第49話
週明けの月曜日、台風がやってきていた。風は強くなくて警報も出ていないから授業はあるけど、雨はしとしとと降り続いている。あーあ、運動会の練習が遅れちゃうな。まあ何とかなるだろう。毎日毎日炎天下を走り回ってるし、休息日だ。
じめっとした空気が充満していた電車を降りて、改札を抜けながら深呼吸。ぱらぱらと傘に雫が弾ける音に、映画の中でトトロが喜んでいたのを不意に思い出した。もしも会えたなら楽しかっただろうな。平凡な今でも充分楽しいけれど。
学校までの道を、人混みに沿って歩く。今日はレインブーツを履いてきたので足元は無敵である。まだ朝だっていうのにあのサラリーマンは随分お疲れの顔だなあ、なんてのんきに眺めていたら、何かに蹴つまずいた。ああしまった、無敵だと思って鈍臭いのに油断してるから。すーぐ何もないところで転ぶ、って友人達からも指摘されてるのに。
つんのめったところを後ろから急いで来た人に押し退けられ、大きくよろめいた。わ、転ける。今日なんて服がどろっどろになる。
「!」
「……っと……。大丈夫ですか?」
ぎゅっと目を瞑ったのに衝撃はいつまでも訪れなくて、温かい感触に肩を抱かれていた。そっと目を開く。受け止めてくれた人は目をまん丸にして私の顔を見つめ、優しい声で尋ねた。
どうしてだろう。綺麗に笑っているその人がなんだか無性に懐かしい。どこで会ったんだっけ、と思い出す。ああそうだ、この前の郵便屋さん。
……じゃない。
「えっえっ、ほんとに大丈夫ですか?! どっか捻っちゃいました? どっか痛いの、」
その人は私の顔を見て慌てふためいた。
なんとか首を横に振る。違うの。どこもぶつけたりしてない。体は痛くなんかない。でも、涙が止まらないの。
「ねえ、大丈夫?!」
「あず、ま……!」
ひゅっ、と彼が息を飲む。ぼたぼたぼた、と彼の大きな瞳からも涙がこぼれ落ちていく。
「ねえ、今なんて、」
震える唇が呆然と聞き返してきた。
「あずま、東! 東って言った! 私の大好きな名前だもん! 東! 思い出したの! 何でだろう、私全部思い出した!」」
近所の郵便屋さんなんかじゃない。私の、何よりも大切な人。強くしなやかなあなたが初めて見せた泣き顔を掌で挟み、ぽろぽろぽろぽろと溢れてくる涙を指先で拭う。ぐしゃぐしゃに顔を歪めた彼が私の手を擦り抜けて地面に泣き崩れ、それを追った私も屈み込んで街の真ん中で二人で泣いた。
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