第12話

ふと、目が覚める。自分以外に人の気配があることでそわそわするどころか安心したようで、深く眠れたのか頭はすっきりしていた。まだ外は真っ暗だ。寝直そうかと思ったけど隣りの布団が空だった。お茶でも飲みに行ったかな。その更に向こうに目を遣って、不意に心臓がどくりと跳ねる。稲辺さん、菅さんからは健やかな寝息が聞こえるけれど、進藤さんがあまりにも静か。胸も上下しているか分からない。どきどきと心臓がうるさいままそっと近付く。大丈夫? 大丈夫だよね? 間近まで行って、ようやく息吹きを感じられた。よかった、生きてた。ほっと胸を撫で下ろす。

「なーにしてんの」

 そのとき声を掛けられて、びくー! と体が跳ねた。すぐそこの縁側に座っていただけだったらしい東がみんなを起こさないようひどく穏やかな声を発し、私を見つめている。

「ちゃんと生きてるか、確かめてた」

 ぽつりと正直に話し、傍に寄った。東は嬉しそうに私の頭を撫でて歓迎する。

「亘は大丈夫だよ。健康だもん。そんな突然死んだりしない。霊の気配があったらみんな起きるし。颯太以外」

 大丈夫だよ、と触れる体温に、速くなっていた鼓動は落ち着きを取り戻していった。

「分かんないよ。おばあちゃんだって、健康だったもの」

 私は何でこんなことまで打ち明けてるんだろう。こんな、弱音。東が優しいせいだ。

「おばあちゃん、朝起きたら隣りで亡くなってたの。寝る前まではいつもと何も変わらなかったのに。『おやすみ』って言って、『雪、明日のお弁当はそぼろごはんだからね』って。私そぼろごはんが好きで。嬉しいなって思いながら寝て。そしたら、いつも私より早く起きてるおばあちゃんは目を覚まさなかった」

「うん」

「あんまり穏やかな顔だったから、寝てるだけだと思った。『おばあちゃん、寝坊しちゃったね』って揺り起こそうとしたの。でもおばあちゃん、全然起きなくて。……体が、冷たく固まってて……っ」

「うん……うん」

 ふとしたときに、穏やかな死に顔が何度も何度も蘇るんだ。東が頷きながら、私の背中を摩る。往復する掌があったかくて、安心して。やっぱり涙が溢れてしまった。

 恥ずかしい。もういい大人なのに。死だって、もう受け入れて飲み込めたと思っていたのに。

「隣りで誰かが寝てたら、また亡くなってるんじゃないかって怖いの」

 もう誰も置いていかないで。これ以上何度も私を一人にしないで。

「ほら、ちゃんとあったかいでしょ。俺が一緒にいるから。大丈夫だよ。大丈夫」

 震える体がすっぽりと包まれる。膝を立てた東が、胸に私を抱え込んだ。

「大丈夫じゃない……! 何も……! ここで眠る前、寝てる間に一気にあっちの世界に連れて行かれるって聞いて、おばあちゃんにもそれが起きたんじゃないかって思った。だったら私のせいだ! 引き寄せる私が、傍にいるから! 私が、いるから! 私は誰かの傍にいない方が……っ」

「違う」

 東はもがく私なんて簡単に押さえ込む。口元を胸に押し付けられくぐもった叫びを上げながら、私は号泣した。哀しい。辛い。罪悪感に胸が張り裂けそう。私だって誰かと一緒にいたい。ひとりは寂しい。それなのに、私が傍にいるとみんなが傷付く。みんな死んでしまう。

 おばあちゃん、一人で逝くの寂しかった? ごめんね、起きて気付いてあげられなくて。ごめんね、恩を仇で返して。おばあちゃんはずっと優しくしてくれたのに。ごめん、ごめん。

「違う、違うから。先生のせいじゃない。先生のせいじゃないよ。おばあちゃん、穏やかな顔してたんでしょ。苦しまず眠るように逝けた、それだけだよ」

 東がとんとん、と私の肩や背中を叩く。うええ、とまた涙がこぼれた。まただ。また東のTシャツを濡らしてしまっている。それもこれも東がティッシュとかを渡さずに、いつも抱きしめてくるから。

「そんなこと分かるの」

 確かに科学的な死因は老衰だけど、おばあちゃんが取り憑かれたせいで寿命よりも早く死を迎えた訳じゃないなんてこと東に分かるのだろうか。

「分かるよ。俺は見えてるもん」

 そうかな。初めて会ってすぐにも言ってくれたよね。私に憑いている亡くなった家族は、誰も私を恨んでないって。自分に憑いた霊は私には見えないのだから、確かめようがない。あれもこれも、東の吐いてくれた優しい嘘かどうかなんて。

憑いていることは確かなのだ。進藤さんたちにも、「その人たち、家族?」って聞かれたから。あれ、でも東は私に訊かずとも私の両親と祖母だと分かっていたみたいだった。学校でも飛び降りで死んだ霊じゃないって一人だけ断言してたし。東だけ特別「目が良い」のだろうか。分からない。今の私にできるのは差し出した優しさにずるくも甘え、彼の言う自分にとって都合の良いことを信じるだけなのだ。

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