廃ビル
第38話
除霊は金曜や土曜の夜に行うことが多いけど最近は頻度が高くて、日曜日の今日は昨日別の場所で除霊したにも関わらずまた仕事が入ったらしかった。
「ごめんな、昨日に引き続き今日もなんて」
「俺は全然いいよ! 亘が謝ることじゃないじゃん。誰かがやらなきゃ困る人がいるんだからさ。先生は平気?」
「うん。私も大丈夫」
「そっか大丈夫なのかあ」
「何で残念そうなのよ」
「大丈夫じゃなかったらくっついて元気あげようと思ったのにー」
「……。それは、元気でもしてほしい」
「え! なんてー?!」
「ねえ! 引っ付きながら聞き返してくんのはさあ! 聞こえてんじゃん!」
「かわいいー! くっついてほしかったんでしょ? ね? ね? もー、かわいい以外の言葉が見つかんないよ!」
どーん! と抱きついてきた東が私を抱きしめて撫でくりまわす。
「はいはい、今日もあずぽんあずぽん。どいてー」
「ごめん」
「先生はいいよ。東に言ってんの」
「あ! 颯太もハグしてほしいんだろー!」
「は?」
「にひひっ。ごめん、ごめんって」
稲辺さんの整った顔で超冷たく睨まれても東は平気な顔。もう長年ずっとこうなんだろうなあ。
今夜もわいわい言いながらそれぞれ持ち場に向かおうと支度をする。
「この廃ビル、最近の現場の中じゃ断トツで危ない事件が続いてるから気引き締めてな。肝試しで人気のスポットなんだけど、ここへ入った数日後に亡くなってる人が増えてるんだよ」
進藤さんが固い表情で言った。
「まあ、確かにうじゃうじゃ出てきちゃってるもんな!」
東が笑い飛ばしながら、割れたガラス扉から出てきて私たちに近付こうとする霊に触れて成仏させる。どんな現場でも何でもないように明るい声を出す東のおかげで空気が重たくならない。
「明日は仕事なんだから早く終わらせて帰るぞ」
いつだって霊が一切見えていない稲辺さんも同様だ。首と肩を回しながら、こっちの準備はできたって。頼もしいね。
菅さんは一階から順番に、私と東はエレベーターに乗って最上階の七階から除霊していく手筈。一階に待機していたエレベーターに乗り込み、七階のボタンを押す。よく言えば風情のある、悪く言えばオンボロのエレベーターだ。灰色の壁は染みだらけだし、上るのもゆっくりでなんだかガタガタと振動する。
「……怖いね」
思わずそう言ったら、東が黙って私の肩を抱き寄せた。微笑んで見下ろしてくる顔を見上げる。
「なあに」
「えー? くっついてほしいのかなあと思って」
「自意識過剰だ」
「嬉しいくせにぃ」
ふざけていたら、ガシャンと嫌な音を立ててエレベーターが止まった。ドアは開かない。
「んー……まだ目的地じゃないですー。七階まで連れて行ってほしいんだけどなあ?」
東がのんきな声で現在いる階を示すパネルを見上げながら言う。
「四階と五階の間……?」
「そうだねえ」
エレベーターはそんな中途半端な位置で宙に浮かんでいるらしかった。心なしか室温が上がった気がして、どっと汗が全身から吹き出す。
「大丈夫大丈夫」
東が今度は向き合って私を抱きしめて背中を摩った。
「そんなのんびり言ってる場合かぁ」
「まあねえ。落ちたら死んじゃうけど。好きな子が不安がってたら『大丈夫』って言ってあげたいじゃあん」
正直だな。そんな根拠のない「大丈夫」に、まんまと安心するんだから私も私だ。
ボタンはどこを押しても反応しない。東が私を肩車したけど、天井もどこも開かなかった。携帯も圏外。他のみんなによる救助待ちか? と思っていたら、突如としてドアが開く。
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