第14話
今日はとっても良い天気。明るいところを嫌う不気味な霊は少なくて、空中をケサランパサランがふわふわと舞っている程度。足取りも軽い。けれど家のある通りまで来て思わず立ち止まりかけた。ああ、あの人たちだ。ついてないな。
「いやね、朝帰りよ」
「この前本堂さんが亡くなったっていうのにもう派手に遊んでるのかしら」
「やっぱり得体の知れない子だわ」
「常識じゃ考えられないわよ」
噂好きのご近所さん。井戸端会議の傍を通り過ぎるとき、聞かないようにしていても聞こえてくる。遊んでた訳じゃない。たまたま朝になっただけなのに。何を言っても無駄だと知っているから口を噤んだ。
ガラガラ、と引き戸を開ける。
「ただいま」
この瞬間が一番嫌いだ。おかえりって返事がないことで一人だと思い知らされるから。
あまり日当たりの良い家ではないから、昼間でも電気を付けていないと薄暗い玄関。
のそのそと部屋に入って荷物を置く。
「おばあちゃん昨日帰らなくてごめんね。心配したかな」
仏壇の前に座って手を合わせる。心配しなくていいからね。私一人でもちゃんとやっていくから。
進藤さん家で布団を干したことを思い出して、自分の布団も干しておく。晴れた休みの日にやっておかないと次いつになるか分かんないもんね。休みの日にやっておかないといけないことは他にもいっぱいある。洗濯、掃除に料理の作り置き。きちんとやったらそれだけで休日が終わってしまいそう。おばあちゃんがいたときも手伝っていたつもりだけど、一人暮らしって大変だ。
掃除機をかけ終わって、ふとカレンダーを見る。おばあちゃんも見やすいようにお洒落さなんてない、文字の大きなカレンダー。今日の日付のところに派手に印が付いていた。
「あ……」
そうか。今日、おばあちゃんの誕生日だったのか。お祝いしないとね。冷蔵庫を開けて、卵とバターを取り出す。小麦粉と砂糖をボウルに開けて量っていった。おばあちゃんの誕生日には毎年私がケーキを作る。それが一番好きだって言ってくれるから。材料は買ってあったんだよな。
カシャカシャとかき混ぜながら、習慣で付けたテレビを眺めた。おばあちゃんが平日昼間観ているバラエティーの総集編。土曜日はいつも一緒に観るんだよね。
「あはは。それはさー……」
番組にツッコミを入れて共感を得ようとして居間を見て、口を半開きにさせたまま固まった。そうじゃん、おばあちゃんいないんだった。今も一緒に笑ってるような気がするのに。一人を自覚した途端、しんと静まりかえった部屋にテレビの音声だけが虚しく響く。
ほた、ほた、と涙が落ちた。きっと、今朝までがうるさすぎたからだ。あんまり賑やかで、楽しかったから。一人が余計に寂しい。
泣いてあげないと三途の河のお水が足りなくて向こうに渡れないって言うもんね。一人なんだし泣いたままでいいか、と涙は流しっぱなしにする。生地を型に流しオーブンに入れたところで、玄関のチャイムが鳴った。
「お届け物でーす」
何だろ。覚えがないから期限の切れるカードとかかな。ごしごしと顔を適当に拭う。
「はーい」
「あ、せーんせー!」
「ええ?」
そこに立っていたのはさっきまで見ていた顔。東が両手を挙げて体ごと左右に揺れる。
「どうしたの……」
「ん? 言ったでしょ、お届け物です! 先生、ペンケース忘れちゃってたよ。次会ったときでいいかと思ったんだけど、めっちゃ仕事で使うんじゃないかって思ったから」
差し出された、ちょっと黒ずんじゃってるそれは確かに私の物。
「えー! 使う使う、めっちゃ使います。ないと月曜日すんごい困るところだった。ごめんわざわざ、ありがとう!」
ばたばたしてたから鞄から転がり出てたかな。住所は除霊で何かあったときのためにって最初に教えてあったからわざわざ届けにきてくれたんだ。
「うん、それは全然いいの。バイク乗ってるの好きだし」
東が私の手にペンケースを乗せながら、急に笑みを消して眉間に皺を寄せる。
「……泣いてた?」
間近で顔を覗き込まれてどきっとした。そうだ、郵便屋さんくらいならすぐ去っていくしいいやって雑に顔を拭っただけなんだった。
「……泣いてないよ」
何の意味もないと分かっていて嘘をつく。流石に出会ったばかりからこんなに泣き続けてる女、鬱陶しいでしょう。大丈夫だから構わなくていいよ、見なかったことにしていいよ、と思いを込めて。そんな私を見て、東もくしゃ、と下手くそな作り笑いをした。人好きはするけど、ああ愛想笑いだなあって分かる顔。
「んー……ばればれ」
そう言って、笑いながら私の頭を撫でる。そして明後日の方向を向いて吠えた。
「あーくっそー! 朝は笑ってたのに!」
ぽかんと見つめる。何をあなたがそんなに悔しがってるの。私が悪いだけなんだよ。勢いよく振り向いた東にがし! と手を掴まれる。打って変わって真剣な表情で何を言うかと思えば、
「今日空いてる?」
って。
「空いてるけど……」
何を意図して聞かれているのか分からない。今日みんな何も予定がないのは、昨日確認されたことだったはずだ。東はそのまま手を離さず花が咲いたように笑う。
「一緒に出かけよ!」
「今から?!」
「うんっ。俺と行こっ。先生、すっぴんはいや? それなら俺その間待ってるから」
絶対一緒に行きたい、と目が訴える。
「いいけど……」
出会ってすぐだけどすっぴんも、下着まで見られてる。生活感丸出しは今更だ。その勢いに押されて頷いた。
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