2章 いざ結婚
第4話 ゼミにて
次の日、大学のゼミ室に向かう途中、廊下でユメちゃんと出くわした。
彼女はスマホをいじりながら、のんびりと歩いている。
柔らかい光が差し込む窓辺でその姿は少しだけぼんやりと映え、俺は一瞬声をかけるべきか迷った。
「おはよう、ユメちゃん」
意を決して声をかけると、彼女は少し驚いたように振り返った。
「あっ、燿くん~! おはよう!」
相変わらず元気な声だ。
だが、その明るさの裏に、どこか心配そうな雰囲気が漂っている気がした。
「……昨日の、あの件……大丈夫だったの?」
その一言で、昨日の出来事が鮮明に脳裏に蘇った。
VRtalkでの婚活企画、そして俺がうっかり口にしてしまったプロポーズ——。
思い出すだけで顔が熱くなる。
「あ、ああ……まあ、なんとか」
何とかなるわけがない。
曖昧に答える俺に、ユメちゃんは少し眉をひそめた。
「なんとかって……燿くん、本当に大丈夫なの? 昨日、けっこう話題になってたよ」
「話題って……?」
すると、ユメちゃんがスマホを取り出し俺に画面を見せてくる。
ネットニュースの記事だった。
「ほら、SNSとかでも、『謎のガチ勢プロポーズ事件』ってバズってるし……ルナちゃんのファンも騒いでたよ?」
「うっ……」
耳を塞ぎたくなる話題だった。
そんなことになっていたとは……。
昨夜の恥ずかしいやり取りが、多くの人に知られていると思うと冷や汗が止まらない。
「で、なんであんなのに参加しちゃったの?」
「げっ……」
ユメちゃんは首を傾げながら、静かに問いかけてくる。
その声には本当に心配している感じがにじんでいて、俺は少し申し訳なくなった。
「……正直、婚活とかどうでもよかったんだ。ただ、俺たちの場所を勝手に使われるのが許せなかっただけでさ」
「えっ?」
ユメちゃんが神妙な顔で聞き返す。
「普段、あのスペースでみんなと雑談してただろ? 俺たちだけの居場所みたいなもんだったのに、それをいきなり婚活イベント会場にされたら腹が立ったんだ……」
もちろん、ネットのスペースは誰のものでもない。
鍵を掛けて非公開スペースにすれば良かった、という後悔もある。
少し語気を強めてしまったが、俺の苛立ちは本物だった。
ユメちゃんは黙って俺の話を聞いていたが、やがてポツリと言葉を漏らした。
「……そっか。燿くん、そんな風に考えてたんだね」
「ああ、ただそれだけだよ。別に目立とうとか、ルナに会いたかったとか、そんなのじゃないからな」
言いながら、なんだか自己弁護しているみたいで気恥ずかしかった。
俺は少し目を逸らして、歩き出す素振りを見せる。
だが、ユメちゃんはその場に立ち止まったまま、小さな声で続けた。
「……そういう友達思いなところ、私、好きだよ」
「えっ?」
その言葉に、俺は思わず足を止めた。
ユメちゃんは目を伏せたまま、少しだけ頬を赤らめている。
「いや、変な意味じゃなくてね! 純粋に、みんなのことを考えて動けるところがいいなって思っただけだから!」
慌てて手を振る彼女の姿に、俺も自分の顔が熱くなるのを感じた。
「そ、そうか……ありがとな」
どぎまぎしながら答える俺を見て、ユメちゃんはくすっと笑った。
「燿くんって、普段は冷静そうに見えるけど、意外と感情的になるんだね」
「そうか?」
「うん。昨日のことだって、みんなのことを守るために参加したんでしょ? それ、すごくいいことだと思うよ」
彼女の言葉に、胸の中が少し軽くなった気がした。
昨日の出来事は最悪だとしか思えなかったけど、こうして誰かが理解してくれると分かるだけで、少し救われた気分になる。
「ありがとな、ユメちゃん。こうやって話してもらえて、ちょっと楽になったよ」
「ふふ、どういたしまして~♪ でも、燿くん、もう無茶しないでね。婚活なんて燿くんの柄じゃないんだから」
「言われなくても分かってるって」
そう言いながら、俺は笑みを浮かべた。
ユメちゃんとの会話が一段落したところで、背後から聞き慣れた声が響いた。
「おーい、燿! やっぱりここにいたか。」
振り返ると、蒼汰が軽く手を振りながらこちらに向かってきた。
相変わらず明るくて、どこか飄々とした態度だ。
「おっす、蒼汰」
「よぉ、ユメちゃんも一緒かよ。仲良しだな、お前ら~」
蒼汰がニヤニヤしながら冷やかしてくる。
俺は軽くため息をつきながら返事をした。
「くだらないこと言うなよ。」
「くだらないかどうかは置いといてさ、燿。昨日の件、マジでウケたぞ。お前がプロポーズした瞬間の空気、ヤバかったからな!」
「それさっきユメちゃんにも心配された……もうやめてくれ……」
蒼汰がケラケラと笑いながら言う。
「いやいや、そうは言ってもなぁ。お前、SNSでもバズってんじゃん? “ルナのガチ勢、プロポーズ事件”とか言われてさ」
「ああああ、聞きたくねえ~!」
思わず声を上げると、ユメちゃんがくすっと笑った。
「ふふ、燿くん、なんだか可愛いかも」
「いや、可愛いとかじゃなくてさ……蒼汰、お前本当にいい加減にしろよな」
「まあまあ、悪かったって!」
蒼汰は笑いながら手を上げて謝る素振りを見せたが、その目は全く反省している様子がない。
「まぁ、持ち出したくなるくらい面白かったってことだよ。で、ゼミの発表、燿はもう準備できてんのか?」
「あ……それは……」
話題が切り替わった瞬間、俺は少し焦り始めた。
発表の準備なんて、ほとんど手をつけていなかったからだ。
「おいおい、またギリギリじゃねぇだろうな?」
「……まぁ、なんとかする」
蒼汰は呆れたようなため息をつき、ユメちゃんはクスッと笑う。
その笑い声に、少し救われた気分になるのだから不思議なものだ。
昨日の件をどう処理すればいいのかは分からないが、少なくとも今はほんの少しだけ前を向けた気がした。
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