聖夜
第16話
「すっっっっげええええ!」
帰宅した俊介くんの目がまん丸になる。子供たちより喜んでくれて、その反応にびっくりしてしまうほどだった。
今夜はクリスマスイブ。骨付きのチキンだとはるが食べにくいから、鶏は唐揚げにしてしまって。クリームシチューにポテトサラダとブロッコリーのツリー、パンプディング。それに、手作りのケーキ。
「すげえすげえ、これほんとに作ったの?! 売り物みたいなんだけど!」
「サンタさん来るように、ってはるも良い子にしてくれてたしね、朝から焼いたよー。はるもデコレーションしてくれたんだよねー?」
「そうー! サンタさんとトナカイさん、あとおうちも置いたの!!」
ケーキの上のサンタやトナカイ型のグミ、おうち型のクッキーは買ったもの。生クリームで覆った上にはるに好きに置いてもらった。
「すげーじゃーん!」
俊介くんはもう目がなくなるくらいに細めてはるの頭を撫でる。
「食べよ食べよ!」
「手洗った?」
「お、やっべ」
「あっは。子どもか。ほら一緒に行ってきてくださーい」
「おっしゃ、はる行くぞー!」
「きゃー!」
ジングルベールジングルベール、と一緒に歌いながら洗面台へ駆けていくのを笑って小皿を並べる。
「うんんんまー!! やっぱお嫁さん料理超うめぇわ!」
「よかったあ」
一口ごとに目をきらきらさせて「おいしい」と感動してもらえるのは嬉しい。私の口元も自然に綻ぶ。
ケーキにも大満足してもらえた後。はるはお義父さんとお義母さんからはうさぎのぬいぐるみをプレゼントに貰って大はしゃぎでしろちゃんと名前を付け、そのまま抱いて眠りについた。
サンタさんが来るから、と枕元にしっかりお菓子の入っていた抜け殻のサンタブーツを靴下代わりに置いてとんでもなく良い子に寝てくれたのを見てからそっと部屋を出る。
今日一日楽しそうで可愛かったなあ。明日の朝はサンタさんからのプレゼントにもっと喜んでくれるだろうか。俊介くんにも相談に乗ってもらって選んだ、赤いぴかぴかの自転車。最初は補助輪付きで乗ってもらって、その後一緒に補助輪なしも練習していくようになるんだろう。
ちなみにはるをお義父さんたちに任せて自転車屋さんに行くのも付き合ってくれていた俊介くんは買う時点で涙ぐんでいた。
「もう自転車かあ」って。涙脆すぎない? この先大丈夫だろうか。
「煙突ないからね! 俺が玄関開けとくの忘れてサンタは家に入れなかったから庭に置いてったって設定だから!」
入念な気合の入れようで、隠してあったリボン付きの自転車をはるが寝てから俊介くんがドアの前に移動させてくれる。
「ありがとうサンタさん。寒い中ごめんね」
あったかいココアを入れてあげながら出迎えた。
「いいよー。父ちゃん母ちゃんもこういうの考えてくれてたのかなあ! って思って超楽しい」
「毎年渡し方もそうやっていろいろ工夫したわよー。お兄ちゃんは早めに気付いたけどあんたは長いこと信じてくれてたしねえ」
お義母さんにばらされて俊介くんがおろ、と大げさに狼狽える。
「そうだったの?」
「母ちゃんたちが隠すの上手すぎんだよ! わざわざベランダに置いてある年があったり、毎年空に向かって『サンタさんありがとうー!』って兄弟並んで叫ばせたり。俺は毎年フィンランドから届けてくれたサンタさんを思って本気で感謝してたね」
「あはは。かわいい」
笑ってしまって、柔らかく息を吐いた俊介くんに肩を小突かれた。他所のお家のサンタ事情って面白いもんだ。だから俊介くんもこんなにシナリオにこだわるんだな。
「はるにもひよにも長ーくサンタを信じてもらう使命を感じてんだ俺は」
「どうかな。女の子ってませてるから早くに勘づいちゃうかも」
「頑張るし!」
「ほんと。ありがとねえ」
「こんな楽しいイベント、全力でやってなんぼっしょ!」
俊介くんはクリスマスだけじゃなくて日々を楽しむのがとても上手だと思う。何でもない日も良かったなって思える日に。それってとても素敵な考え方だ。
お義父さんお義母さんが眠ってから2人で録画していた「ホームアローン」を見て散々笑って。さあ寝ようか、とソファーから立ち上がったら俊介くんが「おー嫁さん」と呼び止めた。
「ちょっと待ってて!」
「?」
何も分からずリビングを出て行く姿を見送る。客間の押し入れをばたばた開け閉めしている音が聞こえていたかと思うと戻ってきて、背中に隠していた何かが私に突き出された。
「はいこれ! お嫁さんに!」
ふわふわとラッピングされた小さなプレゼント。
「ええ?! 私に?」
「そう。ふふ」
俊介くんははにかむ。
「嘘……! 私、俊介くんに何も用意してないよ!」
用意してくれているのははるやひよにだけで、まさか私にまであるなんて考えもしなかった。
「もうもらった。おいっしいごはんにケーキ! ほら開けて開けて!」
俊介くんは私の申し訳なさなんて一言で吹き飛ばしてただ私の反応を待ってわくわくとはしゃぐ。
「ありがとう……!」
「どーぞ」
プレゼントを胸に抱き、お礼を言ったら俊介くんは眩しそうに目を細めて小さく頷いた。店名は見覚えのあるもので、何となく中身の予想は付く。でもプレゼントなんて久々で、少しずつ開けていく行為に胸がときめいて仕方ない。
「ハンドクリーム……!!」
「そー。お嫁さん水仕事たくさんしてくれてるでしょー? 手乾燥しそうだし、よく塗ってるなあと思って」
「これ良いやつ……! 高いでしょう。本当にありがとう!」
「喜んでくれた? 匂いとか、店で嗅ぎまくって俺が好きなの選んじゃったんだけど。大丈夫かな」
「あ、開けるね!」
くるくると蓋を回し、内蓋を剥がす。そのまま鼻を近づけて、「いい匂い」と感想を漏らした。たくさんの花々の華やかな香りがする。
「うん。塗ってみ」
俊介くんが私の手からボトルを取って、ちゅる、と甲に出した。そのまま私の掌を挟み、彼の手がそれを塗り広げていく。
「え、あ、う……」
私はびっくりしてされるがまま。俊介くんは私の手元を見つめるのに大きな目を伏せ、温かい手で繰り返し私の肌を撫でた。
「ごめんね。1回俺がやってあげたかった。いっつも頑張ってくれてるねって。ありがとーって、お嫁さんに感謝してんの」
私より太い指が、指の股まで丁寧にクリームを擦り込む。
「はい、メリークリスマス」
ようやく離された手は体温に温められクリームに保湿され、つやつやと滑らかな肌触りになっていた。俊介くんの視線が上がって、悪戯っぽい瞳と目が合う。
「メリークリスマス。ありがとう。本当にいい匂い」
すんすん、と塗ってもらったばかりの自分の手を何度も嗅ぐ。彼が私のためにこれを選んで贈ってくれたことを考えるだけで、塗る度に幸せな気持ちになれる気がした。
「手もすべっすべだし。ほんとにありがとう俊介くん……!」
自分の手に頬擦りしてしまいながら何度もお礼を言う。俊介くんは微笑んで、そして私の座るソファーの背もたれに手を着いた。ぎ、とクッションが小さく軋む。
「……?」
ソファーと彼に挟まれた私を見下ろす俊介くんはやけに真剣な顔になっていて、状況が分からずまじまじと見つめ返した。
「……喜んでもらえてよかった」
そう呟いた俊介くんは、ソファーに着いたのと反対の手で私の頭をぽふ、と撫でるとばりばり自分の背中を掻きながら「おやすみ~」とリビングを去っていく。私もその夜は何度も自分の手の香りを嗅ぎながら幸せな気持ちで眠りに就いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます