それから
第48話
仕事を終え、学校からお寺への道を歩く。随分日が暮れるのが早くなってしまって、ちょっと残業したらもう真っ暗だ。一日が短くなったみたいで、勿体ないような寂しいような気分。
夏休み明けで浮かれている児童たちを叱咤する日々もようやく落ち着いてきたと思ったら、今はまた運動会の練習に明け暮れていた。毎日毎日忙しいけど充実してる。
「進藤さん! 進藤さーん! いるー?!」
門を潜り中に呼びかけたら、床板が軋んで彼は現れた。
「うるせえよ、いるだろ俺ん家なんだから! その連呼すんの誰の影響?」
「えー? 誰だっけ」
私達の中ではよくこういった会話が起こる。確かにそういう出来事があった気がするのに、うまく思い出せない感覚。でも、誰でもこういうことってあるよね?
「今日は遅かったね。もう先生以外みんな来てるよ」
「稲辺さんも? 早ーい。こっちは運動会シーズンなんだもん」
「あーそっか。そんな時期だね」
居間に私が現れると、待ってましたとばかりに宴会が始まった。馬鹿な話ばかりして、笑いが絶えない。
「そういや、先生って今となっちゃめちゃくちゃ馴染んでるけど何で俺らと知り合ったんだっけ?」
稲辺さんが不意に首を傾げる。
確かに。他の人達は進藤さんと家ぐるみや仕事の付き合いだったり幼馴染みだったりするけど、私は何の関わりもないし年齢も違う立場だ。自分でも不思議に思った。
「なんか……友達の紹介じゃなかったっけ?」
曖昧な返事をする。「誰のだよ」と笑われた。
「うーん、タクマとかなんかそんな名前じゃなかったっけ」
「でもちょっと違う気がしね? あ、カズマとか……」
「わー! めっちゃ! 似てる気がする! そんなんじゃなかった?!」
「いや待て待て。当てずっぽうしたって俺ら誰も分かんねーじゃん。しかも忘れてんの超失礼だし」
稲辺さんの発言に私が乗っかったら、進藤さんに窘められた。
「先生とはこんなに仲いいのにその人のことは忘れてるの何だろうね」
菅さんがぽつりと呟いてグラスを煽る。相変わらず落ち着きすぎな。
みんなが賑やかにしている場を少し離れ、縁側へ夜風に当たりに行った。お酒で火照った頰を涼しい風が冷やしてくれる。虫の鳴く庭で、木が絶え間なく葉擦れの音をさせていた。何か、視界が寂しいという感覚に陥る。ひまわりが枯れたくらいで、代わり映えのない景色のはずなのに。
ぴんぽーん、と機械的なチャイムに思考を中断された。あら遅くに、と思っていたら居間から進藤さんの声が飛ぶ。
「先生、縁側でしょー? 出て! 再配達頼んでたやつだわ」
「えー?」
「先生が一番近いんだってー!」
なんて人使いが荒いんだ。まあいつも場所を借りてる立場だから行きますけど。
突っ掛けを履いてぽんと縁側を飛び降りる。待たせちゃいけない、と境内を早足で駆けてガラッと門の脇の木戸を開けた。
「はーい!」
「おっ」
進藤さんの予想通りそこに立っていた郵便屋さんは私を見て固まり、大きな目を零れ落ちそうなくらい見開いた。何をそんなにびっくりすることがあるんだ? ときょとんとする私を見て、落ち着きを取り戻した彼はにこっ! と笑う。
「お届け物です! すみません、俺この地域担当だからよく来るんですけど、いつものご住職じゃなかったんでびっくりしちゃいました!」
「ああ、そうなんです。遊びに来てるだけなのに、受け取りに行けって言われちゃって」
人使いが荒いでしょ、と冗談めかしてこぼしながらサインをしていると、彼はくすくすと心底嬉しそうに笑った。大きな目が糸みたいに細くなる。かわいい笑い方をする人。つられて私も笑顔になった。
「ありがとうございます! それじゃ、楽しんで!」
「こちらこそありがとうございます。お仕事お疲れさまです」
郵便屋さんはまたちょっと目を見張ると、少し帽子を持ち上げて会釈し原付に乗って去っていった。
進藤さんを小包みでどつきにいく。
「ほら、檀家さんからお礼ー」
「お、ごめんごめん。ありがとー」
「郵便屋さんにびっくりされちゃった。ご住職じゃないんですかって」
「あ、いつもの人だったかな。すげーにこにこしてて気の良い人だから、よくちょっとだけ世間話すんだよね」
「そうなんだ。確かに、笑い方がかわいくてつられちゃった」
「お? 先生、イケメンにフォーリンラブ?」
稲辺さんが嬉しそうに突っ込んでくる。
「そんな惚れっぽくないわ!」と手刀を入れた。
まあね。恋愛とか結婚もしたくはあるけど。しばらく相手のいない期間が続いている。こうやって優しくて気の置けない友達はいるけど、恋愛なんて彼らとはとても考えられないし。職場の同僚とかもいるけど、何かが足りないんだ。何かが。
思考を巡らせるうちになぜかさっきの郵便屋さんの顔を思い出して、首を傾げた。
「あの人、どこかで会った気がする」
「さあ、街中ですれ違ったんじゃない」
「……そうかも」
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