第2話 いざ婚活企画へ

 画面の中央に立つ月夜ルナの姿は圧倒的だった。

 漆黒の髪が仄かに揺れ、その青い瞳がまるでこの空間全体を掌握しているかのように見えた。彼女の動き一つで、群衆が一斉に湧き上がる。


「……なんだよあれ……ただのイベントって顔じゃないだろ。」


 俺は小さく呟くが、どうにも苛立ちが抑えられない。

 こんな華やかな雰囲気を漂わせている奴が、俺たちのスペースを勝手に使って婚活イベントなんか始めやがって。


 その時、ふと彼女がこちらを向いた気がした。


「……気のせいか?」


 一瞬だけ視線が交差したような錯覚を覚えたが、すぐに彼女は群衆の方に向き直り、柔らかな声で次の指示を出し始めた。


「さあ、みなさん~! これから始まるのは、私が考えた特別な試練です!

 これをクリアすれば、私とお近づきになれるかもしれませんよ~♪」


「「うううおぉおおおおおおっ!! ルナちゃーーーーん!!!」」



 観客からは歓声が上がり、参加者たちの意気込みが画面越しに伝わってくる。

 俺はその熱気にうんざりしながらも、なぜかモヤモヤとした感情が胸に広がっていくのを感じていた。


「……くそっ、これじゃ俺が悪役じゃないか」


 手のひらをギュッと握りしめる。

 彼女の企画がどれだけ注目されていようが、俺には関係ない。

 でも、このまま文句も言えずに引っ込んでいるのは腹が立つ。


「……いいか、やるならとことんやってやる。」


 言いながら、自分の心が少し高揚していることに気づいた。

 文句を言うだけのつもりだったのに、どこかで「やってやる」という気持ちが湧き上がっている。


「さーて、最初のお題は——」


 画面には課題が次々と表示され始めた。

 どうやら第一ステージは、月面を模した仮想フィールドを走破するものらしい。参加者たちはそれを見て騒然とし、ルナの軽い笑い声が響く。


「みなさ~ん、頑張ってくださいね~♪」


 その声が妙に耳に引っかかった。


「……覚えてろよ。これをクリアしたら、絶対に言いたいこと言ってやるからな。」


 俺は再び手を握り直し、前へ一歩踏み出した。

 どんな試練が待ち受けていようと、俺がここで引き下がるわけにはいかない。


 こうして、俺は月夜ルナの婚活企画に挑むことを決意した。

 だが、この選択が俺の平穏な日常を大きく揺るがすきっかけになるとは、この時まだ知る由もなかった。



————————―――――――――――――――――――――——————



「さて、参加者のみなさ~ん、これからが本番です! 第一ステージは……こちらっ♪」


 月夜ルナは満面の笑顔を浮かべ、ステージの中央に立っていた。

 仮想空間の華やかなライトが彼女のアバターを照らし、視聴者の歓声がさらに高まる。

 彼女の声には楽しげなトーンが込められていたが、その指先で表示された課題を見た瞬間、参加者たちのざわめきが一気に大きくなった。


「えっ、これって本気でやるの……?」

「いやいや、これ無理だろ!?」


 課題は、VR空間に再現された「月面」を模した難関コースを、制限時間内にクリアするというものだった。コースには重力変動ゾーンやトラップが仕掛けられており、普通のプレイヤーでは到底クリアできそうにない難易度だった。


 その様子を遠目で見ていたルナのパートナーであり、サポート役を務める白瀬怜しらせれいは、呆れたようにため息をついた。


「ルナさん、ちょっといい?」


 怜が耳元で小声で囁くと、ルナは軽く振り返りながらきょとんとした表情を見せる。


「なぁに、怜ちゃん? 今ちょうど楽しいところなんだから、邪魔しないでよ?」

「いや、邪魔じゃなくて忠告。この難題、明らかに参加者にとって無理ゲーだよね。視聴者からクレーム来たらどうするつもり?」


 彼女は冷静な口調で指摘したが、ルナはまったく気にした様子もなく、ふんっと鼻を鳴らして言い返した。


「だーいじょうぶよ。みんな喜んで挑戦してるじゃない。ほら、あの人なんてやる気満々!」


 ルナが指差したのは、燿のアバターだった。

 参加者の中でもひときわ不機嫌そうな雰囲気を漂わせていた彼は、しぶしぶ課題に向かって歩いていくところである。


「……どう見ても楽しんでるようには見えないけれど」


 怜は目を細めながらぼそりと呟いたが、ルナはそんなことはお構いなしだ。


「それにね、もう遅いのよ」


 ルナは軽やかにくるりと回転し、視聴者へ向けて両手を広げた。


「だって、もう始めちゃったんだものー!」


 きゃははと可憐に笑う一言に、怜は頭を抱える。


「あの……そういう問題じゃないんですよ、ルナさん」

「大丈夫、大丈夫! 視聴者はこういうのが好きなの。それに、どんな無理難題でも誰かしら突破するから盛り上がるんだってば!」


 ルナの自信たっぷりな言葉に、怜はもはや何を言っても無駄だと悟った。

 彼女が楽しそうに指示を出すたびに、課題は次々と提示され、参加者たちの悲鳴と視聴者の笑い声が交錯していく。


「……知らないですよ、あとで面倒なことになっても」


 怜は再びため息をつきながら呟いたが、ルナは全く聞こえていないように、次の課題の準備に取り掛かっていた。


「さぁ、みんな頑張ってね~! 月夜ルナは応援してるからっ♪」


 その無邪気な笑顔の裏に、彼女の本当の意図が隠されていることを、この時誰も知る由もなかった。

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