第25話
水ようかんを食べ終わってバーベキューの後片付けもしたら、今日は解散と思いきや東が何やら掲げて走ってきた。
「花火やろーぜー!」
「買ってきてたの?」
「そう! 夏だもん。絶対やりたい!」
「おいおい、俺らいくつだと思ってんだよ」
「颯太颯太、蝋燭立てながら言っても説得力ないよ」
稲辺さんと菅さんのやりとりにずっこけそうになる。
稲辺さんは空き缶を風防にして、何かの缶の蓋に蝋を垂らしてから蝋燭をしっかり立てようとしていた。何だろう。なんか遊び慣れてるな。
「ちゃんと進藤さんの許可取ったー?」
「取ったよ! な!」
「ご近所がびっくりするからロケット禁止な。ねずみ花火まで」
私の心配を他所にめちゃくちゃ許してくれるじゃないか。進藤さんも絶対花火好きだ。
「はい先生! 持って持って」
東に渡された手持ち花火に火を点ける。シュッと音を立てて火の粉を吹き上げる花火。
「こんなの久しぶりにやった」
「楽しいよねえ。あ、火ぃちょうだーい」
東が私の花火から自分の花火に火を貰っていった。稲辺さんはガンガンねずみ花火を投げるし、菅さんは花火で文字を書いてご満悦だ。進藤さんも二本持ちしているのだから、この人達いっぱい花火で遊んできたんだろうなあ。そういえばお酒も入ってないのによくこんなに盛り上がれるものだ。仲良し。
私は一本ずつ楽しみつつ、遠目にみんなを眺める。それにしてもどんだけ買ってきたんだ。このペースならあっという間になくなるんだろうけど。
その予想通りで、ものの十数分で残り少なくなる。みんながぱちぱちと派手に閃光の上がる花火で盛り上がる中、輪を離れた東がそっと近づいてきた。
「せんせ」
「うん?」
「線香花火しよ」
「あ、懐かしい~。そんなのも入ってたねえ。最後に取ってたんだ」
「定番っしょ」
先に蝋燭から上手く火の点いた東が、そーっとそーっと動いて蝋燭から離れて屈む。私も後から火が点いて、少し離れて屈んだ。二人で黙々と自分の小さな火の玉を見つめる。久しぶりで緊張して、手がふるふる震えた。
「おし……おしっ! 点いた! お~、ちゃんとぱちぱち弾けてる」
東の抑えた歓声が聞こえてちらりと視線を向ける。手元では鮮やかで、けれどもお淑やかな火花が軽い音を立てて弾けていた。
「すごいじゃん」
「あ、先生のも来たよ」
東のを見ている間に私のも火花が弾ける段階になる。
「きれい」
「だねえ。派手なのも良いけど、これもやっぱ良い」
線香花火を落とさないように、身動きしないどころか声まで落として話していて、なんだか急に静か。集中しているのか、みんなが騒ぐ声も遠い。とくん、とくんと心臓の音も聞こえそうだった。
「あっ! 俺最後しぼむまで落とさなかったー!」
「すごい。おめでとー」
バケツに捨てに行って戻ってきたらしい東が、私のすぐ傍に屈む。
びっくりしたのを隠して、どうしたの、と聞こうとしたらそっと空いていた左手が握られた。どうしよう。右手の線香花火が震える。
「……今、憑いてた?」
恐る恐る、火花に照らされる横顔を見た。東が困ったように微笑んでこっちを見る。
「ううん。俺ね、……先生が好き。これから一緒にいろんなところ行きたい。いろんなことしたい。俺と、付き合ってください」
目を見開いた。心臓がうるさい。火の玉がぶるぶると震えて、ぽとりと落ちる。明かりが消える。
「ごめんなさい……っ」
私は言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます