賑やかな朝

第13話

大丈夫、と言われているうちに彼の腕の中で寝落ちしたらしい。ちゅんちゅん、とすずめの声に目を覚ましたら、戻った覚えがないのに私は布団に寝かされていた。隣りを見たら東が腕を頭の上に上げ万歳の姿勢ですやすやと眠っていて、ふふっと笑う。

 進藤さん、菅さんがいなくてお寺の中は朝の支度でみんながぱたぱた動き回る音がしていたから台所に行ったら、手伝いはいいから残り二人を起こしてほしいと頼まれた。

 部屋に戻り、むにい、と東の頰をつつく。柔らかいな。どこまで沈むんだ。

「んぅぅぅ」

 まだ眠ったまま顔を顰めて呻くのが子どもみたいでかわいくて、笑みを漏らした。

「東、東。起きて」

 ゆらゆらと体を揺する。

「……おはよぉ」

「おはよう。朝ごはんだって」

「そっかあ。んーっ、超気持ち良かったなあ」

 東は大きく伸びをした。ぴょんぴょん、と寝癖が跳ねているのを目で追ってしまう。

「颯太ぁ、おはよー。ほら、おっき~」

 東は起きる気配のない稲辺さんの脇に手を入れると、ずるー、と無理矢理引っ張り起こしていた。稲辺さんは全然目が開いていない。朝が辛そうだ。

 おいしい和食の朝ごはんをいただいて、みんなで片付けと部屋の掃除をして。

「あ! 私昨日服干してない!」

「俺が夜中思い出して干した~」

 と東。そうなると、当然私の下着もか。失態だ、大失態だ……!

 お礼を言いながら私は顔を覆い、「かわいいのしてんね」と言う東をどつくのだった。

「亘ー! 布団、押し入れに戻しとくなー!」

「あ、今日天気良いから干して!」

「了解ぃ! どこ干す?」

「屋根! 参拝客に見えないように裏の方な」

「はいよー! おーし、お前ら運べ運べー!」

 東の楽しげな掛け声に、私たちはわたわたと自分の寝ていた布団を片付け始めた。一晩泊まらせてもらったんだもんね。お客さんじゃないし、片付けまでやって帰るのは当然だ。シーツや枕カバーは洗濯機へ、敷布団と掛布団を畳んで重ねて持つ。

「よいっしょぉ!」

「おお、先生力持ちだね。大丈夫?」

「大丈夫です、家でもやってました!」

「家も布団なんだ。足元気を付けて。落ちてきたら俺でもちょっと受け止められない」

「でしょうね」

 踏み板が心地よく軋む階段を一歩一歩上がっていたら、後ろから菅さんに声を掛けられた。私と違って彼は余裕そうな声だけど、そりゃ流石に私が上から落っこちてきたら止められないだろう。

「先生自分でやってんの! 東にやらせりゃいいのに。まじ気を付けてね。先生落ちて一寛が止められなくてひっくり返ったら俺んとこまで来て俺は確実に落ちる」

 菅さんの更に後ろから稲辺さんが上ってくる声がする。

「颯太じゃ絶対に止められないね。そしたら俺と先生は布団もあるしクッションになって助かるけど颯太だけ死ぬ」

「まじかよそうじゃん。俺だけ布団三枚と人間二人の下敷き。ねえ先生ほんと気を付けて、無理だったら諦めてもいいから」

「颯太が死んだら即行うちで供養してやるから大丈夫だよ」

「出た! 住職ジョーク! 嬉しくねー!」

 廊下を掃除していた進藤さんが私たちが階段にひしめき合う様子を見て一言漏らしていく。稲辺さんが嘆く声がよく響いた。

「というかお前ら一人ずつ上れよ」

 ほんとそう思う。私の後続に言ってくれ。

 二階にたどり着いたら先に上がっていた東が迎えに来てくれた。

「お疲れさまー! こっちこっち」

 ぱっと布団を取られて後を追う。進藤さんの私室だろうか、筋トレグッズの転がる和室の窓が開け放たれていて、そこから一階にせり出している屋根が見えていた。東は一度床に布団を置く。

「先生紙敷くの手伝って。俺、屋根の上出るから」

「うん。気を付けて」

「あー、そだな、靴下脱ぐわ」

 ぽいぽい、と靴下を脱ぎ捨てた東が屋根に出て、部屋の中の私と協力して屋根の上に大きな紙を敷き詰めた。そのまま外にいる東に布団を渡して並べてもらう。

「はい次ー!」

「うんしょ。はいお願いします」

「おっし」

 私が苦労して窓の位置まで持ち上げた布団を東は軽々と持っていく。

「ふふっ。男の子がいると楽だなあ」

「先生こういうことしたことあんの?」

「うん。うちも日本家屋で布団だから。ベランダだと手狭だし屋根の上に干しちゃうんだけど、おばあちゃんのと二人分で結構重労働なの」

「そっか。先生が全部やってんのね。偉いんだ」

「おばあちゃんはもう歳だからさせらんないもん。普通だよ」

 手は作業をしたまま俯く東にさらっと褒められ、照れてしまう。おばあちゃんはお礼は言ってくれるけど、そんなの誰にも褒められたことない。

「ほら東、早く」

「お前らの分も俺がやんのかよ」

「俺たちが乗ったら屋根抜けちゃうから」

「おい、そんな体重変わんねえよ!」

「はい東さん次がつかえてるんで早くしてくださーい」

「おお……無理無理早いって」

 菅さん、稲辺さんが私の横から布団を東に押しつけて、彼が容赦なくこき使われる様子に私はげらげら笑った。ほんとここにいると笑いが絶えない。

「それじゃ、お世話になりましたー!」

「おー、気を付けて。また霊障の相談があったら連絡するわ。あ、先生は憑かれたら遠慮なく来ていいから。お前らは無駄に集まらなくていいけど」

「俺たちはそんなに頻繁に来てないよ。常駐してるのはそこでまだ居座ろうとしてる東でしょ」

「てへぺろー」

 荷物をまとめて庭で挨拶をしている私と菅さん、稲辺さんの視線の先、東が縁側でくつろいでいる。

「お前も帰れ」

 楽しそうに笑った進藤さんに頭をはたかれていた。東は昨日はバイクで来ていたらしく、三人で電車に乗って帰る。「さよなら」「ばいばい」「じゃーね」と別れ、最寄り駅から歩いた。

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