日常

第23話

お正月休みも明けて、何でもないけど楽しい日々を繰り返す。朝は相変わらず、鬼のように慌ただしいし騒がしい。お弁当のおかずを作ったら、早い時間から干さないと冬は乾かないから、と洗濯機を回していたらもう出勤の時間。家中のタオルを回収してくれていたはるにお礼を言って玄関へ走らせる。


「はる~! お見送り! いってらっしゃいして!」

「じぃじいってらっしゃーい! ばぁばいってらっしゃーい!!」

「お~! 行ってきます! 今日はおやつ買ってきてあげようか」

「はるしゅーくりーむ」

「よしよし、シュークリームな」

「お父さん、私プリンね」

「えっお母さんもか……いいけど。美由紀さんは! 何がいいかメールしてきといて」

「ええ?! いつもすみません! 私なくても……」

「いいから」

「俺はぁ!? 俺にも聞いてよお土産!」

「お前は私と一緒に買いに行って自分のは自分で買うに決まってるだろう」

「えー!」


堂々と甘えてねだる俊介くんに、遠慮していた自分がおかしくなって笑う。義両親が出て行く音を聞きながら彼と向き合った。


「いってらっしゃい。気をつけてね」

「うん、行ってきます。なんかあったらいつでも連絡して」


毎朝のことなのに名残惜しげにハグをされ、ちゅ、とほっぺにキスを送り合う。


「ひよ。いってきます。はるも! いってきます」


私の背中のひよと、下で待ち構えていたはるにもぶちゅう、とキスをした俊介くんが駆け足で出て行くのを見送った。


「「いってらっしゃーい!」」


はるはこの頃「いってらっしゃい」が正しく発音できるようになった。成長ってすごい。ひよに離乳食を食べさせて、二人が寝て落ち着いてくれている時間にははるの入園グッズを作ったりして。

あっという間にみんなが帰ってくる。ああ、俊介くんはちょっとお疲れ気味かなあ。台所に入ってきた声を聞いて何となくそう思う。


「ぎゅっとして!」


第一声に吹き出した。


「はい?」

「あははははは」

「自分でも笑っちゃってんじゃん。今洗い物してるの分かるでしょ、手拭くから待って」

「いやあ、あほみたいだなあと。俺今年30歳だぞ」

「あれ、分かってたとは驚きだ」

「おーいそれくらい分かってるわ」

「はいはい、あほでかわいい今年30歳の俊介くん、ぎゅっとしてあげようねー。はいぎゅー」

「ぎゅー。ね、それはお母さんじゃん。奥さんのぎゅーは」

「ええ? 一緒だよ」

「一緒じゃないでしょ」


俊介くんがシンクを背にした私にぐいぐい迫ってくる。

ピピピピ! ピピピピ! とキッチンタイマーがけたたましく鳴った。


「ああほら吹きこぼれるから!」


するりと俊介くんの腕を抜け出して鍋の面倒を見る。彼は唇を尖らせてテーブルの用意をしに行ったようだった。うん、後で聞いてあげるからね。

みんなが寝静まった後で、観ていたアニメの区切りが付いて飲み物を取りに立ち上がった俊介くんの腕をぐい、と引く。予想していなかったのか、俊介くんは簡単によろめいてソファーに座っていた私に倒れ込んできた。

ぱふん。


「え? うわ、」

「……ちょっと、何で固まってるの」

「おっぱ、……美由紀胸大っきい……」


かああああ。

私の胸に顔が埋まったまま、俊介くんの耳が赤く染まっていく。いつもハグ迫っておいてそんなことで?!


「はあああ? ひよに母乳あげてるんだから当たり前でしょ。いつも見てるじゃん」

「うう、それと飛び込むのとはまた別じゃん。ね、離して、ほんと恥ずかしい。なんかすっげーいい匂いするし」

「力強いんでしょ。自分で離れれば。ほーら、お望みの奥さんのハグってやつだよー?」

「いじわるすんなって、ほんと、やばいから」

「いーよやばくても……」

「良かねえよ」


俊介くんが苦笑しながらもがいて何とか離れていく。


「……元気出た?」

「ええ……? 元気出すためにやってくれてんの? こんなことで……って言いたいところだけど、めっちゃ元気出たよね」

「出たんかい。よかったよ」


二人で顔を見合わせてげらげら笑った。


「お仕事大変だった?」

「うん。でも、修正すればちゃんと企画通りそうだから。頑張るだけ」

「偉い。いつでも休んでいいよ」

「甘やかさないでよ……」

「私が甘やかさなかったら誰が甘やかすの。俊介くんはいつも私を甘やかすでしょう」

「そうだっけ」


私の髪を撫でながら俊介くんは嘯く。


「美由紀のお陰で元気満タンになったから、大丈夫」

「そっか」


思い立ってぱっと隣りを振り向き、俊介くんが心構えをする間もなく口付けた。目を見開いて固まった彼は顔を真っ赤に染めていく。


「もっと元気出た?」

「あのねえ……。俺の元気出しすぎたらやばいって分かってんの?」

「分かってるよ」


俊介くんがようやくいつもみたいに柔らかい笑みをこぼして、私の額に口付ける。


「よし、言ったな」


にやりと笑った彼は私の手を引き2階へと階段を上っていった。

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