第17話
「じゃーねん、また月曜」と東が元気に去ろうとする中、思い出す。
「あ、ケーキ!」
「けーき?」
「今日おばあちゃんの誕生日だから、東が来る直前にケーキ焼いてて……!」
配達員が東だった衝撃ですっかり忘れてた。そもそも考えなしに作ってたけど、焼き上がったケーキを私は一人でどう処理するつもりだったんだ。
「東、食べていかない……?」
「いいの!」
目が爛々と輝いてくすりと笑う。
「そんな喜ぶようなもんか分からないけど」
「嬉しい!」
ぶんぶん振られる尻尾が見えるようだ。玄関を開けたら甘く堪らない良い匂い。
「ただいまー」
「お邪魔しまーす」
「どうぞ」
今朝掃除したばかりでよかったな。靴を揃えている東を置いて台所に向かい、手を洗った後で心弾ませオーブンに入れたきりだったケーキを取り出した。ドライフルーツたっぷりのパウンドケーキ。うまく焼けてる。
「うわー、めっちゃいい匂い!!」
「オーブンに放り込んだ後ほったらかしてたけどうまくできてたー」
「すげーじゃん。あ、お仏壇に手合わせていい?」
「うん、ありがとう」
東が手を洗った後、お仏壇を見て正座をして手を合わせてくれる。綺麗な横顔。死者をちゃんと敬ってくれる人で、嬉しくなった。
「東は霊が見えるのにちゃんとお仏壇にも手を合わせるんだね」
そこにはいないことを知っているだろうに。
「ん? 挨拶するよ。霊に会ったときにも話しかけるし手は合わせちゃうけど。こういうのは残った人のための分かりやすい心の拠り所だって亘が言ってた。ここに話しかけたら、ちゃんと声は届く」
「そっか。進藤さん、ご住職だから」
「そだよ。忘れてた? 先生は除霊師の部分しか見てないだろうけどあいつ昼間は本職で忙しいからね」
納得した私を見て東はけらけら笑う。
「東はどうやって進藤さん達に出会ったの?」
私はどれだけ探したって同じ見え方の人には出会ったことがなかったし、無闇やたらと聞き回っても変人認定されるだけなので早くから探すことすら諦めていたのに。
「俺は生まれた時から見えてたらしいから。で、校長先生とか、街の一部の人間は霊障があれば亘の寺に相談すればいいことは知ってるって話したでしょ? 俺の父ちゃんは代々この街でやってきた小さな会社の社長なんだけど、そのことを知ってたから俺を持て余して亘ん家に相談した。そっからの仲」
「じゃあもう昔からの幼馴染みなんだ」
「そう。亘ん家はみんな理解があって、歓迎してくれて。大体の人には見えることを黙っておく世渡りとか見えててもうまく生き抜く術を全部俺に教えてくれた。気味悪がられないから俺も居心地がよくて入り浸ったし、亘とはまじで兄弟みたいに育ててもらった」
「東は見える家系って訳じゃないのね」
「ん。先生と一緒だよ。突然変異みたいに俺だけ。親も、兄ちゃんも弟も見えない。亘と菅さん家みたいに力引き継いでく家もあるみたいなんだけどね。でも俺は早くから同じ見え方の人には会えてたから、良い方だった。先生はずっと辛かったね」
そんな優しい顔をして見ないで。また泣いてしまわないように、東から目を逸らして俯きパウンドケーキを切り分ける。お仏壇にもお供えして、「お口に合うか分かりませんが。どうぞ、召し上がれ」と東に勧めた。
「うまそー! お誕生日なんでしょ? お祝いしようよ」
「えっ」
「ほら、ハッピーバースデートゥーユー」
東が手を叩きながら歌い出す。つられて慌てて一緒に歌った。お線香と焼きたてのケーキの匂いがするいつもの部屋に、二人だけの手拍子と歌が響く。東はお仏壇と私の顔とを交互に見ながらずっと笑っていて、私は恥ずかしがるおばあちゃんに毎年歌っていたことを思い出した。ねえ、今年は一緒にお祝いしてくれる人が来たよ。嬉しい? 私の方が嬉しくていっぱい笑いながら、やっぱりちょびっと泣いた。手拍子の合間にそっと指で拭う。
「ハッピーバースデー、ディアおばあちゃーん。ハッピーバースデートゥーユー! いぇええええい! おーめでとーう!」
「あはは」
おかしいね、おばあちゃん。私はこんなに盛り上げて歌わないものね。ふと、来年のことを頭に思い描く。きっとまたケーキを焼いて、歌を歌って。そのときには一人だとしても、もう寂しがって泣いてることはないんじゃないかと思えた。薄情なんかじゃない。きっと、こうやって少しずつ受け入れて残された人は生きていく。
「おめでとうございます。会ってすぐだけど、お孫さんには大っ変お世話になってます」
「いえいえこちらこそ」
「あなたが祓えなくなった分俺がしっかり守るし、泣いてたらぜってー笑わせます。だから安心してください」
真剣な顔をしてお仏壇に話しかける東に最初は横から相槌を打っていたけど、途中から胸がいっぱいになって話せなくなってしまった。
「ってことだから。なんかあったら、今日みたいに一人で耐えてないで俺を呼んで。霊が怖いとか、寂しいとか、何でもいいから。俺が飛んできて笑わせてあげる。面倒だとか迷惑だとか全く思わない。先生が一人で泣いてんのやなんだよ」
東が振り向いて微笑む。どうして、なんて聞けない。きっと東が優しいからだ。泣いてる人が放っておけなくて何でも懐に入れちゃう。
「ありがとう。……東も、私のこと呼んでいいよ」
「ん? じゃー寝られないから添い寝してもらおっかなー!」
「馬鹿。金縛りにあっておねしょすればいい」
「えええ。俺泣いちゃう」
泣き真似をした彼に涙が出るほど笑った。
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