話をしよう

第27話

会いたい。会うのが怖い。

 相反する気持ちを抱え、私はそれから一週間お寺に行けなかった。

 実は気分の明るいときならそれくらいは除霊してもらわなくとも体調は保てるようになっていたのに会いたくて早めに連絡していたから、これほど間が空くのは初めて。

 本当は五日くらいで肩凝りと頭痛は限界だったけど、決心が付かず先延ばしにしてしまった。

 効かない痛み止めを飲んで耐えていたけど、今日は起きた瞬間から既に限界。めまいと耳鳴りがして、授業はまともに喋れているのか分からないし、顔色も真っ青だから同僚にも度々早退を促される始末。大丈夫大丈夫、慣れてるから、と笑って仕事はこなし、それでも定時には帰らせられた。

 校門を出ると強い日差しの西日。くらりとめまいが強くなって、一瞬固く目を閉じる。アスファルトには陽炎と妖怪が立っていた。明るいのにどんどん湧いて寄ってくる。ああ…疲れているときに仕事が終わったりして気が抜けると余計に憑かれやすいって東と出会ってすぐのときに言われたっけ。これは自分ではもう無理だ。倒れる。

 駅の方じゃなく、お寺へとふらつく足で向かった。がんがんと頭が痛む。結局、東には連絡できなかった。進藤さんに祓ってもらおう、と門を潜る。

助けて。

「進藤さー、ん……」

 庭を抜けて、裏手の方へ。声を掛け砂利を踏みしめながら角を曲がって、目を見開いた。相手もスマホから顔を上げ、瞠目して私を見つめている。

「先生」

 形の良い唇が動いて、こぼれるように私を呼んだ。呼ばなかったのに。呼べなかったのに。東がそこにいた。

 そうか。私が頼まなくたってしょっちゅうここに入り浸ってるから気にしなくていいって言われてたんだっけ。縁側から飛び降りた東が一歩近付いて、ぐん! と肩が重くなる。ぎゃあ。この感じも久しぶりだ。

「……っせんせ、」

 東の慌てる声を聞きながら、目の前が真っ暗になって平衡を失った。立ってられない。地面に崩れ落ちるしかないと諦めたというのに、私を支えた腕がそれを防ぐ。ふわりと頭痛が和らいだ気がした。手の感触だけで、涙が出そうなほど安心する。

「先生、先生。前見えない?」

 血の気の引いた視界はまだ真っ暗で、聞こえる声と体温を頼りにこくりと頷いた。

「とりあえず座ろうね。嫌かもしんないけど、俺にもたれていいから。ちょっとそこまで頑張って」

 ぐったり項垂れたまま、よろよろと力の入らない足を引き摺られるようにして縁側に担ぎ込まれる。たぶんだけど。東は妙に筋力があるから、私を抱き上げようと思えばできるはずなのにそうしなかった。私を気遣い、触れすぎないようにして。嫌な訳ないのに。いやだ、こんな距離感。でも私がそうさせたんだ。

「随分我慢したね。辛かったでしょう」

 日陰の板の間に寝かせた私の片手を握り、東が呟く。なかなか治まらない動悸と耳鳴りに、私は目元を覆って荒い息を吐くことしかできない。

「……そんなに嫌だった? 俺と会うの」

 小さく小さく呟かれるのが聞こえてしまって、私は手の下で見えないのを良いことに一筋涙を流した。

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