第44話

お寺に帰ったらみんなで倒れる込むように眠って、翌日は東に請われて有給を取った。停めてあった東のバイクに、二人でまたがる。

「ヒュゥ! 先生、超くっつくじゃん」

 私達の姿を見た稲辺さんがからかった。

「へ?! だってこれが正しい二人乗りの仕方だって!」

 東の方を見ながら弁解したら、当の彼はしらー、と明後日の方向を向いている。くっつかないと落っこちて危ないって言ったよね?

「嘘ついた?」

「嘘っ……嘘ってほどじゃないけど。まあ、自分の座席を手で掴んどく方法もあるよね」

 東は恐る恐る私を振り向いた。口実作ってくっついてほしかったんだな。

「もう!」

 ぱしん! と良い音が鳴るくらい背中を叩いて、そのままその背にしがみつく。

「へ? 離れないの?」

「いいから! はい出発進行!」

 恥ずかしいから言わせないで。稲辺さんの囃し立てる声が聞こえないように早く行ってほしい。

「うっひゃっひゃっひゃ!」

 東が心底嬉しそうに笑うから肩が揺れて、バイクはようやく発進した。

「……あれ、お家帰るんじゃないの?」

 私を送るのとも、たぶん東の家に帰るのとも違う道。

「せっかくだから、ちょっと寄り道!」

 うねうねとカーブの山道を登って、一体どこに行く気なのかと訊いても教えてくれない。どこでもいいか、と背中にヘルメット越しの耳を付けていたら、直に声が響いた。

「雪ー! 右見てみー!」

「わあ……!」

 トンネルを抜けたら開けた道に出て、山と反対側には海岸線が続いていた。穏やかな波を太陽がきらきらと照らし、真っ黒に日焼けした夏休み中の子どもたちがにぎやかに遊んでいる。地元の子も帰省中の子も入り混じっているだろう。

「うーみー!」

 陸橋を走り抜ければ、潮風が私たちに吹き付ける。

「気持ちいい? 俺の好きな道!」

 フォォォォォォウ! とハイテンションで叫んだ東は、そのまま車の少ない山の上まで私を連れて行った。バイクが停まった風情のあるお蕎麦屋さんで、半端な時間だしお腹は空いてないよ? と東を見たら、「かき氷食べよ!」と彼は言う。すごく名物って訳でもない、普通のかき氷。それを頼んで、二人で一口食べた瞬間に「つめた~い」と同じように顔をしかめた後、「おいしい」とこぼれるように笑った。

 その後はお店の前にある展望台のベンチに座り、段々と人が減っていく海水浴場をずっと眺めていた。喋ったり、何も喋らなかったり。どんどんオレンジ色に変わっていく太陽が海に沈んでしまうまで、寄り添っていた。

 東が立ち上がる。

「帰ろっか」

「うん」

 うまく言葉が出てこなくて、ただ頷いた。

 東は、初めて私を自分の家に招く。

「ただいまー! ようこそ、散らかってるけどどうぞどうぞ」

 アパートに入っていく東の背中に、どんと抱きついた。

「うおっ……んひひ」

 よしよし、って上半身を捻り私の頭をぽんぽんと撫でながら、東は私に押されるままに後退って突き当たりのベッドに倒れ込む。電気もまだ点けていない、レースのカーテン越しに薄明かりだけのワンルーム。仰向けの東が微笑んで私を見上げ、そっと私の頬に片手を添える。私と東は合わせた目を伏せて口付けた。

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