第43話
私が泣いても、今の東は涙を拭いにきてはくれなかった。それが本当に悲しくて、彼が私の傍にいる資格がないとでもいうように自分を責めてしまうのが辛かった。でも、待っているだけじゃ駄目だったね。もう私は東に何もかもをもらったもの。今度は私があげる番だったね。
「あーずま」
号泣した直後の割には明るい声が出た。一人離れてうずくまって自失していた東の前に私はようやくたどり着いた。
「東。名前がもう好きだよ。何回でも呼びたいの」
東が無反応なのを他所に後ろで男たちがそわそわとするのを感じるけど、公開告白だろうが構わない。伝えたいことがたくさんある。
東、東ー? って何度か呼びかける。いつもたくさんの光を宿していた瞳がどこも映していなくて、ずっと上がっていた口角が平坦に結ばれているのは怖いけど、怖気付いていられない。私と会うとき、東はきっとその何倍も怖かった。
「私にいっぱい霊が憑いてるからうるさくて聞こえづらいかなあ。あのね、私、東のこと恨んだりしてないよ。怒ってないよ。おばあちゃんが亡くなったこと、東は私のせいじゃないってすぐに言ってくれたけど、それなら私の両親のことも体質のことも絶対に東のせいじゃないよ。気に病む必要なんてない。
むしろずっと、気付いてあげられなくてごめんね。私の存在で苦しい思いをさせてたのに、傍にいてごめん」
柔らかな髪を撫でる。私には何の力もないけど、あなたがこうしてくれて私はいつも救われたから。
「でもね、それでも傍にいたい。一緒に辛いって嘆き続けるためじゃない、幸せになるために」
ぽすん、と頭を胸に抱き寄せた。東はされるがままに姿勢を崩す。あったかいなあ。というか、暑い。その温度が幸せ。生きてる。東のくっつきたがりを笑っていた私だけど、ちょっと気持ちが分かる気がした。こうするのが一番生きてるって感じられるね。
「東が過去にどんなことをしていても、これからどんなことをしても、私は東の味方だよ。わがまま言わない東の、唯一のお願いだもんね。一生傍にいる。ずっと、くっつける距離にいるよ。今度は私があなたの心を守る」
ぎゅっと抱きしめて、囁いた。
「え、プロポーズじゃん」と誰かが呟いたのが聞こえる。そうだよ。私は自分より長い東の一生がほしいと強請った。東は生き方を曲げてでもそれをくれると約束してくれた。だから、私は私の一生をあげるの。あなたが病めるときも、私の全てをあげる。
腕の中が、身動いだ。顔が上がる。腕が持ち上がる。黒い瞳が私を映し、口元が微笑む。泣いた後で濡れていた私のまつ毛を温かな親指が拭って、私はその後からぼたぼたと涙を零した。
触れて、くれた。
私はしゃくり上げるように泣いた。こんなにこの手を待っていたなんて、自分でも知らなかったの。東は微笑んだまま眉を下げて、途端勢いよく今度は彼の胸に顔を押し付けられていた。肩の上から腕が回り、東の体重が掛かる。
「ごめんな。雪の人生を壊したことも、それを言えなかったことも。謝って許されることじゃないけど、ごめん」
髪が撫でられ、苦しげに言葉が落とされる。
「いいの……っ。いてくれるだけで、いいの……!」
私はその胸に額を押し付けながら、首を横に振った。私の肩を抱いた東は立ち上がる。
「ちょっとここで待ってて」
東はにっこりと微笑んで、私の両肩をとんとんと叩いてその場に留まるよう促して離れていった。目で追っていると彼は堂々と彼誰と夜半に近づいていく。
「俺と雪が一緒にいるのがお前ら霊にとって駄目なんだよな。でも雪からこれ以上奪うのは駄目だ。俺からにして」
そんなの駄目! と叫んでも、東は笑って手を翳し私を制するだけだった。
「お前からは奪えない。霊が近づけないんだ。そもそもお前の言うことを聞く必要なんてないね」
取りつく島もない彼誰とは違い、夜半は思案する様子を見せる。
「……」
彼女は東の耳元に囁いた。東の顔が輝く。泣きながらみんなが除霊している中では場違いなくらいに。
そして熱風が吹き、次の瞬間には私たちはビルの外に建っていた。空の白む明け方になっている。
「おい、どうなったんだよ」
稲辺さんが尋ねた。
「分かんない。なんか帰してくれたんだよね! また来るかもしんないけどさあ」
と東はあっけらかんと言う。みんなが何度問い詰めても、彼はそうとしか言わなかった。
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