第21話
「またそんなに憑けて」
私を見るなり東は複雑そうに笑った。
「だって苦しそうだったから」
「うん、ありがと。ほらおいで」
冷や汗でいつもよりしっとりと冷えた手が体に触れる。抱きしめられ、重りは一瞬にして消えていった。
「いつもどっか行くのってこれ? 毎度こうなの」
東の腕の中で、声を絞り出す。そういえば、いつも除霊の現場に行くときは欠かさずショルダーバッグを持つ割に、その中身を使っている様子を一度も見たことがなかった。あの水くらいしか入っていないんじゃないか。それに、毎度現場に着いてすぐにふらりとどこかへ姿を消す。またすぐに戻ってくるからあまり気にしていなかったけど。
「数や、亡くなった人たちの事情にもよるけど大体そう」
東はあっさりと肯定した。あんなに苦しそうだったのに。それがほぼ毎度あることだと。
「霊の声が、聞こえるから?」
「……うん」
今度は答えるまでに長い間があった。
「それ、霊全部の? 見えてるモノ一つ残らず全部、本当は何か言ってるの」
「うん、そうだよ。みんな喋ってる。霊はおしゃべりだからね、何か訴えたいことがあってこの世に残ってるモノばかりだから。先生が肩に乗せてたひよこもどきの妖怪とかだって、ぴーぴー鳴くよ」
「じゃあ、私が聞こえてないだけなんだ。それ、東だけ?」
「うん。俺だけ。亘も菅さんもその親族もみんな見えるけど、聞こえるのは俺だけ」
はっと顔を見上げる。私も、ずっと見えるのは自分だけなんだと思っていた。東は幼い頃から進藤さん達に会えたから見える仲間はいたそうだけど。それなら、見えてはいても聞こえるのは自分だけだと知るのはどれほど寂しかっただろう。聞こえることを、誰にも分かってもらえない。もしかしたら、見えることを共有するのを早くから諦めていた私よりもずっと絶望は深かったんじゃないか。
「うん? どうしたの」
思わず手を伸ばして汗ばんだ髪を撫でたら、東はくしゃっと笑って少し乱暴に私の頭を撫でた。二人で撫で合ってきっと変な格好になってる。
「やっぱ先生も聞こえてないんだよね」
「うん、全く。聞こえるどころか、霊たちに音や声があるなんて思いもしてなかった」
東のことを、よく霊に話しかける人だなと思ってはいたのだ。お経や歌に忙しい進藤さんと稲辺さんはともかく、私や菅さんも多少は霊に話しかける。無視も心が痛むしね? でも東はその比じゃなく話していたし、まるで受け答えしているような発言が多かった。東の思いやりかなと納得していたけど、あれは本当に霊の声を聞き取って返事をしていたんだな。
「他のみんなは知ってるの」
「うん、全員知ってる。ごめんね、言わなくて」
「ううん、いいけど」
言外にどうして、と聞きたいのが伝わるのだろう。東は言いづらそうに口を開いた。
「身近な人が亡くなった人には、言いにくくて。先生がそんな子じゃないってのは分かってるんだけど。どうしても、亡くなった人の声ってもう一度聞きたくなるものでしょう。聞けるってなったら、何度でも何度でも聞きたくなる。そんなの、いつまでも霊に縋っちゃって前を向けないからどっちにとっても良くないことなのに。聞きたい気持ちは分かるから、俺は頼まれたら断れない。でも、目の前には俺がいるのに、ずっと通訳だけするのは疲れちゃうから」
気付いたら後頭部に両手を伸ばして抱き寄せていた。東は大人しく私の肩に額を付ける。だって、今目の前にいる東は泣いてないのに、幼い彼はいっぱい泣いていた気がした。大切な人を亡くした誰かに、その人がなんて言ってるのか教えてくれって言われたことがあったのかな。本当は亡くなった人にいつまでも縋ってないで前を向いてほしいのに、東はその人のことも好きだから断れない。そうやって、目の前で生きてる自分のことも見てって思いながら、せがまれるままに霊の言葉を伝え続けたのだろうか。疲れちゃうよね、辛かったよね。
「今日は先生がくっつきたがり屋だ」
喜んだ東もぎゅう、と私のことを抱きしめた。いいよ、そう思われても。あなたが少しでも癒やされるなら。
「先生はおばあちゃんの声、聞きたいって思わないの」
ああほら。そんなに声を震わせるなら聞かなきゃいいのに。
「東が私に伝えたいって思ってくれる内容があるなら聞く。そうじゃなかったら別にいい。元々聞けるなんて思ってなかったもの」
今思えば、私に憑いてるのが誰なのか的確に当てられたり、おばあちゃん達が恨んでないことを確信を持って伝えてくれたのは聞こえるからだったんだ。
「前も言ったけど、誰一人先生のことを恨んでなんかないってことだけ。みんな先生のこと心配して、元気でいてねって思ってる。これはほんとにほんとだから。でもごめん、それ以上は言えない。ごめんね、ごめん」
「いいよ。いいんだってば」
「ごめんね……」
東が離れていく。謝らなくていいのに。東が辛い思いをする優しさなら、そんなのいらない。
「待たせちゃったね。行こっか」
にこっと笑った東は私の手を引いた。
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