第16話

辿り着いたのは大きな公園だった。広大な花畑があって、色とりどりの花が咲いている。

「綺麗。こんな場所があるのも知らなかった」

「俺のお気に入り。静かで落ち着くの」

 お気に入り。そんな場所に私を連れてきてくれたのか、と嬉しくなる。賑やかで楽しいのが好きな東は街中のゲームセンターやカラオケなんかを好みそうだから、ここを選ぶのが意外でもあった。

「おいで」

 東の声も気のせいじゃなくいつもより静かで、柔らかな囁きが私を呼ぶ。

「ここが好き。霊も人も少なくて、なんも考えなくて済む」

 東が木陰に置かれたベンチに腰掛けた。少し間を空けて隣りに座ってみる。さわさわと風に葉が鳴る。鳥が歌って、木漏れ日が踊った。遠くで子どもがボールを追う声がする。胸いっぱいに大きく息を吸い込んで、ゆっくり吐き出した。

「……東も何も考えたくないときがあるの」

 何にも悩みなんてない、なんだって楽しく捉えて生きていける強さがありますって顔をしているのに。

「たまにね?」

 彼は否定しなくて、やっぱり楽しそうに笑った。よいしょー! と急に足元の原っぱに寝転ぶので、私も追いかけて隣りに転がってみる。東と同じ景色を見たら、私も明るくなれる気がした。ちくちくとくすぐったいけど、空が広くて良い気持ち。んふふ、とこっちを見た東が含み笑いをする。

「せんせー」

「なあに」

「楽し?」

「うん」

「よかったー。本当はもっとぱーっと遊びに連れてあげたかったんだけどね。なんか思いつかなかった」

「楽しいよ。東と会ってから、ずっと楽しい」

 そうだ。笑って呆れて怒って。その対象がいて、私は一人じゃなかった。大変でもあったけど、新しい冒険が始まったみたいにずっとわくわくしてる。空を見てたら赤い掌が視界を横切って、そっと頬に添えられると東の方を向かされた。

「俺もだよ。いっぱい笑っていっぱい突っ込んでくれて。俺も先生といるの楽しい。だから、一緒にいてもつまらないでしょとか、言わないで」

「うん」

 頷くといい子、と褒めるかのように頭を撫でられる。私といて楽しいと思ってくれる人が現れるなんて思いもしなかった。信じてもいいのかな。ほんとに一緒にいてもいいのかな。涙がまた一粒だけこぼれてしまって、すかさず伸びてきた指が拭っていった。

 寝転んだままだらだらと他愛もない話をする。東がげらげら笑うから、私もつられて大声で笑った。

 お腹空いた、と言い合って遊歩道を帰る。広場にボール遊びにはしゃぐ兄弟と、くたびれた様子のお父さんがいた。

「なあ父さん疲れたからもう帰ろうか」

「来たばっかじゃん! もうちょっと!」

「父さんはなあ、月曜から金曜までお前らのために仕事して、それで……!」

 平和な光景の中でお父さんが声を荒げていて、おかしいと思ったらどんよりとその肩に霊が伸し掛かっていた。そっと近づく。

「こんにちは。良いお天気ですね。公園に連れて来てもらってお子さん達も嬉しそう」

「え? はあ……。私としては家で寝ていたいんですけどね。仕事では無理難題を押し付けられてできなきゃクビを切られそうだっていうのに、休みの日になったら妻から『普段は私が見てるんだから休みくらいあなたが子どもを見て』って言われるもんですから」

「まあ。それはすごく大変です。とっても良いお父さんですね。お子さん達もお休みの日にお父さんに会えるのが嬉しくてついはしゃいじゃうんでしょうね。ほんと素敵」

「そうですかね……そんな大したもんじゃないですよ。今だって帰ろうと怒鳴りそうでしたし」

「仕方ないことですよ。お疲れなんですもの。お家に帰ったらお子さん達に肩たたきしてもらわなきゃ」

「ははっ、そりゃ良いですね」

「ええ。では、お互い良い一日を」

 お父さんにちょっと笑顔が戻る。代わりに、私の肩がちょっと重かった。そうそう、私の方がおいしそうでしょ。こっちにしときな。遊歩道に戻ったら私の様子を見守ってくれていたらしい東に腕を広げて迎えられる。

「もう、何しに行ったかと思ったら……もらってきてあげたのー?」

「うん。辛そうだったから」

「だって先生も憑かれたら辛いのは一緒でしょうが」

「私は多少のことは慣れてるもん」

「いつもそういうことしてんの」

「うん」

 後頭部に手が差し伸べられ抱きしめられた。何度も髪を撫で下ろされる。

「優しいね。先生はいい子だね」

 ふるりと身動いだ。

『誰が何と言おうと、雪は優しいいい子だよ』

 幼い頃、霊を馬鹿正直に指摘して友達を助けようとしては嘘つきだの化け物だの言われて泣いて帰り、おばあちゃんに抱きしめられて言われたのを思い出す。東みたいに優しい人に優しいって言われるんだから、ちょっとは自分を認めてあげてもいいかもしれない。おずおずと東の背中に手を伸ばしてみる。

「うへへ」

 途端、喜んだ東に背中が反るほど体重を掛けられて呻いた。

「重いー、折れる折れる!」

「かわいい!」

「人の話聞いてる?」

「聞いてるかわいい」

「それ聞いてないって言うんだ」

 帰りはファーストフード店に寄ってお昼時の混雑の中ハンバーガーを食べて、家に送ってもらった。

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