四章、シャルウィーダンス?

第4話

パーティーはなんとアダムから通信のあった翌日の夜。

「え、急だね?」

「お前、話聞いてたんじゃないのか……」

 イアンに呆れられながら朝ごはんを食べる。聞いてたはずだけど途中から頭を素通りしちゃった。詳しくはカイル達に聞けって言われたし。

「だってイアン、昨日の夜カイルに『ウィリアムと練習』とか言ってたじゃん」

 あれ結構遅かったよ?

「だからカイルが喚いてたじゃん。朝方までやってたよ」

「まじ」

 私がドレス決めてさっさと寝た間にそんなことが。だって夜更かしは乙女の肌の天敵だもんね。どうりで今朝はカイルが起きてきてないはずだ。

「そんな一晩でステップなんてマスターできる?」

「すぐ覚えるって言っただろ。俺も見てねえけどさ。女役のときもそうだったよ」

 すぐってまさかそこまで早いなんて思わない。とてもじゃないけれど信じられない早さだ。

「まあおぼつかないようならお嬢がこっそりリードしてやってよ。たぶんそんなことにはならないと思うけど」

 すごく信頼してるんだなあ。あんなのでも仕事はできるらしい。ウィリアムは夜だけアジトに来て、またすぐボスの元へ行ったそうで。残念、会ってみたかった。

「イアン、ウィリアムってどんな人?」

「元大物政治家の息子。別のファミリーに誘拐されて人質になってたのをボスがそこを解体したときに引き取ったらしい」

 みんないろいろあるんだなあ。

「社交場でのマナーとかが完璧だから、こうやってパーティーに潜入したりボスの警護として付いていったりすることが多いんだよね」

 カイルとか、俺もそうなんだけど上品な場で粗相しそうでしょ、と笑う。深くうなずいた。イアンは別に大丈夫そうだけどカイルなんてじっとしていられないもんね。

「あれ、警護ってことは、」

「うん、ウィリアムも戦闘員」

「……元お坊ちゃんなのに?」

「人質時代に鍛えられたんだって。強いよ」

 ネーヴェは戦闘力化け物集団というアダムの言葉を実感し始めたぞ。全員で十人なのに戦闘員がまず多すぎないか。

「まあ、今日会えるから。あいつもお嬢が入るの楽しみにしてたから大丈夫だよ」

 イアンが私の頭をぽんぽんと撫でて立ち上がる。

 夕方になってカイルはようやく起きてきた。お腹からは爆音が聞こえていて、もしゃもしゃとコーンフレークを頬張っている。今から仕事に行くっていうのにそんなにぼーっとしていて大丈夫か、と心配したのに、支度を終えてリビングに戻ってきたカイルは見違えていた。さっきまで寝癖でボサボサだったのが、シャワーを浴びてタキシードを着込めば姿勢の良い姿は惚れ惚れするほど格好良い。イケメンってずるいな。

「っしゃ、行くか」

 カイルはに、と笑うと私に手を差し出した。車に詳しくないから車種なんて分からないけどいかにもって感じの黒い高級車でホテルの入り口に乗り付ける。

「じゃー頑張ってこいよ。また迎えにくるから」

 当然のようにここまで送ってくれたイアンが応援してくれた。人数が少ないから仕方ないけれど、リーダーに運転させるなんて普通のファミリーじゃ考えられない。腰の低いリーダー、素敵だ。

 さっさと自分で降りようとした私を止めて、カイルが先に車を降りると回り込んで私の側のドアを開けてくれる。

「ほんとにお嬢様だったの? 自分で開けちゃ駄目でしょ」

 降りるのにも手を差し出してくれながら周りに聞こえないよう小声で囁かれる。

「ごめんって」

 これは私もマナー講師ウィリアムのレッスンを受けないといけないかもしれない。カイルが差し出した腕に慌てて掴まり寄り添ってレッドカーペットを歩いていく。カイルのエスコートは私が受けた中でも一、二を争う完璧さだった。

「ちょっ、何にやにやしてんの。せっかく完璧ブルジョワカップル演じてんのに」

「カイルのエスコートが完璧なんだけど、自分が女側としてやってもらってたから覚えたのかなと思うと笑えてきた」

「……そーだよ。他にある?」

 はあ、とカイルがため息をつく。

「ようやく男側できんのにお嬢が台無しにしてくる」

「あ? 私じゃ力不足だって?」

 顔にはにこやかな笑顔を貼り付けまっすぐ前を向いたまま、小声で毒づきあった。心なしかちらちらと周囲の視線を感じる。ああカイルが見た目は格好良いもんね。皆さん、こいつ着替えを見ようとする変態だし自称戦闘狂ですよ。

「ほら、もー百面相してないでにっこりしてなって。みんなお嬢が綺麗だから見てるよ」

「お、ウィリアムってリップサービスもしてくれたの?」

 カイルが途端に苦虫を噛み潰したような顔をする。

「……ウィリアムはいっつも歯の浮くようなこと言ってるよ」

 やるじゃん、カイル。女の子を喜ばせるような台詞もちゃんと言えるんだ? とちょっと見直したというのに、隣りでは膨れっ面が「お嬢の馬鹿」と呟いていた。おい、聞こえてますけど。

『ほら、お二人さーん。ホールの入り口で招待客の確認だよ。招待状は持ってる?』

 笑顔の下のバトルは聞こえてきた声に中断された。

「アダム、それ今確認しても遅くない?」

『確かに』

 小型の隠しマイクとイヤホンの向こうの通信相手はのんきに笑う。私達、今日この人の指示に従って動くんだよね? 大丈夫かな。

 カイルはそんなアダムでも信頼しているようで、迷いなくガードマンに招待状を差し出す。

「合言葉は?」

 合言葉? そんなの聞いてないぞ。動揺が顔に出たようでカイルに肘で小突かれる。イヤホンからはガタガタガタ、と猛烈なキーボードの音がした。

「……あー、失礼。制服の肩、汚れ付いてます」

 カイルが突然ガードマンに一歩近づく。不思議そうにしたガードマンの、汚れなんて何も付いていない肩をさっと払うとその手には一本の薔薇が握られていた。

「ああ、汚れじゃなかった、薔薇でした。……ほら、今日の君に似合うよ」

 振り向くと私の髪にその薔薇を挿し込んでくる。私はぽかーんとあほ面を晒してしまった。

「口。開いてる」

 ガードマンに見えないように背を向けひくりと唇を歪めたカイルが囁きながらむいっと指で無理矢理私の口を閉じてくる。こんなキザな人知りません。だ……誰ですかあなた……。

「すみません、ダシにしちゃって。彼女、パーティーが久しぶりでさっきから緊張してたもので」

 再びガードマンに向き直ったカイルは人好きのする笑顔を浮かべた。爽やかなはずなんだけど、普段を知っているせいか妙に胡散臭い。

『友情より金!』

「へ?」

 おいおいアダム、急にゲスなことを言ってどうした。そう思っていたらカイルがおうむ返しにした。

「友情より金。合言葉ですよね。それじゃ、お互い良い夜を」

 カイルに促され、早足でホールに入っていく。合言葉は合っていたらしい。マフィアらしいけど考えた人のセンスは疑うね。ガードマンは追ってこなかった。気が抜けてはー……と息をつく。

「はーってため息つきたいのはこっち。お嬢、顔に出すぎだから! ああいうときはアダムがなんとかしてくれるんだから堂々としてればいいの」

 隅っこに寄ったら早速お説教が始まった。すごい信頼関係だな。アダムもなんとかしてくれたかもしれないけれど、時間を稼いだカイルもすごかったと思う。

『ごめんカイルー、お嬢ー。調査不足だった。招待客には直前で合言葉が伝えられたっぽいね』

 イヤホンからは申し訳なさそうな声とともにパン、って手の鳴る音が聞こえてきて、手を合わせて謝ってる様子が伝わる。

「いやアダムは悪くないよ」

「うん、悪いのは私」

「……分かったならよし」

 素直じゃん、とカイルは驚いたように私を見た。私のことどんな風に思ってたんだ。

「お仕事だもん。初めてだから迷惑かけるけど、納得したらきちんと反省はするよ。それより、カイルっていつもこんなの仕込んでんの」

 髪に挿された薔薇を触る。

「まあ。女の子はサプライズ好きっしょ」

 うわあ、遊んでそうな発言。女性の皆さん、こいつです。

「お嬢、それ似合ってんのはほんとだから取んないでね」

 何それきゅんとするんですけど。至近距離で改めて私の顔を眺めたカイルに言われ、ついつい真に受けて薔薇は髪に挿したままにしてしまう。普段を知ってる私ですらこうなんだから、世の女の子達はころっと騙されるだろう。罪な男だ。

「またなんか失礼なこと考えてるっしょ」

「いいえ、何にも」

 カイルの腕に掴まり、ホールの中央へ導かれる。

「ほら、守りにきてる相手の位置は把握して」

 カイルの視線の先には貫禄のある老人。父のファミリーが傘下に入ると決まったときに一度会ったことはある。ネッスン・ドルマのボスだ。父や私の人生を変えた人。……そうは言っても別に何の感慨もなかった。今から私が撃ち殺そうなんて微塵も思わない。ネーヴェに入ったんだから、お勤めとしてちゃんと刺客が来れば守りますよっと。

 私たちは潜入している身なので、ボスは私やカイルの顔を知っているだろうけれどこちらを見向きもしなかった。代わりに傍にいた姿勢の良い人がボスの耳に何か囁いたかと思うとす、とこちらに近づいてくる。

「よ、ウィリアム。仕事中に接触してくるの珍しいじゃん」

 カイルは立食ビュッフェのスタイルでお皿に料理を取りながら、視線は皿に落としたままに口を動かした。

「うん。今日は挨拶しておかないといけないと思って」

 ウィリアムと呼ばれた体格の良い紳士が私に向かって恭しくお辞儀をする。

「初めまして、姫。ネーヴェのウィリアムです」

 そして私の手を取るとちゅ、と口付けた。

「ひえ、初めまして、エリーです。あの、姫ではないです」

 ウィリアムはどもりまくる私を見てくすりと笑う。

「うん、お嬢って呼ばれてるんだよね。俺もそう呼ばせてもらおうかな」

「はい、どうぞお好きにお呼びください」

「それじゃあお嬢、踊りに誘えない無礼を許してね。また今度はぜひ」

「お嬢は俺と踊るんだから大丈夫だよ。壁の花にはなんない」

「はいはい。練習の成果を楽しみにしてるよ。じゃあね」

 ワインをゲットしたウィリアムは長い足を余らせるようにして去っていった。

「お嬢~? おーい? なんか目がぽやっとしてるけど」

「ウィリアムって、すーっごい良い声だねぇ……」

「ありゃ、鼓膜が喜んじゃってるな」

 腹が減っては戦はできないので、まずは二人で料理を食べる。

「ん~おいし~」

「うまいね」

「……カイルは出る直前にコーンフレーク食べてなかったっけ」

「あんなん朝と昼の分っしょ。もう全部消化した」

 ああ……無駄に動くから燃費悪いんだろうなあ。成長期並みに食べて太らないのは羨ましい。

「あれ、お嬢もう食べないの」

 カイルが頬を膨らませてもぐもぐしながら料理が少し残っている私の取り皿を覗いた。

「うん、あんまり食べるとドレスのお腹苦しくなりそうで」

 カイルいる? と聞くとじゃあ遠慮なくーと彼は私のお皿から料理を取っていく。

「んぐ、そのドレスそんなにウエストきつかったっけ? もしかしてお嬢ってデ」

 フォークで勢いよく彼の胴を突いた。

「いでぇ!」

「それ以上言ったら埋める」

 全く、デリカシーの欠片もないやつだ。

 カイルが食べ終わる頃には周りでも食べ終わって、ダンスを始める人が増えてきていた。音楽隊の演奏も盛り上がりを迎えている。

「うし、じゃあ俺らも踊るか」

「そうする? せっかく練習したんでしょ」

 カイルは優雅に跪いた。

「それではお嬢様、俺と一曲踊っていただけますか」

「喜んで」

 格好つけるとき、声色まで変えるのずるいよなあ。器用な人。どこの王子様かなってくらいに綺麗な声で請われてその手を取った。目立たないために踊るはずが、カイルのせいで踊る前から注目を浴びている。

「今時跪かなくてもいいってば」

「えー、その方がそれっぽいかなって」

「どこから得た知識よ。アニメの影響か。みんなに見られてるよ?」

「別に見せておけばいいんじゃない?」

 緩やかにステップを踏み始めながらひそひそと囁く。

「カイル、ステップ完璧じゃん」

「当然。お嬢がいけんならもっと激しいのもやろうか」

 そう言ったかと思うと一歩一歩の踏み込みがぐんと深くなった。後ろへ、横へ、カイルの進む方へ流れるようにリードされ、考える間もなく私はカイルにくっついて動かされる。ぱっと背中の手が離れ、片手を繋いでくるりと体を回された。

「へえ、お嬢もうまいじゃん」

「……まあね」

 ほぼカイルのリードが上手いお陰だけど。なんか悔しいので強がりを言う。くっ、と笑われたのが聞こえた。

「じゃあもっとくっつけば」

 踊りに誘われたときの恭しさとは打って変わって意地悪な声がして、ぐっと腰を引き寄せられ密着する。ドレスとタキシード越しでもカイルの熱い体温を感じた。もはや私の片足はカイルの足の間に、カイルの片足は私の足の間にあるような状態だ。

「情熱的なのしようよ」

 カイルが私から目を逸らさない。その顔はまるでさっき私にダンスを申し込んできた王子様じゃない、悪いオトコのもの。

 私もその真っ黒な目から目が離せなくて、あと数センチでキスする距離で見つめ合ったまま回る。私が少しでも離れかければすぐに腰がぶつかるほど激しく抱き寄せられた。背中に回された手がドレスから覗いた肌をいたずらに撫でて、それだけでぞくりと快感が走る。こいつ……周りに見られていると思って大人しくしていれば好き放題しやがって。

 やられっぱなしなんてあり得ない、とヒールで思いきり足を踏んでやろうとすると、読まれていたようでさっと避けられた。何度やっても避けられる。

「んふっ……悪い子だなあ」

 吹き出したカイルに余裕たっぷりに笑われた。ぎゅうう、と繋いだ手の皮を摘んでおく。

「あ、痛い痛い痛い」

 カイルは苦笑いして、背中を這いずり回っていた手は大人しくなった。

 それにしても昨日練習しろと言われたときは嫌がっているみたいだったのに。余程踊るのが楽しいのか、カイルは度々ぺろりと舌舐めずりをしてにやりと笑う。

 カイルにぶん回されるのになんとか付いて行きながらようやく一曲終わると、会場では拍手が響いた。ん? 音楽隊への拍手かな、と思ったらみんな私たちを見て口々にヒューヒューと指笛をふいたり「ブラボー!」と叫んだりしている。カイルの超絶テクニックのせいでいつの間にやら大注目を浴びていたらしい。いくらなんでも目立ちすぎでは。

 仕事に真面目な彼は怒っているんじゃないかな、と案じてウィリアムを見ると、彼もうんうんとうなずきながら王族のように優雅にテンポの遅い拍手をしていた。怒るどころか満足そう。ああ……この人もきっと他の構成員に漏れず変な人だ。

『カイル達のダンス、見たかったなー。俺、途中から声を掛けられなかったわ』

 イヤホンからため息混じりの声が聞こえる。そうだ、この人の存在をすっかり忘れていた。かああ、と今更頬が火照る。必要以上に動かされたダンスのせいですっかり上がってしまった息を整えていると、グラスを持ったカイルが戻ってきた。

「はいお嬢ー。喉渇いたっしょ?」

「え、ありがとー」

 ストローの挿されたジュースを差し出してくれる。意地悪なダンスはまだ許していないけれど、こういう気の利くところは好きだ。本当はお酒が良いけれどお仕事中だから我慢。ちゅー、と一気に半分ほど飲み干す。ボスのところにも制服を着たボーイがワインを注ぎにいくのが見えた。

 いいなあ、ボスになると飲み物も向こうが注ぎにきてくれんのかなあ。そう思っていたら、ウィリアムが突然ボーイの持つ丸いトレイを蹴り上げる。え、優雅な紳士だと思っていたのに。それはグッドマナーなの?

 カアアアン、と軽い金属音が鳴って、トレイとボーイの腕に掛かっていた白い布が宙を舞う。そしてもう一つ床に落ちた物があった。

 カシャン、と拳銃が転がって回る。

 しん、と会場が静まりかえる中、ウィリアムが高らかに宣言した。

「It’s party time!!」

「ちょ、良い声で何言っ、ってぇええええええ?!」

 ウィリアムの声で一斉に周りの招待客が銃を抜く。嘘でしょ。

 ねえアダム、これは招待客に刺客が送り込まれているんじゃなくて私たちが刺客の中に紛れ込んでいるって言った方が正しい人数比。

 私が叫んでいる間にカイルは私の頭を下に押さえつけ、ゴッ! と鈍い音と共にたくさんの料理が載っていたテーブルを蹴り倒した。その途端に間一髪、ガガガガガ、とテーブルに撃ち込まれる弾丸たち。分厚い天板に防がれて私たちは蜂の巣になるのを免れる。というかこの大理石のテーブル何十キロもあると思うんですけど。カイル、今これを足一本で蹴り倒さなかった?

 私と同じくウィリアムに押さえつけられてテーブルのお世話になったボスは、ウィリアムに連れられテーブルや柱を盾にしながら出口へと向かっていくのが見えた。追おうとする敵を食い止めないとね。テーブルの影に屈んだまま、ぶわっさあとスカートをめくり上げる。

「ヒューゥ! 良ーいおみ足!」

「アダム、最初の一発はカイルに撃ち込む許可をください」

『うーん、これは許可してあげたい』

 あんたに足を見せるためにスカートを捲ってるんじゃないわ。ホルダーから拳銃を引き抜いて構える。

「銃ばっかで俺には分が悪いし、お手並拝見といこうかな」

 そう言いながらカイルはナイフを取り出していた。やる気満々って顔をして嘘をつけ。

「『三、二、一、ゴー』って言ったら、ってバカバカバカ!」

 合図の確認のつもりだったのにカイルがテーブルの影から飛び出していった。何なの、コントの世界の住人なの?!

 カイルは手近にいる奴から切り刻み、血飛沫を上げていく。確かに目で追えないぐらいに速いし的確に急所を突いているけれど。

「相手は銃だっての!」

 突然飛び出してきて躊躇いなく人を殺すカイルに一瞬戸惑いを見せていたものの、少し離れた所から銃でカイルに狙いをつける奴らが出はじめていた。テーブルから少し顔を出し、パンパンッと撃ってすぐに引っ込める。すぐにチュンチュン、と頭上を弾が掠めていった。

 うん、ヒットアンドアウェイ、これに限る。敵のど真ん中でナイフを振り回すなんて普通は馬鹿だよ。

 また二人ほどを撃ち抜いて頭を引っ込める。テーブルの裏に回り込もうとした奴がいたのでそいつも容赦なく撃った。

「お嬢ー」

「何?!」

 狙撃されているとは思えないのんきなカイルの声が銃声の合間を縫って聞こえてくる。

「ありがとー」

 また一人の首をかっ切って、血の雨を浴びながらカイルは笑っていた。……かわいくない、かわいくなんかないぞ。

『カイルー、お嬢ー、敵を殺すのはその辺にしてボスを追いかけてー』

 先に逃げたボスと距離が開きすぎたらしい。通信が入った。

 カイルは今しがた刺し殺した男を引きずって盾にしながら銃弾の雨の中をテーブルまで戻ってくる。その気の毒なご遺体、カイルがすっぽり隠れているくらいだし自分よりもだいぶ大きいよね? 薄々気付き始めたけれど、小柄な体躯に見合わぬ怪力だ。

 今度こそせーのでダッシュして、一気にホールの外に出た。カイルは既に血みどろで、すれ違う逃げ遅れた招待客が悲鳴を上げる。あ、大丈夫です。これ全部他人の血なんで。いや、一般人からすれば返り血を浴びた殺戮者の方が怪我人よりももっと恐ろしいか。

 あーあ、高そうなタキシードだったのに。なんか血の方が似合ってるし、こうなるならカイルなんて最初から上裸とかでよかったんじゃないの。

 背中を撃ち抜かれる前に一旦柱の陰に走り込む。

「お嬢、今何考えてんの」

「え? タキシードが勿体ないからカイルは上裸でよかったのになーって」

「確かに? っておい!」

 タキシード似合ってたでしょうがー、と言いながら上着を脱ぎ捨てている。ほら、いらないんじゃん。

「だってこれ固くて動きにくいんだもん」

 ぐるんぐるんと肩を回した。ドレスを選ぶ時もやたらと動きやすさを重視していたっけ。それより、動きにくくてさっきの速さだったの? 動きやすかったらもう獣みたいになるのかな。

 私も今のうちに、とヒールを脱いだ。ちょっとダッシュしただけでも転びそうだったからその方が得策だろう。

「うは、シンデレラじゃーん」

 姫は舞踏会から逃げ出すときに靴が片方脱げてしまいました、って?

『お淑やかなシンデレラは靴がうっかり脱げちゃっただけで、かなぐり捨ててわざと置いていった訳じゃないよ』

「あれ、アダム喧嘩売ってる?」

『売ってない売ってない』

「お嬢縮んだねー」

 カイルはちょっと嬉しそう。ヒールを履くと目線が同じぐらいだったもんね。敵がじりじりと近づいてくる気配がして、物陰から出てきた奴らを撃ち殺す。すぐに顔を引っ込めると、私とカイルの隠れる柱の両脇を一気に弾丸が通っていった。

「お嬢、凄ぇな」

 私をまじまじと見つめていたカイルが言う。自分ではそんなに凄いとは思わないけれど、人より速く狙いを定められる才能をくれた神様には感謝だ。お陰で顔を出した後、向こうが私を撃つ前に私は相手を撃つことができる。

『ほいお待たせ、ドア開けたよー』

 アダムの声がして、電子ロックの掛けられていたドアが開く。

「アダムサンキュー!」

「すごい! 天才!」

 ありがたく柱の陰から走り出た。ヒールも脱いだことだし、ホテルの出口までダッシュだゴー。来たときはホテルの入り口からホールまでほとんど遮る物なんてなかったはずだけど、開け放たれていたドアが今は全て閉まっているようだった。ボスが逃げないよう閉じ込めるためだろう。

 しかし、せっかくの罠だけれどこっちにはアダムがいる。私とカイルは走っているだけで、目の前のドアは次々と解錠されていった。しかも私たちが通るやいなやアダムが再びロックを掛けるものだから、追ってきた敵はもれなく自分たちの罠で足止めを食っている。

「ドアを抜けているだけで振り切って逃げられそう! アダム最高!」

 イヤホンの向こうで頑張ってくれているであろう天才を褒め称えた。

『ふふ、電子ロックならお手の物だから任せて。物理的な鍵はー……』

 アダムの声を聞きながら走っていると前方のボスとウィリアムが見えてくる。彼らの前にあるのは電子じゃない普通の鍵のかかったドアで、ウィリアムは一瞥するとそれを蹴破った。

 バリバリゴシャ。

 えげつない音がして高級そうな美しいドアが蝶番から剥がれる。

『……ウィリアムやカイルが何とかしてくれるし』

 アダムの音声が続いた。……二人とも本当に同じ人間かなあ。

 そういえば刺客の持っていたトレイも蹴り上げていたし、ウィリアムってばなんて足癖の悪い紳士だ。でも高々と上がった足は長くてどこか優雅な雰囲気。まだ会ったばかりだけれど、さすがは名家出身というところだろうか。

 ホテルを出るとアダムの指示通り完璧なタイミングでイアンが乗りつけてくれるけれど、乗る前に周りでボスを狙っている奴らを一掃する。

 カイルが切って、ウィリアムが蹴って、私が撃つ。

 こうしてみると同じ戦闘員でもカイルはナイフ派でウィリアムは蹴り中心なんだな。私は銃だし。みんな自分の得意分野が違う。

 高級ホテルの入り口を死屍累々にして、私たちは悠々と車に乗り込んだ。敵のファミリーはカーチェイスの用意はしていないのか、諦めて私達を見送ってくれる。ふー、と一息ついた。

「カーイル。お前乗るの禁止」

「いや、ほんとだよ」

「やだ! やだあ!」

 カイルに甘いイアンが、とっくに走り出してからカイルの血みどろの服を指摘する。同調したらカイルはぶりっ子みたいに悶えた。全く、高級車のシートが汚れるからっていうなら乗せる前に言うべきだ。

 もっとも、予想通りなのか、隣りで駄々をこねている彼の座る後部座席にだけしっかりビニールシートが敷かれていた。お陰で私もガシャガシャと座り心地が悪い。カイルなんて車から降ろして自分の足で走らせてもなんとかして帰ってくるでしょうに。

 無事にボスを送り届け、ネーヴェに加入してからの私の初任務は想定していたよりも大仕事となり終わった。

「みんなお疲れ。無事ボスを守りきったし、大成功じゃん」

 ボスを車から降ろしドアを閉めるやいなや、イアンがリーダーらしく労ってくれる。

「お嬢も初仕事とは思えない活躍っぷりだったよ」

「おお、やるじゃん!」

 ずっと見ていたウィリアムが私の仕事ぶりをイアンにも伝えてくれて、たくさん褒められちょっとにやにや。まあね? ネーヴェに入ってからの初仕事とはいえ、抗争は初めてじゃないんだしあれぐらいはね?

「ボスも機嫌良かったし報酬弾んでくれるんじゃね?」

 なんか見事なダンス披露したらしいじゃん、とイアンがミラー越しに私とカイルを見た。

「そーなんだよ! 俺頑張っちゃったからなァ!」

「あれはすごく良かったよ。情熱的だった」

「……」

 ダンスについてはもう触れないでほしい。

「もしもし? ――あーいいよ、ちょうど帰るとこだから迎えに行くわ」

 イアンが誰かと通話してすぐに切った。

「ショウが今日こっちに帰るって。ついでに拾ってくな」

「おー、じゃあお嬢に会わせられるな!」

 ショウ? ネーヴェのまだ会っていない構成員の一人か! 顔を知らない人があと四人いるもんね。

 車は歓楽街へ滑り込んでいく。もう真夜中だっていうのにピンクや黄色のネオンがピカピカして、道には綺麗なお兄さんやお姉さんが客引きでたむろしていた。その中でも一、二を争う立派な店構えのストリップクラブの前でイアンが車を停めて窓を開ける。

 途端に聞こえてくるしなを作った女性たちの声。カイルが昨日私に選んだドレスよりももっともっと胸元の開いたドレスからはたわわなお胸がこぼれそう。ストリップクラブで働く女性なら店の中で営業するから、道端にいるのは売春している女性だ。一見普通に見える小さな看板は、見る人が見れば娼館だと分かる。これでもマフィアなので。

 車内を見るとイアンとウィリアムは女性達に見向きもしないで何でもない顔。カイルも外には目もくれずぼけーっとしているけれど、あんたはえろいことなんて知らないみたいな可愛い顔しておいて滅茶苦茶手慣れてるのを知ってるんだからな。

 あ、ストリップクラブから物凄く高級そうなスーツを着た男が出てきた。

 若いのに随分高給取りなんだな、と見ていたらそいつがまたとんでもない顔面偏差値の高さ。道端の女性があっという間に群がっていく。

「ショウ! 最近全然顔出してくれないじゃん。私、今月店で一位だったんだよ! 褒めてー」

「一位? すげえ、頑張ったじゃん」

「うふふふ」

 えええ、ここにいる女はみんな顔見知りってか。なんて奴だ。まあお金もあって顔も良くて、ときたらそりゃさぞモテるでしょうねえ。

世の不平等を噛みしめながら眺めていると、きゃっきゃとはしゃぐ女性達の間から泣いて縋る女性が割り込む。

「ショウ! どうしてお店に来てくんないの?! ど、どんどん支援も減らしていくし、私どうしたら……! お願い見捨てないで!」

「は?」

 セレブイケメンは嫌悪感も露わに女の手を振り払った。女は泣き崩れる。あ、酷い。

「俺、努力できない奴に興味ないし。待遇変えてほしいならやる気出せば」

 甘いマスクで氷のように冷たくあしらった。……ちょっと私も罵倒されてみたいなんて思ってない。そんな趣味はないはずなんだ。

 それでも大半の女にこの男に付いていきたいと思わせる魅力があるんだろう。今の短い会話だけでも恐ろしい飴と鞭の使い手なのが分かる。

 光沢のある黒いスーツ、ぴかぴかの革靴に腕時計、丸眼鏡を掛けた男は、女達に絡まれながらもまっすぐこっちに向かってきた。

 えっ、えっ、えっ?

 躊躇いなくドアが開かれる。

「お疲れ。迎えありがと」

「お疲れショウ!」

 カイルが元気に迎え、車はすぐ発進した。この財力と顔面力をフル活用する鬼みたいな所業の男が同じグループ?!

 ショウは即行で顔をしかめている。

「何この車、血生臭っ! ありえないんだけど!」

「カイルのせいだね」

「俺だけぇ?!」

「私とウィリアムはそんなに血を被ってないもん」

 ウィリアムと私で同時にカイルを見遣った。犯人はこいつです。

「無理無理無理、よくそのままでいられんね。ぜってー近寄らないで。汚いし。俺、血とか触れないから」

「おーし、降りたらショウに抱きついちゃうぞー」

「そしたらお前とは絶交だわ」

「え、やだぁ!!」

 なんだこの幼稚園児みたいな会話。よく通る声で二人して何言ってんだ。マフィアなのに血も触れないって、ちょっと潔癖?

 いっそ気持ち良いくらい鋭い罵倒を続けていたショウはようやく私の方を見た。

「で、お前誰」

「ショウ失礼。先に名乗るもんでしょ」

 隣りにいるウィリアムがたしなめる。いいよ、こいつが無礼なのはもう分かったから。

「エリーです。この前ネーヴェに加入してカイルのバディーになりました。お世話になります」

「カイルの?! へー、大変そう」

「ショウ、お嬢だよ。前から言われてたでしょ。話、何にも聞いてないね」

「言ってた? ショウです。よろしく」

 ウィリアムがため息をつきながら紹介してくれた。

「ショウは俺のバディー」

 薄々分かってました。

「ショウはこの辺一帯の娼館やストリップクラブを仕切ってるんだ。ショウが関わると軒並み売り上げが上がるからどんどん手掛ける店舗も増えていって、今や裏で帝王なんて呼ばれてる」

「ふぁ~あ。俺は夜は寝たいんだけどね。なんか知らないけど売り上げ上がるからやれって言われて任されてるだけ」

 大あくびをしたかと思うとショウは寝る体勢に入っている。そんな車内で寝なくとももうすぐアジトに着きますけど。

「ショウは天才だから。さっき聞こえてきたような会話も、打算とかなく言いたいこと言ってるだけなんだよね。それでもレディー達はショウに好かれたくてどんどん頑張ってくれるみたい」

 それは天才……なのか? ウィリアムはバディーに甘いのでは?

 話を聞いても私の中の印象はドSな経営者から考え筒抜け五歳児に変わっただけなんですけど。ショウは自分の顔面に感謝した方がいい。

 ツッコミ不在で納得のいかないまま車はアジトにたどり着いた。

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