学校
第7話
「あれ、颯太まだ来ないね」
麦茶を飲みながら喋っていたら東さんが言う。そういえばお盆の上のグラスは一つ余っていた。
「残業長引いてるかな……ああ、メール来てた。『まじないわ。まだ終わらない。ごめん直で現地行くから先行ってて』だって」
菅さんがメールを読み上げる。時刻は七時前だ。その人はお仕事忙しいんだな。
「あちゃー可哀想に。それでも来てくれるんだなー」
「颯太は律儀なとこあるから。何だかんだここの仲間のこと気に入ってるみたいだし」
「んじゃあ颯太は置いとくとして、そろそろ飯にすっか」
「やったー! めしっ!」
「みんなで晩ごはん食べるの?」
「うん。仕事終わって、除霊しに行く場所にもよるから現地集合のときもあるけど、大体はここに集まって夜遅くなるのを待つから。みんなで飯食うことが多いね」
東さんが教えてくれる。
「今日はー? 出前取んの?」
「あ、俺作るよ。亘、台所貸して」
「はいはい。よろしくー」
お堂の中にみんなに付いて進んでいったら、菅さんが台所でごそごそと鞄から材料を取り出してきてくれる。準備が良い。
「今日は先生の初参加だって言うから。おもてなししたいなって思って」
「え! ありがとう! 料理はよくするの?」
「好きだね。先生は?」
「祖母に教わって一通りは」
「そう。じゃあ手伝ってくれる? お腹空いたから早く済ませよう」
「はいもちろん!」
「俺も! 俺も俺も俺も!」
手伝いを買って出てくれた東さんはほとんど役に立たなかったので、さっさと部屋に追い返した。
「俺だってレシピ見ながらなら料理できるのに」
「普段からやってる奴らのスピードには敵わないってことだろ」
料理が完成したので部屋に見に行けば、いじけている東さんと筋トレしながら聞き流している進藤さん。
「東さーん」
「はーい!」
「んふっ……お皿とかお箸とか、こっちに運ぶの手伝ってもらっていい?」
「おっけー! 俺の時代が来たな!」
名前を呼んだだけでぴくっ! と肩が跳ねた後、満面の笑みでこっちに走ってくる東さんを見て堪えきれない笑いがこぼれる。菅さんの「ポメラニアン」といった言葉は的確だ。本当に忠犬。お手伝いの何がそんなに嬉しいのかと思うくらいにうきうきと動いてくれる。
いただきます、とみんなで手を合わせ、肉じゃがを食べた。
「ごめんね、おもてなしって言ったけどそんな手の込んだものじゃなくて」
「いえ! おいしいです。安心する味」
肉じゃがはおばあちゃんのよく作る料理だった。私の好きな料理だ。
「うっし。飯も食ったし、お仕事行きますか!」
東さんの掛け声でみんなが一斉に立ち上がる。除霊って術具やら杖やら怪しい道具をいっぱい使うようなイメージだったけど、みんな格好はそのままだ。珍しいといえば、進藤さんが法衣で菅さんが着物なので、四人中二人が和装の集団であることくらいだろうか。東さんはショルダーバッグを斜めに引っ掛け、どうしていいのか分からずにみんなを見ている私の頭にぽんと掌を乗せた。
「先生も準備はいい?」
「うん。何をすればいいのか分からないけど」
「何があっても俺がいるから、先生はいてくれるだけでいいよ」
ぐりぐりと髪を撫でられるので、「もう」と手を退けたら彼はほわほわと笑う。
「どうして夜になるまで待つの?」
そりゃあ除霊ってなんだか夜のイメージが強いけれど。
「夜って霊が活発になるでしょ。たくさん現れてくれて効率がいいのと、ご近所の人を不安にさせないように見られないようにするため、除霊する施設に人がいなくなるのを待ってる」
俺たちの仕事は秘密裏に行われ、人々の平和を守ってるんだぜい、と東さんは芝居めかして語った。
「まあそのせいでたまに夜分にうるせえってクレームが来るんだけどね」
進藤さんが補足する。みんなで歩いて私の職場である学校に逆戻り。夜に、職員でも生徒でもない人たちと学校に来るのは変な気分。あれ、そういえば鍵がないけど、と思っていたら進藤さんがジャラ、と懐から見慣れた鍵を取り出した。
「ええ? それどうしたの」
「ん? 東が学校に祓いに行くっつった時点で校長に話付けて借りた。表には出てないけど、この地域じゃうちの寺が除霊とか担ってるっていうのは一部には認識されてるから。霊的現象を信じてるかどうかはともかく、うちの寺は力持ってるんだよね」
「じゃあ大体どこの建物でも」
「頼めばその晩だけ入れるね」
へええすごい。全く知らなかった。
「うあーいがっこー! 母校じゃないけど、なんかこの感じ久しぶり!」
「お前学校嫌いだったって言ってたじゃん」
「まあねー! でも人が全然いない今は別! 特別感あってわくわくぅ!」
門を開けた途端、駆け出していく野放しのわんこ。
「東さん、学校嫌いだったの?」
「ん。言ったって気味悪がられるだけだって分かるまではねー。つい、そこに霊がいるよってぽろっと口に出しては避けられちゃってたから」
東さんは何でもないことのように笑う。
「先生は? 先生になるくらいだから、学校好きだった?」
街灯を反射する目が私を見つめた。
「……私も、嫌いだった。教師になったのは、自分と同じような一人ぼっちを作らないためだよ」
東さんはにひひ、と笑って私に抱きついた。
「俺のときに先生みたいな人がいればなー!」
今の生徒たちにそう思ってもらえていたらいい。
「今、私に霊憑いてた?」
「……憑いてた!」
「憑いてない」
「憑いてない」
声を張った東さんに、進藤さん、菅さんの声が重なる。
どかん! と東さんを突き飛ばした。
「おいばらすなよ!」
「嘘をつくんじゃない! もう、他にも見える人たちがいるから無意味にくっついたらばればれなんだからな!」
げらげら笑う東さんを叱り飛ばす。ちっとも緊張感がない。そんなお散歩気分も校舎に近づくまでだった。
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