第42話
「先生!」
大声に意識を引き戻される。進藤さんだ。
「東のこと、怒ってる? 嫌い?」
私は即座に首を横に振った。頰を伝っていた涙がその勢いでぱたぱた、と飛んでいく。
「そんな訳ない。……ただ、私が東の傍にいなければ東はこんなに苦しまなくて済んだのにって、それが悲しい」
「どっちのせいでもねえから」
進藤さんはうずくまる私の頭を優しく叩いた。
「私が一緒にいるだけでもずっと東の負担だったんだ」
「東は先生のことがちゃんと好きだよ。呼ばれるだけで、会えるだけでどんなに嬉しそうだったか知ってるでしょ」
枯れることを知らない涙がまた溢れてきてくる。
「ありがとう」
今度は稲辺さんの声がした。
「ありがとうありがとうって、めでてえ奴! 東と一緒。あいつも些細なこと話しかけたりやったりしただけですげー喜ぶの。霊にずっと苦しめられてきてるんだからさあ、ちょっとは怒ればいいじゃん。それをお前ら二人して自分のせいだって言って落ち込んでさあ。違うっての!」
あー! 俺が腹立ってくるわ、と稲辺さんは怒鳴っていた。びっくりしてきょとんとしてしまったけど、「ありがとう」ってまたお礼を言う。自分に降りかかったことを代わりに憤ってくれる人がいるって、きっとすごく幸せだ。
「好きな歌言えよ! 今なら何でも歌ってやるから! だから諦めんな!」
いつも自分の好きに歌っている彼がそんなことを初めて言う。何でもいいよって伝えたけどリクエストしろって押し切られ、本当に私の好きな歌ばかり歌ってくれる稲辺さんの声を聴きながら私は意識を失おうとしていた。たぶん、このまま眠ったら私は憑りつかれて死ぬんだ。だから進藤さんも稲辺さんもなんとか引き留めようとしてくれている。でも、私といたら東は一生罪の意識に囚われる。それなら、このまま私が消える方がいい。
「先生は東が好き?」
夢現で聞こえた良い声に、こくこくと首が取れるほどに頷いた。両親の死と自分の境遇に関わっていると聞かされたって、自分の気持ちに何の疑いもないほどに好きだ。この世で一番失いたくない人。
菅さんが微笑む気配がする。
「東も先生が好きだよ」
本当にそうだろうか。一度疑った。私に憑いた家族に頼まれて、憑かれまくる私の面倒を見てくれているんじゃないかって。その後本当に好きでいてくれているんだと分かったのに、事実を知ってしまってからどうしても「私を傷付けた罪悪感から傍にいてくれたんじゃないか」という思いが付いて回る。守ってくれたのは責任を感じていたからだったの? 私で東を助けられるなら何だってしたいけど、私じゃ救いにはならないんじゃないの?
答えない私に菅さんは続けた。
「東ね、前に、先生の安心できる場所になれるんだったら何でもいいって言ってたよ。先生のお母さんでお父さんでおばあちゃんになるんだって。東が先生のことを好きなのなんて一目見ただけで分かったから、それでいいの? って聞いたら『それで充分』って」
ぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。
「それでも、先生のことが欲しくなっちゃった。だから自分のせいで先生がたくさん辛い目に遭ったなんてこと、言い出せなくなったんじゃないかな」
嗚咽が漏れる。
最初は無償の愛をくれようとしていたのかもしれない。でも途中からはきっと、対等だった。私たちはお互いに恋をした。
『こんなに、俺のものにしたいって思ったことない』
『先生残して死ねない。先に死なない。約束する』
『だから先生も、俺から離れないでいて。ずっと傍にいて。いつでもくっつけるくらい近くにいて』
告白の言葉を、次々に思い出す。怯えてばかりの私に、必死に言葉を尽くして伝えてくれた。擦っても擦っても涙が止まらない。私、何をしてるんだろう。もう守られてばかりいる場合じゃない。今度は私が助ける番。
涙は流したまま、重い体を必死に起こす。引きずってでも。
「行かなきゃ」
「どこに?」
「東にくっつきに!」
菅さんは破顔した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます