打ち上げ花火
第36話
後日。浴衣も持ってなかったから買ってしまった。だって、東は何も言ってなかったけどきっと着ていった方がいいよね。今年は水着も浮き輪も買ったし、出費するなあ。今までが持ち合わせてなさすぎただけだけど。
着付けができたおばあちゃんの教えを思い出しながら、何回か失敗しつつなんとか見られる程度に浴衣を着ることに成功する。
「おばあちゃーん。ちゃんと着られてるかなー」
不安で思わずこぼしてしまった。期待外れだってがっかりさせないかなあ。かわいいって喜んでくれるかな。髪も切ってしまったので、上げてまとめるのが大変だ。ピンで留めて簪を挿したらうなじが涼しい。下駄をからころ言わせながらアスファルトを歩く。まだ明るさの残る夕暮れ時。昼の暑さも健在で、湿度の高い空気に汗をかいた。
遅れちゃう遅れちゃう。他にもたくさんの浴衣や甚兵衛姿の乗客で混んでいる電車を降りて、駅のロータリーへ。けれどそこも待ち合わせの人たちでいっぱいで、それほど背の高くない私は数メートル向こうも見えなくて困ってしまった。電話しなきゃ。きょろきょろしても東が見当たらなくて、巾着に手を突っ込んだらよく通る声で名前を呼ばれる。
「雪!」
心臓が跳ねる。どこどこ、と首を巡らせている間に、東は上手に人の波を縫って近付いてきてくれた。
「東」
「はい、東だよー。雪、超かわいいね! 浴衣着てくれたの!」
東は跳ねんばかりに喜んで、しげしげと私の姿を眺める。
「せっかくだから着たいなって。喜んでくれるかなって思って、がんばった」
「んんん……! 超嬉しい! 着るの大変なの知ってるから言わなかったけど、めちゃくちゃ見たかった」
目をゆるゆるに細めて笑う。着てきてよかった。ほんと、自分は何でも引き受けるのに人にはわがまま言わないんだから。
「あー、かわいい」
「さっきから何してるの」
手を持ち上げては下ろして、と忙しない。
「めっちゃぎゅってしたいけど、着崩れるしなーと思って我慢してる」
噴き出した。どこまでいってもくっつきたがりだ。
「行こ!」
東が歩き出して、花火大会までの間夜店を巡る。
「何食べたいー? えびせんー、綿飴、りんご飴! ベビーカステラもうまいんだよなあ!」
「お腹空いた。あそこのいか焼き食べたいな」
「よし、買ってきてあげる」
おつかいを言い渡された忠犬のようにぴゅーんと走っていって、いか焼きを二つ買ってきた。速すぎる。一緒に並んだっていいんだけど。まあ私今日浴衣と下駄で歩くの遅いしな。
「お金……!」
「ばっか、おごりおごり! はいどーぞ」
「ありがとう!」
お財布を持って慌てたら、東が面倒見の良い顔で笑い飛ばした。いつも子犬みたいに付いてきてるのに、こういうときたまにちゃんと男の人なんだって思い出す。余裕のある大人の表情をする。
「あ、写真撮りたい!」
「撮ろう撮ろう。はい、あー…」
二人で口を開けていか焼きを食べようとしているところの自撮り。撮れた写真を見てみたらすごく楽しそうで、また笑みが溢れた。
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