初詣
第22話
『それでは皆さま、良いお年をお迎えくださーい!!』
テレビの中で、紅白歌合戦の司会者が元気よく声を張り上げる。紙吹雪が舞って、『ゆく年くる年』が始まった。
「もうすぐ年が明けるねー」
きゃいきゃいはしゃいでいた姉妹はとっくの昔に寝かしつけ、私はだらりと炬燵に頬を付けて呟く。
「だねえ」
そう答えながら同じく炬燵に90度隣りから足を突き合わせてみかんを剥きかけていた俊介くんは不意に手を止めた。
「ね、美由紀」
「ん? くれるの?」
「んっふ……ほしいならあげるけど」
笑みをこぼしつつも、手は炬燵に突っ込んだままあーんと口を開けた怠惰な私にみかんを一房もいで放り込んでくれる。
「ありがとおいしい」
「そう。良かったじゃーん。……じゃなくて。お詣り行こっか」
「うん。初詣? 明日おじいさん家行く前に?」
「それも良いけど。違う、今から」
「今から?!」
「二年詣り。二人でさ、行こうよ。……それとも寒いからいや?」
大きな目が不安そうな色を乗せて尋ねる。
「えっ、いいの、行きたい!!」
なんて楽しそうな提案なの。
眠気もすっ飛んで、私は超魔力の炬燵から一瞬で抜け出した。俊介くんもぴょーんと立ち上がる。
「すぐそこの神社でしょう。いいわよー、年寄りにはもうこの寒さは堪えるわ。私達ははるとひよとお留守番しとくから、若い二人で行ってらっしゃいな」
「ありがとうございます……!」
すかさずお義母さんがフォローしてひらひらと手を振ってくださって、私はぺこーん!と頭を下げた。
「だって。行こ行こ! 年明けちゃう!」
「ああっ。お化粧……!」
「暗いから顔なんて誰にも見えないよ」
「俊介くんは……?」
恥ずかしくて小さな声になりながら口を尖らせる。
「えっ、俺とお出かけだからお化粧したかったって思ってくれてんの」
俊介くんは目を丸くした後で今度はなくなっちゃうくらいに細めた。
「その気持ちだけでかわいい。美由紀はいつもノーメイクでも超かわいい」
頬を両手で挟んですりすりと上下に撫でられる。触れられたところがかあああ、と熱を持っていくのが分かった。
「そんなことない……かわいいって言わないで……」
「んはは。チーク要らないねえ」
「着替えだけ!! してくる!!」
「『40秒で支度しな!』」
「はいぃぃ!」
逃げ出した背にご機嫌な名台詞を投げられながら、私は階段を駆け上がった。
どこどこどこ。あったかくて、ちょっとでも、か、かわいい服。
慌てながら階段を降りてきた私に、玄関で靴紐を結んでいた俊介くんは顔を上げると口元を覆った。
「ふふっ。……んへへへ」
「何よー」
「ごめーん。かわいくてにやけが止まんない」
「アラサー捕まえて何言ってんだか」
「ほんとだよ。俺のお嫁さんかわいくて幸せ」
「んー!」
「いっでぇ! 藤間家の女、暴力的……! 男はこんなに温厚だって言うのに……!」
褒め言葉が止まないのが照れ臭くてお尻を叩いたら俊介くんが大袈裟に喚く。見送りに来てくれたお義母さんが呆れたように腕を組んだ。
「いいから早く行きなさいよ……」
恥ずかしい。
「「いってきます!」」
誤魔化すように元気よく放った二人の声が意図せず重なってしまったのにもますます羞恥心を煽られた。
からから、と引き戸を閉める。はあああ、と二人で肩を落として吐いたため息まで重なった。
「ふふっ。行こっか」
顔を見合わせて笑い合う。すると温い手に繋がれた。びっくりして自分の手を見つめ、そこから伸びる俊介くんの腕から肩、その先へと見上げてしまう。
「家出たら、即行繋ぐって決めてた」
私の驚いた視線を受け止めた顔がにやっと笑う。
「だめ?」
「だめじゃないぃ……!」
「じゃあよかった!」
熱い。手も、顔も。
普段は止まったら死ぬ回遊魚なんじゃないかってくらい動き回ってる足はいつもよりずっとゆっくり歩き出した。私はもう、彼の顔さえ見られない。
とくんとくんと心臓の音が大きくて、堪らず俯いて二人の足元ばかり見て歩く。私がぼーっとしているものだから緩く握ってくれている手が抜け落ちそうになるとすぐに固い手が掴み直してくれて、ますます心臓が跳ね上がる。
「雪降ってんね」
その声に紺色の空を見上げた。ひらひらと舞い降りてくる。それをあなたが一緒になって見上げる。黒い髪にふわりふわりと雪花が乗った。口角の上がった薄い唇の隙間から、はあと白い息が吐かれる。
「……綺麗ね」
呟く。
「ね。やっぱ風情ある」
雪のことだけじゃないよ。
彼みたいに直接なんて言えなくて、心の中に仕舞った。
「でも寒い? 震えてんね」
ぱっと俊介くんが私を覗き込む。急に動くから彼に乗っていた雪は一瞬で飛んでしまった。
「大丈夫だよ」
「いや歯カタカタ言ってんじゃん。タイツなんて履いてくれてっからー」
スカートにタイツをどうやら喜んではいるらしく、にやにやしながら指摘される。
「ほら、貸したげる」
彼が解いたマフラーをぐるんぐるんと巻き付けられた。俊介くんがよく巻いている、ブラックウォッチの大判のマフラー。もふ、と鼻までを埋め深く息を吸い込む。
いや、誰だって好きな人のならするでしょう? 見られて笑われたけど分かってほしい。
「え、くさかった?」
「ううん。俊介くんの匂い」
「えー? くさいのかくさくないのかどっちよー」
「……すきな匂い」
「あらそう……」
俊介くんがいつも付けてる香水がちょっと移ってる。ほっこりあったか。いい匂い。
いいな。このマフラーほしい。言ったら彼のことだからあっさりくれちゃうんだろうけど。でも段々俊介くんの匂いはなくなっちゃうか。
「ねえ。ちょっと。超恥ずかしくなってきたからそんなすんすん嗅ぐのやめて……めっちゃ俺のこと好きみたいじゃん」
言われてはっと隣りを見たら俊介くんは繋いでない方の手の甲を口元に当てそっぽを向いていた。
「好きだよ。これあったかい。ありがと」
「も~! 分かってて仕返ししてんな!」
うん。だって耳まで赤くなってるのかわいい。
私が俊介くんのこと好きみたい、とか当たり前のこと言うから悪いんだ。
「ほら着いたよ!」
俊介くんがやけくそ気味に叫ぶ。真夜中にも関わらず賑わう境内は提灯もさがって賑やか。
「すごい人だね!」
「みんな同じタイミングで来るもんなあ」
「お祭りみたい。引っ越してきてだいぶ経つのに全然知らなかった」
「こんなん赤ちゃんは連れて来れねーもん。俺も学生の頃来て以来だから久しぶりー」
二人できょろきょろと周囲を見ながら浮かれた空気につられてはしゃぐ。
「美由紀ー」
「はーい」
「こっちこっち」
巫女さんたちが社務所で忙しそうだ、なんて眺めていたら立ち止まってしまっていて、俊介くんがわざわざ戻ってきてくれた。
「はぐれちゃうからねー」
「はーい」
「わあ、いい子のお返事」
「えへへ」
離してしまっていた手を再び握られたのが嬉しくてにぎにぎと握り返す。うああ、だのやばああ、だの俊介くんは何やら口の中で呻いていたようだけど知らない。年越しの空気に乗せられただけじゃなく、滅多にないどころか初めての2人でのおでかけで私はきっと普段より浮かれているのだ。
久しぶりにわざわざ靴箱から引っ張り出したショートブーツが砂利道を踏み分ける。
「かわいい靴履いてきてくれたから足取られちゃうねえ」
と言いながら俊介くんは嬉しそうに私が躓く度に手に力を入れ支え役になっていた。一切よろめかない彼にいっぱい頼っても平気だよって態度で示される。
本殿へのお詣りの列に並んでいる間に、周囲がざわつく。
「あ、もう年変わるわ」
「ほんと」
変てこりんなタイミングで年の変わり目を迎えてしまった。俊介くんが見せてくれる腕時計の文字盤を二人で見ながら、「さーん、にーい、」と小声で数える。
「「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」」
ぺこりぺこりと頭を下げ合った。
「大変な年だったしいっぱい泣いちゃっただろうけど、今年はいっぱい幸せにするからね」
俊介くんは優しい顔をして私の頭を撫でる。昨年の後半だけでいろんなことがあったなあ、と記憶が駆け巡った。
私も辛くて、はるとひよはもちろん、お義父さんお義母さんも辛くて。その渦中に飛び込んできた俊介くんは全部背負いこんでやっぱり辛くて、二人でわんわん泣いて。
でも、こんなに良いこともあった。
「もうしてもらったよ。今年は私の番」
「いーや、俺の番だね!」
「何で! 私ばっかりもらってる!」
「俺ももらってる! それに、いくらでもあげてーもん!!」
「「あはは」」
どちらがお互いにしてあげたいかって張り合えるなんて幸せな争いで、顔を見合わせて笑って終結してしまう。
「何お願いしたの?」
「んー? みんなが元気で幸せでありますようにーって。美由紀は長かったね?」
「うん。神様が聞き届けるために、お願いの前にどこの何者かちゃんと言わないといけないんだって」
「え! 俺言ってない」
「大丈夫だよ。私が代わりに言っといたもん」
「それは美由紀のお願いでしょー?」
「だから大丈夫なんだって。一緒だもん。それと、あと、俊介くんのお仕事が上手くいきますようにって」
「くっ……! なんっていい子なんだ!!」
俊介くんが芝居がかって目頭を摘むのを放置し、私は沿道を指差す。
「はいはい。見てー! 豚汁売ってるー!」
「おっいいねえ。飲もうぜ」
「私ベビーカステラも食べたい」
「晩ごはんの後に年越し蕎麦も食べてなかった……? よく食べますねえ」
「……俊介くんが太らせたいって言ったあ」
「あー、はいはい! 言った! 言ったし全然太ってない! 大丈夫! 美由紀が食べられるなら食べよ! ベビーカステラ並んでな? 俺豚汁買ってきてあげるから」
俊介くんは空いてる豚汁の屋台の方へすっ飛んでいった。甘えて、甘やかされて。空気が全部綿飴みたい。
あっつ、と本当はもうマフラーなんて要らないくらい火照ってしまいながら少しでも冷えた手で頬を押さえる。
「ほいお待たせー! あっちーから気を付けて」
「わあ、ありがとー! ……2個買ってくれたの?」
「え? 俺も欲しいもん」
「そりゃそうじゃん。じゃなくて、」
「じゃあどうやって食べんのよー。2人で1杯を分けるつもりだったの?」
言われてその通りを想像していたことに気付く。てっきり分けっこするもんだと。黙った私をくすっと笑って俊介くんは私の頭を撫でた。
「また食べさせてもらう気だったなー? 食べきれなかったら俺がもらうから欲しいだけ食べな?」
「んんん」
からかわれて抗議の唸り声を上げても図星なのだから仕方ない。お椀で片手が塞がってるから、俊介くんがぱきっ、といい音をさせて片手と歯でお箸を割る。真似して「「いただきます」」と声を揃えた。
「おいしい」
「んまいねえ。あ、ベビーカステラの順番来るよ。どれにすんの」
「300円の1つください!」
「毎度~」
二人で沿道の脇の花壇に腰掛け、豚汁とカステラを頬張った。
「お、できたておいしい~!」
先に豚汁をぺろりと平らげてカステラの紙袋を持ってくれていた俊介くんがカステラに突入する。
「あ、あ、私も」
慌てても私の手はまだお椀とお箸で塞がっている。
「ほれ」
「……あー」
「うひゃひゃひゃ」
俊介くんが嬉々として口元に差し出してくるから観念して口を開いた。
「おいしい、けど」
「なあに」
「はるに見られたら『おかあさんひよちゃんみたいだねー!』って笑われる」
「いいじゃあん。美由紀にもはるにもひよにも俺はいっぱいあーんってしたい」
いっぱい食べさせてあげたい、って心から微笑まれちゃ敵わない。
「俊介くんはよく食べるもんね」
「へ? ああ、俺元々はそんな食に興味ないよ。美由紀の料理がおいしいからいっぱい食べてんの」
「……ありがとう」
「ん!」
まっすぐな賞賛に声が小さくなったら、空の器があっという間に奪われて彼はごみ箱に走って行ってしまう。こういうとき、彼より早く動けた試しがない。
「ごめんね、ありがとう!」
「いいのー!」
しゅる、と彼の手が私の掌に潜り込んでくる。
楽しかったな。心もお腹もあったかさでいっぱい。
二人ともが上機嫌で、子供みたいに腕を振りながら帰った。
家まではすぐ。庭に入れば、まだリビングに明かりが点いているのが漏れていて薄明かり。まっすぐ玄関に入ろうとしたら、直前でぐっと腕を引かれて何だ? と立ち止まる。後ろで俊介くんが私の手を掴んだまま引き止めていた。
「なあに? どうしたの」
暗闇の中でも分かる固い表情に笑いかける。さっきまでうきうきでアニソン口ずさんでたのにどうしたのよ。
俊介くんがばっ! と両腕を広げた。
「……。はぐ!!」
力いっぱい叫ばれたそれに私はげらげら笑って膝から崩れ落ちる。
「ねえ、ハグしよってばー」
「はいはい、はーいはい。分かったから」
寂しげな背中にぎゅっと腕を回したら、「わーい!」と私の背中にずっと広げて待っていた腕が回った。
「髪冷たーい」
私の頭に頬擦りしながら不満げな声がする。
「文句言わないのー」
「うん。寒いよねえ。でも離したくなぁい」
「あはは。今日、……もう昨日か。誘ってくれてありがとうね。すっごく楽しかった」
「俺も。来てくれてありがと」
「今年も、よろしくお願いします」
「こちらこそ。またみんなでのお出かけもいっぱいしようね」
密着したままもごもご小声で喋っていたけど、何となくお互い離れるタイミングが来る。無言が流れて見上げた俊介くんの顔はやっぱり普段より真剣だった。
「家、入ったらさ」
「うん」
「みんなの美由紀じゃん。お母さんでお嫁さんじゃん」
「……うん」
「それが好きなんだけどさ。……やっぱ、帰りたくない。ちょっとだけ」
笑みを消した顔が一瞬で迫る。ぎゅっと目を閉じる。柔らかな感触が僅かな間唇に触れた。
瞼を震わせて目を開いた。俊介くんは黒い目でじっと私を見つめたまま。何も言うことなく、また顔を傾ける。
もう一度触れた唇は今度は二度、三度と繰り返し私に口付けた。ちう、ちう、と小さく可愛らしい音を立てて啄まれるそれが、とても大事なものに対する仕草のようだった。後頭部に回された手が時々撫でてくれるのも嬉しい。私も大事だよ、好きだよって思いながら可愛いキスを受け止める。
そしたら次の瞬間、がぶー! と唇全体を噛みつくように覆われた。
「んむーー?!!!」
口を塞がれたまま声を上げてしまったのも無理はないと分かってほしい。
「ごめんね、」
言いながら舌を捻じ込んで来てるのはどこの悪い子ですか。え、王子様みたいに小鳥さんのキスしてた人はどこに行ったの。
「っはあ、無理無理、」
ぼやきながら熱烈に噛み付かれる。
「あんなんで、抑えられる訳なくない?」
ちう、なんて可愛らしいもんじゃなくてもはやかき混ぜられた唾液で水音がしていた。
膝の抜けた私は家の外壁に押し付けられている。
俊介くん……なんちゅーえっちな。きみはそういう子だったのね。
「……なに、考えてんの」
「何も……っ」
「今だけは、俺のことだけ考えて」
これ以上溺れてしまうのが怖くて、求められている自分を外から眺めるような思考に敏感に気付かれた。ますます口付けが深まっていく。何にも考えられなくなっていく。
お互い息を乱しながらようやく唇が離れて、俊介くんが濡れた私の唇を指で拭った後、自分のを甲で乱暴に拭う。
「俺のこと、ちょっとは欲しくなった?」
なんて言うから手を伸ばしてよしよし、と頭を撫でた。
「ちゃんとずっと欲しいって思ってるよ。大好きだよ。私だって帰っちゃうの名残惜しいなあって思ってたの同じだよ?」
よしよしよしよし。
夢中になってくれていたのはどこへやら、しょんぼりと項垂れているのをいっぱい撫でる。強引だったり落ち込んだり、忙しい人。
愛おしい人。
「はああぁ…。悔しー。美由紀ばっかり余裕ある。俺めちゃくちゃにしそうになってんのに。勝手してごめんね」
「いいよ、嬉しいもん」
「……そんなこと言ったら駄目でしょ」
ぐしゃぐしゃ、と頭をかき混ぜられ遠ざけられた。
「俊介くんはいっぱい愛情くれるもんね。私分かりにくいもんね。不安にさせちゃうね」
離されてもまた抱きついたら、唸りながら頬擦りをされ可愛がられた。
「大丈夫。美由紀がちゃんと俺のこと泣いちゃうくらい好きなの知ってる」
「ねえ! ちょっと!」
「しぃー。皆起きちゃうよ?」
「俊介くんが意地悪言うせいでしょうが!」
本当はちっとも余裕なんてないのにあるように見えた意趣返しか、想いが実らないと思っていたときに泣いていたことをからかわれてどつきながら引き戸を開け敷居をまたぐ。
「おかえりぃ。楽しかった? お母さん寝ます……」
私達が帰ってくるまで待っていてくれたのはお義母さん一人だったようで、出迎えると欠伸をしながらすぐに二階へ上がって行った。私達もこそこそと寝る支度を整えて二階へ上がる。
俊介くんは先日から私と子ども達と同じ部屋に布団を敷いて寝ている。
『今日から一緒に寝る』
『いいの? ひよが夜中に泣いたら起こされちゃうかもよ?』
『俺部屋違うときもわざわざ忍び込んで寝かしつけてたくらいよ? 今更嫌がると思ってんの』
布団一式を抱えて堂々と主張してきたときの彼を思い出すと今でもおかしい。
お腹を上下させてすやすやと寝てくれていたはるとひよに布団を掛け直し、私達もぽふん、と横になる。まだまだ目は冴えていた。
「ねえ?」
「なあに?」
俊介くんが天井の豆電球を見上げたまま話しかけてくる。
「はるとひよのさあ……名前の由来って聞いてもいい? はるなんてさあ、春生まれじゃないじゃん」
「そうだね。女の子って分かったときにね、圭介さんと、周りをあったかくできる、春みたいな名前を付けたいねって話して。あとは、いーっぱい呼んであげたいから呼びやすいように短くしてもかわいい名前。それで、春花と日和」
「……いい由来」
ごろん、と俊介くんが体をこっちに向けて微笑んだ。圭介さんと沢山悩んで楽しみにしながら二人の名前を決めたことを思い出す。
「……寂し?」
「ううん」
頰を撫でられて答えると、俊介くんは少し身を乗り出してちょん、と私の目尻に唇で触れた。泣いてなかったと思うんだけどな。
くすぐったくて微笑むと安心したように布団に戻っていく。
「俊介くん、……子どもほしい?」
息を飲む気配がする。そして、長い間の後それは吐き出された。
「俺からは言いづらいことを美由紀はぽんと聞いてくるよね。そういうとこ、俺よりずっと先行ってんなって悔しくなる」
「そんなことないと思うけど」
気は利くし行動に移すのも早いし私よりずっと優秀なのは彼の方だ。
「正直に、欲しいか欲しくないかで言ったら欲しいよ。でも、それははるとひよに愛情が持てないとかじゃなくて、美由紀のこと好きだから欲しいって思うんだし、子どもがとにかく好きだから家族がまた増えたら素敵だなあって思う。そういう理由」
伝わってる? って不安そうな声を出す。
「美由紀が大変なのは分かってるし、無理にってもんじゃない。俺はこのままでも充分幸せ」
「うん、うん。大丈夫、分かってるよ。俊介くんがはるとひよのこと命より大事にしてくれてるのも、私のこと心配してくれてるのも」
「ほんっとーに死んでも守るって思ってる」
「死んだら嫌だけど。子育て大変だけど、俊介くんがいっぱい助けてくれるから私はそんなに負担に感じてないよ。私は一人っ子なんだけどね、俊介くん達兄弟を見てると、いざってとき助け合える関係って素敵だなと思うから、はるとひよにも作ってあげたいなって思う」
「……うん。俺、兄ちゃんも弟も大好きだよ」
「泣いてる?」
「ないてなぁい」
「ひよが、もうちょっと大きくなったらね」
「うん」
手を繋いで、未来の家族像を考える。
「春っぽい名前、男だったら颯太がいい」って俊介くんが言うから、「良い名前だね」って笑い合って眠りに就いた。
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