1-7

真吾が窓際の席から外を見る私を一瞬見た気がした。

気のせいかもしれない。

そのまま何もなかったかのように、学校の中に入って行ってしまった三人。


なんであの人は鞄を持ってないんだろう、とか

ソージは何であんなに携帯いっぱい持ってるんだろう、とか

ナオのクマはトレードマークなんだろうか、とか

くだらない事を考えていると、一年の階全体が一瞬静まり返った。


今は昼休みなんだから、みんなお弁当を食べながらぎゃーぎゃー言ってて当たり前なのに、いきなり。


直感的にあの三人だと思った。


一瞬静まった廊下はそのうち歓声につつまれ、それが移動しているように思えた。


そして、たくさんの歓声がうちの教室の前の廊下から聞こえてきた時に、扉がバンっと大きな音を立てて開いた。

孤高の狼のようなあの銀メッシュが教室の入り口にいた。


教室で窓から覗いてきゃーきゃー言ってた女生徒も、

三人見たさに教室の外まで見に行っていた男子生徒も、

一斉に静まり返った。


三年生のあの三人が何のために来たのかわからなかった。


それは私も、ヨースケも、クラスメート全員もそうだった。


「ヨースケ! ごめんまだクリアしてないからあと一ヵ月モンハン返すの待ってくんない?」

「えぇ~またっすかぁ? 一ヵ月延長もう三回目っすよ~どんだけかかるんすか……」

「ごめんって。する時間あんまない上になんかハマっちゃって極めたいっていうか」


ヨースケとナオがゲームの話をしている。

ナオはずんずんと普通に教室に入ってきて、私とお弁当を食べているヨースケの前まできておいて、私の事はまるで眼中に入ってないかのように話している。


別にいいけどね。


2人を冷めた目で見ながら、自分で作ったお弁当を食べているといつの間にか真吾まで私の机に来ていた。


そして、真吾は綺麗な長い指を私のお弁当箱に伸ばしたかと思うと、ウインナーを盗んで食べた。


「……何してんのよ」

「普通だな」

「当たり前でしょ。ただの安いウインナーなんだから」

「どうだ調子は」

「…………」


は?

またこのおせっかい男はそれを聞きに来たのか。


「そんな事聞きに来たの?」

「ああ」

「頭おかしい」

「お前、礼儀叩き込んでやろうか」


ニヤッと口の端だけあげて笑うと、ナオを後ろに引き連れて教室の外で待っていたソージと一緒に帰っていってしまった。

私はその後ろ姿を目に焼き付けるように見ていた。



――最近、無性にイライラする。

イライラし続けてハゲるんじゃないかと思うくらいに。


女性は怖い。

女性っていうか、彼女たちが持つ感情が。

自分も多かれ少なかれ独占欲や嫉妬はあると思う。


だから他の人がそういうものを持っていても別に普通だとも思う。

けど、やりすぎに違いない。


ヨースケの幼なじみみゆき。

男からも女からもモテる可愛いちっさい女の子。

私とは全然違うタイプの女の子。


でも絶対違う。本当は違う。

洗脳力を、統率力を激しく備えた女だ。

たくましくしたたかな立派な女だ。


初めてみゆきを見た日から二週間。

ヨースケと私は今まで通り仲がいい。

真吾たちはあれから一度も見てない。


学校には来ているみたいだけど一年と三年じゃ階が違うし、食堂とかに行けば会えるのかもしれないけど、私は食堂とか人が多いところは嫌いだから行かないし会う事はない。


でも、変わった事はある。

みゆきのせいで。


みゆきと呼ぶほど、親しいわけではもちろんない。

蔑みの意味を込めてだ。


女性の厄介さは知っている。だからまだ我慢できる。


でもそろそろうっとうしい。

あの日から毎日ヨースケを呼んで、何か理由をこじつけて連れて行く。

ヨースケを連れて教室から去る間際、いつもざまーみろって顔して去っていく。


ふふん、って。

さもヨースケは私のものだと言いたいかのように。

いつもそれを見ながらイラッてする。

見なければいいって思うんだけど、目を逸らしたら負けてしまうような気がして逸らせない。


それから苦痛が始まる。

ヨースケがいないと私を守ってくれるものはいなくなる。

私の事を嫌いな人はいっぱいいるようで、クラス中から悪口を言われる。


「男たらし」

「ヨースケがかわいそ~」

「あんたなんかが一緒にいて女じゃないんだから」

「ヨースケと一緒にいて真吾先輩たちに近づこうとしてんのみえみえ」


それから。

机を蹴られる。

教科書を隠される。

体育の時突き飛ばされる。


精神的暴力。

肉体的暴力。

正直辛い。


友達なんてヨースケしかいないし、ヨースケがいなかったら無防備すぎる。

ヨースケだってずっと一緒にいるわけじゃない。


何かされている事なんてヨースケに言えない。

ヨースケと一緒にいるせいでされてるなんてとても言えない。


それに。

女の子たちが私に何かする時によく言う言葉。

それが一番ヨースケに言えない理由。


「みゆきがかわいそう」

「みゆきの男なんだから」

「あんな可愛い子から男とりやがって」


あの女はそういう女だ。

自分は何も手を汚さずに、同情だけ買って。

そういう女だ。


でもヨースケが可愛い妹みたいな子って言ったから。

ヨースケには言えない。


たまに柄にもなく泣きたくなるときもある。

朝起きて、今日学校行きたくないなって思うときもある。


でもそんな弱くちゃ生きていけないんだから。

誰も守ってくれる人がいなくても、私は生きていかないといけないんだから。

みゆきみたいに守ってくれる人なんていない。

なにか事が起きれば、ヨースケだってきっとみゆきの方を大事にするに違いない。


前のしがらみのない新しい土地くらい自分で生きていけなくちゃ。



――この日は忘れられない日になった。

学校に行って教室に入ると、クラスメイト全員が私を見てざわざわした。

何だろと思いながら自分の席に向かっていると、「ヤクチュウ」と誰かにぼそっと言われた。


鳥肌が立った。

足元が真っ暗になって、自分がちゃんと立っているのかも分からない。


バッと教室を見渡すと、後ろの黒板に新聞の記事が貼られてるのが目に入った。

足早にそこまで行ってその記事をひったくって、そのまま席に着いた。


ヨースケはまだ来てなかった。

ストッパーがいないせいで余計に教室中のみんながざわざわする。

他のクラスからも人が来てみんな私を見てこそこそとしだす。


心臓が異常な早さで脈打つ。

手がぶるぶると震え、息切れが激しい。


どうしたらいいのか分からない。全然分からない。頭が働かない。


ヨースケに早く来てほしい。

ヨースケならこんな私を受け止めてくれるかもしれないと。


新聞記事を握りしめながら、ひたすら涙が出ないように願った。


みんなが見てる。

今泣いたらもう私は学校に来れない。

一度弱ってしまったらもう立ち直れない。


だって、支えがないから。

励ましてくれる人なんて私にはいないんだから。


いつも私にひどい事をしていた女たちは嘲笑いながら


「親がやばいから娘もそうなんだね~みゆきよくあいつの本性見つけたねー」


なんて、これみよがしに喋っている。


もういい。

分かってる。

あんたらの言いたい事は分かってるからもう黙って。

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