きっと現実では芋っぽい女だろう。なんなら化粧も下手で、服装もセンスがないかもしれない。
「会ってみて、それっぽくバカにしてやれば、向こうから嫌ってくれるだろ」
そうなれば、この面倒くさい話から抜け出せる。
そんな甘い考えを胸に抱きながら、時計をちらりと見る。
その瞬間、視界の端に見覚えのない女性が立っていた。
いや、見覚えがないはずなのに、その雰囲気がどこかで見たことのあるような感じがする。
「……あれ?」
近づいてくるその姿は、黒髪がさらりと風に揺れ、清楚な白いブラウスに控えめながらもセンスの良さが光るスカート。全体から漂う品のある佇まいは、まるでどこかのお嬢様か、とある古典に出てくる姫君のようだった。
「燿くん?」
声をかけられた瞬間、ハッとした。
その声は間違いなく、ルナのものだ。
「えっ……お前、ルナ?」
思わず間抜けな声を出してしまった。
目の前にいるのは、どう見ても現実世界の彼女。だが、その姿はネットで見ていたVRアバターとほとんど変わらない。
「そうよ。何、そんなに驚いてるの?」
ルナは軽く微笑んで言った。
その余裕たっぷりの態度に、俺はただ唖然と立ち尽くすことしかできなかった。
「いや……その、想像してたのと違うっていうか……。」
「ふーん。じゃあ、どんなのを想像してたのかしら?」
ルナが少し意地悪そうな笑みを浮かべながら聞いてくる。
いや、ここで「芋っぽい女だと思ってた」なんて言えるわけがない。
「そ、それは別に……」
ルナは得意げに笑った。
「ふふん、分かった? これで“バカにして嫌われよう作戦”なんて考えてたんなら、残念だったわね」
「……くっ」
なぜそれを見抜かれたのかは分からないが、今の俺に反論する気力はなかった。
ただ、目の前に立つ彼女の姿に、完全に圧倒されていたのだから。
言葉を濁す俺を見て、ルナは満足そうに頷いた。
「まぁいいわ。それより行きましょう。これからやることがたくさんあるんだから」
そう言って颯爽と歩き出す彼女の後ろ姿に、俺はただ黙ってついていくことしかできなかった。
「……マジで竹から現れたかぐや姫かよ」
正しくは、ネットから現れた美少女である。
思わず漏らしたその言葉が、現実に起きている状況を少しだけ実感させた。
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