第33話
「ねー何で行く前に浮き輪膨らませたの! 馬鹿じゃん!」
「あっはっは! 涼しい部屋でやった方がいいと思ったんだけどねえ」
「今が暑苦しいよ」
トランクに収まりきらない浮き輪と一緒に車に乗り込めば、各自の膝の上をいるかさんが跨ったり肩の上にも浮き輪が来たりしてパンパンで。考えなしだったことを呆れつつまた笑っている間に海水浴場に着いた。三十分程と近いのだ。今日は良い天気なこともあって大賑わい。きらきらと太陽を反射する水面を見るだけで浮き足立つ。
「楽しそうー! こんなんなら毎年来てればよかった!」
「ふぅー!」
両手に持てるだけの荷物を持った東が脇をすり抜けて走っていった。そして案の定「あーっち、あっちー!」と砂浜の暑さに飛び跳ねている。ちゃんとビーサン履きなさいって。
「ほら先生行くよー」
私がするまでもなく、大男達が荷物を担いでとっととパラソルを立ててしまうので私はとっても楽だ。みんなに甘えて日焼け止めを塗っていたら、稲辺さんに背中に塗ってほしいとボトルを手渡されたので手伝ってあげる。だって見るからに真っ白で焼けたら痛くなりそうなタイプだから可哀想だ。
「ちょっとー! 何塗り合いっこしてんの!」
すると東が拗ねて、みんなで輪になって塗ればいいじゃんとか言い出したので一旦大人しくやってみることになった。
「ねえきもい!」
「ぶは、何これ」
周りから見たときの自分たちの珍妙さを想像して全員で吹き出す。
「水入る前に体操しなきゃ駄目だよー」
「へーい。先生真面目だ」
「みんなおじさんだからね。足攣るよ」
「人に言われるとぐさっと来るわー。これでも昔は女の子引っ掛け放題だったんだけどね? もう無理かなー」
稲辺さんが年寄りくさくぐるぐる首を回しながらぼやいた。いやまあ……今でも引っ掛け放題でしょうとも。肉体労働という訳でもないのに除霊で夜も走り回ってるせいか妙に締まった体付きに、整った顔立ち。到着した時からこの集団は結構注目の的だった。調子に乗るだろうから言わないけど。
「先生、いるか乗ろー!」
「はーい」
「菅さん俺とブイまで競争」
「負けないよ」
みんな思い思いに波に飛び込んでいく。東は私をいるかに乗せて自分は引っ張りたいらしかった。沖合に出たら、私もずるーんといるかさんからずり落ちて水に入る。
「冷た~。気持ちいい」
「お、先生泳ぐ?」
「泳ぐ泳ぐ。私ゴーグル持参よ」
「はは! そっか、授業で教えてんのか。俺も教えてもらわなきゃって話したっけ」
二人して頭に蘇ったのは、初めて除霊に行ったときの学校のプールでの会話だった。
「水、怖くなんなかった?」
東が優しい表情で私の顔に手を伸ばす。
「大丈夫」
彼の肩に手を乗せて、ゆらゆらと波間を漂った。足元でくらげや魚と一緒に霊も揺らぐけど、東もいるから怖くはない。
「雪」
はっと顔を上げる。物欲しそうな視線と目が合った。
「……みんな見てるよ」
「誰も見てないよ」
私の後頭部を引き寄せるとちゅく、と唇を食んで離れていく。
「ふ、しょっぱ」
東はべ、と悪戯げに赤い舌を見せた。
「海水だもん。私もしょっぱい」
お互いにべ、と舌を見せ合う。間抜けだ。
「お水飲みに行こ」
「うん」
「しょっぱかったお詫びにジュース買ってあげようか」
「嬉しい」
「んじゃおかわりちょーだい」
「んむ?!」
もう一度唇を奪われて、ぺしぺしと肩を叩いても東はちっとも悪びれる様子はなかった。
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