第22話
「もう気分は大丈夫なの?」
「うん、平気。大体現場行くと最初はやられちゃうんだけど、ちょっとしたら慣れる」
「聞こえるのってそんなに辛いの」
「そうだねえ。俺、祓う力が強いせいで霊には嫌われるから。普段生活しててまばらに見かける程度なら声も聞こえる前に弾き飛ばしちゃうんだけど、いっぱい集まってるとこに行くと一斉に恨み言吐かれちゃうんだよね。お前なんて嫌いだー、出てけー近寄んなーって。あとは生前にどんな酷いことされたか延々詳細にまくしたてられるとか。そういうの聞いてるうちに、気持ち悪くなっちゃう。慣れたら聞き流せるようになるんだけど」
「胃の中の物なくなってるだけじゃないの」
「はは、そうかも」
笑いごとじゃないだろうに。
「そんな風になるって分かってるのに、よく来ようと思うね」
いつも私が怖がってないか気にしてくれて、自分も怖いと明かしていた東。ほぼ毎回一度は吐くほど心身にダメージを受けるのに現場に来るのはきっと並大抵の恐怖じゃない。
「だって助けられるなら助けたいじゃん」
東は私と繋いだ手を軽く振る。そんな深刻じゃないんだよ、大丈夫だよって思わせたいみたいに。今までも、吐いてきたなんて素振りを一切感じさせないくらい戻ってきたら元気に振る舞っていたことを思い出した。
「俺が祓うことで、先生みたいな憑かれちゃう人たちを助けられる。それに、霊も怖いし辛いけど、悪気がある訳じゃないから。みんなこっちに残っちゃった理由があるんだよ。俺が成仏させてあげられたら、霊も救ってあげられる。それができる力があるのに行かない理由ないでしょ」
「はあ……聞きましたか霊の皆さん。自分はげーげー吐いてもあなた達のこと助けたいらしいですよ。味方みたいだから、もうちょっとこの人に優しくしてあげてもいいんじゃないですかね」
「『うっせえ、分かったような口利くな』だって。うん、ごめんね。でも成仏しようね」
ため息を吐いて周りを見渡したら、東が苦笑いしながら次々と触れて祓っていく。
「東、めっちゃ片想いじゃん」
「そうなんだよね。いろいろ聞いてて気の毒だなと思うから、俺は悪さしないなら霊と人が平和に共存できればいいなと思ってるんだけど。力のせいで俺は目の敵にされてる」
「あとうるさいからなあ」
「おいそれはいいだろ!」
東が噴き出すように笑ってほっとした。
「先生がもし聞こえてたらね、こんなに苦しくなかったと思うよ」
「そうなの?」
「うん。先生、めっちゃ好かれてるから。みんな『好き~。癒やされるー。くっつきたーい』って言ってばっかり。んふ、むしろ愛が重くて困っちゃうかも」
「ほんとに? みんな怒った顔してるけどな」
「ほんとほんと。先生と霊の関係はね、俺の理想。聞いてて和むんだよね」
東の口角がゆるっと上がっていて、本当なんだなあと思う。
「何でそんな好かれてんのか分かんない。不便なことも多いし」
不便なことも、というか不便なことばかりだ。
「持ってる性質もあると思うけど、先生が優しいから。霊のこと嫌がったり拒絶したりしないでしょう」
「力がなくて拒めないだけだよ」
「優しいよ。自分だって辛くなるのにすぐ人の霊まで引き受けるし」
「だって私は慣れてるから他の人ほど辛くはないし。もらってあげて楽になるなら引き受けてあげたい」
「ほらあ。ね? 俺のこと言えないじゃん」
「どこで張り合ってんの」
ぺしんと東の肩を叩く。お経とJ-POPが聞こえてくるようになっていた。きっと半分よりは出口に近付いてる。
「進藤さん達は、東が聞こえてるだけじゃなくてそれで毎度苦しんでることも知ってるの」
「うん、知ってる。俺が大丈夫だからほっといてって言ってあるからほっといてくれてるけど」
「進藤さんには止められなかった?」
「止められたあ。何で分かんの。無理して来なくてもいいよって言われたけど、俺が来たいからね」
分かるよ。だって、みんなそれぞれに優しいけど進藤さんは周りをよく見て仕切ってるもの。そして東のことが大好きだ。
「だからね、これからも俺は序盤だけいなくなるけど先生もほっといていいからね」
「は?」
「え、怖。待っててくれないの」
「馬鹿っ」
おいおい、私まで他の人と同じようにいくと思ってるのか。
「私にできることないの。私ばっかり助けてもらって、私は東が苦しみに行くの分かってて毎回見送るだけなの嫌だ。すっごく悲しかった。あの時もあの時も、一人で辛い思いしに行ってたんだって。そりゃ私は何もできないよ。でも、それなら一緒にいたい。一番近くで待ってる」
きっ、と東の顔を見上げる。
「……。見られんのやなんだけどなあ……」
ばりばりと頭を掻いた彼は、私の肩を払いながら苦笑した。
「かっこ悪いじゃん」
心底嫌そうに口を尖らせる、子供じみた仕草。
「かっこ悪くないよ。何も。でも、すごく辛そうだった。私が辛いとき東は傍に飛んできてくれて、……楽になるから。東と違って何にもできないんだからエゴかもしれないけど、私も傍にいたいなって思った」
悔しいな。何にも力になれない。迷惑掛けてばっかで。除霊の役に立ててるって言われてたけど、一番助けたい人を助けてあげられない。俯く私の頭を、温かな手がぐしゃぐしゃとかき回した。顔を上げたら、口元を反対の手の甲で隠した東がちらりと見下ろしてくる。
「先生にしてほしいこと、言ってもいいの」
「うん!」
勢い込んで頷いた私に彼はふふっと笑った。
「あのね、じゃあ近くにいてほしい。さっき、俺に近づく霊を貰い受けてくれてたのちゃんと聞こえてたよ。苦しかったし恥ずかしかったけど、すっげーほっとした」
「え、ほんと! じゃあこれからも近くにいる! 東の方に行く霊は全部貰ってあげる!……その後は祓ってもらわなきゃだけど」
「ふ、それはお安いご用なんだけどさ。いいの? 俺、たぶんそれしてもらっても思いきり吐くよ? 気持ち悪いよ?」
「いい、いい。全然平気。東が少しでも楽ならいっぱい憑かれながら待ってる」
「もー……亘たちと一緒にいれば楽なのに」
東は私の髪をいつも以上に掻き乱して、そっぽを向いた。
「照れてる?」
「ん。かわいいのと、嬉しいのとで」
へにゃあ、と目を細めて笑う。あんまり嬉しそうで、私もつられて笑った。
「いつもは、弱ったら霊が群がってくるから余計うるさくなって、また弱って、ってしばらくエンドレスなんだよね。今日は復活するのすっげー早かった方なのよ。きっと楽になる」
「ほんと? ほんとにほんとね! 黙って消えたら駄目だからね。霊よりすごい執念で貼り付いて追いかけていくからね」
「あはは! 怖えー」
前方に、車のヘッドライトが小さく微かに見える。あそこが出口だ。
「私が霊から掛けられてる言葉には和むんでしょう? なら私と一緒にいたら恨みごとも減って楽になったりしないの」
「霊もねー、そこは最初なんて言おうか迷うっぽいよね。『うおっ、大好きなやつと大嫌いなやつが一緒にいる!』って。そんで、先生に真っ先に『大好き~』って寄って行った後、俺には『どっか行けこの邪魔者! 何でお前が一緒にいんだ!』って怒ってくんの」
東がけらけら笑いながら私の背中をぽふぽふ払った。
「そっかあ。じゃあ罵倒の嵐なのは変わらないんだ」
「まあね。俺、いつもやきもち焼いちゃって大変よ」
「え、何で」
「だって、……ほら! そうやってすぐ引っ付こうとするでしょー! 駄目! 今俺が先生と二人で手繋いで歩いてんだから! 反対側の手繋いで三人で歩かないのー!」
「東ぁ、可愛い女の子だよー?」
東の反対側、私の左手をぎゅっと握って歩いているのは私の腰ほどまでしか身長のない幼い女の子の霊。東に怒鳴られ、じわあ、と目に涙を溜める。まあその子の顔の下半分の肉はないのだけど。
「えっ、うわーまじか! ごめんな! でも駄目なもんは駄目! 先生は連れて行っちゃ駄目なの! ……ううん、お母さんじゃないって。見てみ、きみのお母さんよりだいぶ若いでしょうが。早くほんとのお母さんのとこ行きな」
東は女の子を抱き上げとんとん、と背中を叩く。霊はかき消え、彼の手は空を切った。
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