ねえ、お嫁さん

第18話

どこまで近付いてもいい?

どこまで踏み込んでもいい?

どこまで触れるのは許される?


空気さえ入る隙のないほど近付きたくて、でも傷付いた彼女を壊したくなくて。


その距離を、ずっと測りかねている。



***



最初から彼女のことは好きだった。

兄ちゃんが結婚するっていうから、絶対会いたい! って両親に挨拶に来たときに紹介してもらって。

真面目で、礼儀正しくて、身なりも整った綺麗な女の人。

くっそー、綺麗だなーって第一印象を持って、兄ちゃんの背中をぺしぺし叩きにいった。兄弟で顔とかは似てるけど、女の子の趣味まで似るとはな。

でも兄ちゃんの婚約者だ、って紹介されてるのにまさか恋心なんてのは抱かない。固い顔をしているのを笑わせたくてはしゃいだら、思った通りに笑ってくれたんだけどその大きな口を開けた衒いのない様子にますます好感を持った。


兄ちゃんと二人暮らしならともかく、いきなり他所の実家に嫁ぐなんて心細いだろう、って彼女の心境を思って心配したのが始まりだった。同い年だし話も合う。彼女が兄ちゃんの次にほっとしたような顔を見せてくれるのが心を開いてくれたようで嬉しくて、家族として好きだからますます気に掛けた。

はるとひよが生まれてからは、ただただ可愛くて俺が会いたくて来てただけだけど。でも、同じ会社で働く同い年の女の子達はみんなアフターヌーンティー行ったりアウトレット行ったり、って楽しんでるから、子育てに忙しい彼女のことは相変わらず心配だった。

しっかり者だから育児自体は問題ないんだろうけど、息抜きはできてるかな、体調は大丈夫かな。

たまに女の子扱いすると遠慮しながらもすごく嬉しそうにふわっと笑うのが見たくて、たぶん世間一般の義弟という立場にしては随分と甘やかした。だって可愛いんだもん、俺が見たいんだもん。

それでも、兄ちゃんに笑いかける姿が一番幸せそうだったし俺のことは眼中にないのは知っていたから、親戚になる以上のことなんて望んだことはなかった。

俺は俺で別々に幸せな家庭を築く気満々だった。子どももいっぱい育てて、従兄弟同士遊ばせたいな、なんてそんな未来を描いて。

こんなことになるなんて一度たりとも想像したことはなかった。

折れる。壊れる。

間近で見ていた俺は彼女まで失うことになるのが怖くて。

必死に支えになろうとした。

でも、支えられていたのは俺の方。ずたずたに自分を蔑ろにする手段しかなかった俺に、彼女は優しく温かく手を差し伸べる。

同い年の彼女が一人でもそつなくこなすものだから、それを助けようとして俺はより完璧な人間に見せようとした。

誰だって自分より余裕のない奴には頼れないもんな。必死だったよ。だって知らないでしょう? 俺が父ちゃんの会社に入って聞いたこと。

会う社員みんなが夫を亡くした彼女を心配してた。もう辞めて何年も経ってるのに。真面目で温かい人柄だった、一緒に働くの好きだったって口を揃えて覚えられていて俺は誇らしいと共に悔しかったものだ。

でも結局情けないところを見られて、それなのに全てを受け入れてくれた彼女を俺が好きにならないはずなかった。

触れたい。その白い肌に、柔らかな唇に。

口付けたくて、大事に守りたいのに噛み付くように痕を付けてしまいたくて、目が勝手に追う。

それまでと同じ「好き」の種類じゃない。明らかに違う。

俺は彼女に恋慕した。

彼女も俺を憎からず思ってくれているのは分かってる。ただそれ以上に自惚れてもいいものかは分からなかった。兄ちゃんを亡くしてすぐ次へ、なんて気持ちにならないのは彼女の性格的にも予想できる。余計な心労は掛けたくない。

俺は待てるよ、いくらでも。もう彼女以外は考えられないから、彼女が俺を好きになるまでずっと待ってる。俺の勝手だ。それでもし実らなくても後悔なんてない。彼女を家族として守れれば幸せ。好きの種類なんて別に一つじゃないでしょう?

そうは思いつつもしょっちゅう欲望のままに近づき過ぎてしまう自分にはほとほと困った。クリスマスプレゼントを喜ぶ姿に危うくキスしそうになったり。

好きになったらここまで自制が利かないもんか。ハグは許してくれてるけどそれは駄目だろ。

あーあ。

早く堕ちておいで、美由紀。俺の手の中に。

頭の中でしか呼べない名前を大事に反芻する。

そう呼んだときのことを考えるだけでどきどきする。まるで高校生みたいだ。そのくらい夢中になる相手に出会ってしまった。それが、たまたま兄の妻だっただけ。

待てるとは言ったけど、手をこまねいているつもりもない。俺は断トツでハッピーエンドの方が好きなんだ。好きになってもらうチャンスが増えるように、ガンガン攻めるのみ。

ただなあ。もし本当に彼女が俺のことは好きになれなかった場合、俺が告白しちゃって振られたら絶対気まずい思いをするのは彼女だ。彼女の唯一の居場所である家を奪うなんてことはしたくない。

そうやって思考は堂々巡り。

恋するとため息が増えるって、ほんとだね。

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