三章、女装、変装、お手の物

第3話

ネーヴェに入ったものの、数日は何もせずに過ごした。

「ねー、私達は仕事しないの」

 初日に会った三人以外の人には結局まだ会えていないし、イアンもジャックも毎日のように資金回収に出かけていく。アジトにずっと留まっているのは私とカイルだけだった。みんなこの建物内に自室はあるはずなんだけど、各自仕事場や別のところにも泊まるところがあるようで夜も帰ってこない。

「えー、俺戦闘以外できないからなあ」

 カイルはソファーにだらだらと寝そべって買ってきたコミックの週刊誌を眺めている。その戦闘してるところも見たことないけど本当に大丈夫? 今月お給料とかもらえるんだろうか。イアンは私に甘いけどカイルにも甘いからなあ。それは心配いらないのかな。

「それにしたって暇ぁ!」

 こっちは働かざる者食うべからずの教育方針で育ったんですけど。もうとっくに引っ越しの荷物も片付けた。ちょっと出かけようとするとカイルが付いてくるのもあってなるべくアジトにこもっているけれど、そろそろ体が鈍りそうだ。うるせぇ、と笑いながらカイルが身を起こす。

「お嬢も戦闘員なんだから仕方ないじゃん。そんなに仕事がしたいの?」

 血に飢えてんね、俺と一緒~と手元のナイフをくるくると弄んだ。血に飢えているとか初耳だ。そんなケダモノとどうか一緒にしないでほしい。

 投げてはキャッチして、と今にも指を切りそうなスリリングな遊びを眺めていると、ピコン、とパソコンの通知音がする。すぐさまカイルが立ち上がって見に行った。

「ほいほーい?」

『あ、やっぱりカイルがいたかあ。元気にしてる?』

 映像付きの通信が始まったらしいパソコンからは、マフィアらしからぬおっとりとした穏やかな声が聞こえてくる。

「アダム! 元気有り余ってるわ~。ねえ、アダムがいない間にお嬢が来てるんだよ!」

 お嬢ー! とカイルが私を手招きした。

『お、ほんとに来たんだ。大丈夫? カイル、迷惑かけてんじゃない?』

「かけてねーよ!」

 いいえ、毎日バディー解消したいと思ってます。バディーだからって付き纏ってくるしうるさいし。自分は一人でふらっと出かけるくせに。

 内心文句を言いながらパソコンに近づく。画面では甘いマスクのイケメンが柔和に微笑んでいた。

『どうも、ネーヴェのアダムです。よろしくね』

 おお……まともそう。いやまだ分からない。他の連中も顔だけは良いもんな、顔だけは。ネーヴェにいるってことは他で扱いきれないレベルで個性が爆発してるんでしょう。騙されないぞ。警戒心も露わに挨拶を返す。

「エリーです。こちらこそよろしく」

「アダムはめっちゃ頭が良くて、ボスに頼んで大学院まで行かせてもらってその知識を活かして俺らを助けてくれるんだよ!」

「へえ」

 それは基本的に学のないマフィアにしちゃ異色の高学歴だ。インテリでイケメン。おっとよだれが。

『カイル俺のこと全部代わりに紹介してくれるじゃん』

「えっと、特技が何だっけ、サイバーテロ?」

『合ってる合ってる』

 ああ……前半の紹介までは良かったのに。よだれと共に出かけた口説き文句は急速に喉の奥へ引っ込んでいく。ふふって微笑んでるこの人も、マフィアに属しているからにはやっぱり犯罪者らしい。

『パスワード解錠や汚職データのコピーは任せてね』

「アダムは戦闘はからきしだから表には出てこないけど、裏方として俺らを助けてくれるんだよ!」

『うるさいな。いいんだよ、カイル達がしくじってアジトが割れなきゃ俺の役割だと表に出る必要ないんだから』

「にひひ」

 イケメンとかわいい子がお互い辛口にいじり合っている。関わらず見ているだけなら眼福だ、もっとやれ。

「あれ、でも彼、どうしてこのアジトにいないの?」

『ああ、俺はボスのいる本家で仕事することも多いから。そっちに帰る時もあるけど、今はボスの傍で仕事してるね』

「アダムのお陰でネッスン・ドルマは他のファミリーにはないネット犯罪って強みも得たから一段と成長したんだよね!」

『だからお嬢、今日は画面越しでごめん。今度そっちに帰ったときにちゃんと挨拶するね』

「気にしないで。忙しい中ご丁寧にありがとう」

 インテリなのに礼儀まで正しい。私のバディー、アダムが良かった。まあ私にはサイバー知識なんてないから一緒に仕事できないだろうけれど。

『そうだ、お嬢に気を取られて忘れるとこだった。カイル、仕事! 仕事の内容伝えるために連絡したんだよー』

「お仕事!」

 聞こえた単語に、カイルよりも先にパソコンに飛びついた。

『あはは、めっちゃやる気のある子じゃん。カイル、よかったね? 次の仕事はー、要人たちのダンスパーティーでボスの警護!』

「ダンスぅ?!」

『そ。ボスもいろいろ付き合いがあるからねー。パーティーはしょっちゅうなんだけど、今回は敵対するファミリーが刺客を送り込んでくるかもって情報が入った』

「ウィリアムはまた側近として付くの?」

 仕事モードなのか珍しく真剣な顔をしたカイルが割り込んでくるけれど、ウィリアムって誰だ。その人もネーヴェの構成員なの?

『そう! だからカイルたちはいつも通り招待客として潜入ね!』

「ボスの警護ってめちゃくちゃ大事な任務なんじゃ……」

 そんなのをはみ出し者集団に依頼してくるの?

『あれ、聞いてない? ネーヴェの戦闘力はファミリー随一だよ』

「え、私含めて十人の超小規模グループなんだよね?」

『そう! だけど一騎当千ってやつ。お嬢も戦闘力を買われてうちに入れたってボスから聞いてるよ』

「……」

 インテリらしく東洋の四字熟語を使ってアダムが教えてくれるけれど、前もって聞いていないし怖すぎる。天下のネッスン・ドルマの中でも化け物級の戦闘員が集まってるってこと? アダムには悪いけれど私にそこまでのスキルがあるとは思っていないし、ここに配属されたのも裏切ったら寄ってたかって私を八つ裂きにするためとしか思えない。今回の仕事も荷が重すぎたりしないだろうな。

『あとはいつも通りだからお嬢はカイル達に聞いてくれればいいからー。俺も当日は通信でサポートするけど、物騒な噂が杞憂に終わって豪華なパーティーを楽しむだけで帰ってこられることを祈ってるよ』

「おっけ、ありがと! ばいばーい」

 私がぐるぐると考えている間に仕事の詳細を伝え終えていたらしいアダムからの通信が切れる。アダムに最後まで手を振っていたカイルは、画面が黒くなるとくるりと私を振り返った。

「さてと! まずはダンスの練習だな!」

「え、踊るんだ?」

「もちろん。招待客に紛れないと」

 カイルが「お手をどうぞ?」と手を差し出してくる。そうしていると普段はお馬鹿な子犬なのにどこか気品まで漂って王子様みたいだ。いかんいかん、変貌ぶりに騙されないぞ。

「あ、私練習しなくても基本ぐらいは踊れるよ」

「えっ、まじぃ? さっすがお嬢様」

 そうなんです。ボスの娘としてそういうパーティーには連れて行かれることもあったから、本物のお嬢様のお淑やかさには程遠い暮らしだったもののダンスはマスターしている。

「それならウィリアムを呼んで仕込んでもらわなくても大丈夫そうだな」

 ドアが開いて、帰ってきたイアンがいきなり会話に参加した。

「俺なんてこの仕事始めてからウィリアムにしごかれてステップ覚えたのにぃ」

 カイルは口を尖らせている。

「そんなむくれなくともカイルはすぐ覚えただろ。お嬢、一応ちょっと実力見ておきたいからカイルと踊ってみ?」

 イアンがスピーカーから優雅なワルツを流した。カイルが途端にうげっと顔をしかめる。

「くっそー、俺のトラウマソング……」

 よほどこの曲で練習したんだろうか。気を取り直したカイルが改めて手を差し出した。

「それではお嬢さん。お手を」

 二人の手がガチンとかち合う。

「「?」」

 顔を見合わせて首を傾げた。もう一度。ガチン、と手が当たってやっぱりうまくいかない。あれ、久しぶりだけど私の手の形は合ってるよね?

「……カイルカイル、それ女の子の方じゃ」

「うぇ、まじ、」

「アハハハハハ!」

 カイルがみるみる耳まで赤くなっていって、自分以外にいじれる標的を発見した嬉しさでジャックの笑い声が響いた。

「くっそー……ようやく女役脱出できると思ったのにぃ。男と女って踊り方違うのかあぁ……」

 カイルは頭を抱えてしゃがみ込んでしまっている。

「あー……カイル、ずっとウィリアムと踊ってたもんなあ。俺もそれは知らなかったわ」

 イアンは哀れみの眼差しを向けるけれど、ジャックは嬉々としてスマホの画面を私に見せた。

「お嬢、見て見て、これカイルが女装してるときの写真」

「いやいや男の女装なんて基本見られたもんじゃ……」

 見せられた画面にはピンクのドレスを身につけた可愛らしい女の子の姿。わああ……かわいいね。美人じゃなくて可愛い系。上目遣いなんてしちゃって、モテそうだなあ。

「ん? これジャックの彼女?」

「違ぇよ! カイルだよ!」

「カイルう?! 嘘!!」

 どこからどう見ても女の子ですけど。あ……よく見るとほくろとか、目とか、言われてみればカイルの特徴はあるか?

 ダンスを一から覚え直さなきゃいけない衝撃から立ち直ったカイルは女装にそれなりの自信はあるらしい。ふん、と鼻を鳴らした。

「俺だよ。可愛いっしょ? 『アタシ、会場で結構モテるんだかんねっ』」

 突然裏声を出しても声まで可愛い。完全に女として負けている。なるほど、私が来るまではカイルは女役としてパーティーに参加していた訳だ。

「じゃあまたカイルは女装すれば良くない?」

「やだやだ! 絶対お嬢のパートナー役やりたいもん!」

「まあ……女二人の参加者って悪目立ちするしな。じゃあカイルだけまたウィリアムと練習な」

「あああああぁ」

 イアンに諭されカイルがまた頭を抱える。ウィリアム、一体どんな人なんだろう。

「お嬢ー! それじゃあ衣装だけ先に選びにいこっ」

 それでもすぐに立ち直ったカイルに手を引かれてドレッサールームへ。アジトのことをまだ詳しく分かっていないけれど、このビルにそんなものがあるのね。ドアを開けると一部屋使ってずらりと服が掛けてある。マフィアにこんなにたくさんの衣装は必要? 父のファミリーにはこんなのなかったぞ。

「俺らは変装して潜入する仕事多いからねー」

 カイルがドレスのゾーンをごそごそ探しながら疑問に答えてくれた。

「お、これとかどう?」

「却下」

 見せられたグリーンのマーメイドドレスを即座に断る。

「えー、綺麗なのにぃ。胸元開いてるから? スリット入ってて足も綺麗に見えるよ?」

 カイルはやたら残念そうだ。自分が見たいからって露出が多いのを選んでないだろうな。ため息をついた。

「お仕事行くんでしょ? そんなぴったりしたラインのドレス、どこに銃隠すのよ」

 だから却下。そう伝えるとカイルは感心したようにきらきらと目を輝かせた。

「そっかあ、それで駄目なんだ」

「逆にその観点からしか選んでないけど。カイルは何を見て決めてんの」

 あんたも女装してパーティー潜入してたんでしょうが。

「俺は銃使えないからナイフしか持たないもん。ナイフは薄いやつならどこにでも隠せるし、足捌きとかの邪魔にならなくて動きやすければ何でも」

「ああ……それでスリット」

「そ」

 自分で見た方が早いのでごそごそとハンガーラックを漁る。いいなあ、可愛い服が多い。

「……待って、男所帯だよね? よく考えたら何でこんなに女物の服あんの」

「全部俺のだけど?」

 ひょっとしてパーティー以外でも日常的に女装してんのか。

「女の子だとみんな油断してくれんだよねー」

 自分の顔面をフル活用しているらしい。パーティーの会場で隣りに立つのが嫌になってきながら一着を取り出す。

「良さげなのはこれかな」

 こことここに拳銃を隠せるし、この裾にナイフを仕込めばいいし、と眺めながら呟いているとカイルがにこにこしながら私を見つめていた。

「ん? 何」

「ううん、お仕事モードのお嬢、好きだなあって。かっけー!」

 好き、とか。あっさり言ってくれちゃって。そっちにその気がなくともこっちはそれなりに照れるんですけど。

「サイズ心配だから一応一回着ておこうかな」

「うんうん、まあ俺が着てたんだからお嬢なら大丈夫だと思うけど」

「……カイル、私今から着替える」

「うん、どうぞ? カイ子となら女同士でしょ?」

「……出てけっ!」

 いつまでも出ていかないカイルの尻を思いきり蹴飛ばして部屋から追い出した。ひーん、背中のチャックとか上げてあげようと思ったのにぃ、とまだドアの向こうから喚く声が聞こえる。よし分かった。そこまで女だって言い張るつもりなら入ってきたら男の証を切り落としてやるからな。

 ウエストの細さに四苦八苦しながらもドレスを身に付けることができ、愛用の拳銃二丁が隠せることも確認できたので一安心。それにしてもカイルはこのドレスを着てたんだよね? あいつ、腹が立つスタイルだな。

 拳銃を収めるベルトは太もも以外着ける場所がない。いざというときはスカートをその位置まではしたなくも豪快に捲り上げる羽目になるけれど、まあギリギリパンツは見えないから良しとしようか。私服に戻って部屋を出る。カイルはまだ廊下に膝を抱えて座り待っていた。

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