書道家

第5話

翌日、もちろんお寺には仕事終わりに行こうと思っていたのだけど、それよりもずっと早くに意外な場所で東さんに出会った。

「あーっ! せんせーだあ!」

 昼休み、学校に届く郵便物を取りに行こうと校門にあるポストまで行った折だ。顔を見ただけでよくもそんな嬉しそうな声が出せるなと思えるほどに明るい声が響いて、びっくりしてそちらを向く。郵便屋さんの制服の東さんが「はあい」と手を振っていた。なぜここに。

「お疲れ! ちょうどよかった、お届け物です!」

 郵便物を差し出される。ああ配達のお仕事だったのか。奇遇。

「お疲れさま。今日は暑いねえ。お寺、お仕事終わったら行くね。この後も気を付けて」

 つー、とちょうど首筋を伝った汗を手で拭いながら微笑む。封筒を受け取ろうと手を差し出したら、引っ込められた。え、何、と東さんを見れば、私の顔をじっと見られている。きゅ、と眉間に皺を寄せた東さんが私の手首を掴んだ。

「うん、まあ今日は暑いけど。そんな脂汗かくほどじゃない。顔色悪いよ。ちょっと来て」

「えっ、ちょ、ちょっと!!」

「しっ」

 東さんは振り向くと唇に人差し指を当てるだけで、ずんずんと私を門の外に連れ出していく。アスファルトに照り付ける太陽にくらりとして足元がもたついたら、東さんはすぐさま少しスピードを緩めた。強引なのに、そんなとこは気遣い屋。

 勤務中なのにどこまで行くのかと不安だったのだけど、東さんは学校のすぐ隣りの緑道に入っただけだった。木陰が涼しい。ガサガサガサ、と茂みに分け入ったかと思うと大木の裏で東さんに抱きしめられる。まあ……これなら生徒にもたまたま通りがかる生徒の親にも見つからないだろう。そもそも人通りもないし。しかし、ひっつき虫とか服に山ほど付いたりしてないだろうな。戻って生徒に笑われるのは嫌なんだけど。

「ほら、ここなら大丈夫だから。すぐ済むよ、大人しくくっついてて」

 抵抗すると思ったのだろうか、東さんは私を固く抱きしめる。

「辛いでしょう。俺の前で無理に笑わないの」

 大きな手に背中を摩られ、ほっと力が抜けていった。みるみる体の怠さが取れていく。

「……なんか今日、校内にいる霊の数が多くて。ちゃんとお札も持ち歩いてるのに」

「ん。確かに空気が淀んでたね。今夜は、学校に除霊に来ようか」

 東さんはうんうんと私の話を聞いた。

 そうか。除霊に来てもらわなきゃいけないレベルなんだ。

「でも、増え方が急だねえ。何でだろ」

「……私が、いるから」

「違うって」

 東さんは私の考えを軽く笑い飛ばす。それにひどく救われた。

「霊がいると空気が淀んで霊の好む空間になるから、霊のいるところは余計に霊が増えたりするし。たまたま不運続きで落ち込んでる人が何人か集まっちゃったら霊に狙われやすくなったりもするし。数なんて日によって変動するんだよ。先生の体質は関係ない」

 とんとん、と背中を叩かれながら明るく自分を肯定される。どうしてこんなに欲しい言葉をくれるんだろう。私、すごく甘やかされてるな。

「ん、終わったよ。だいぶ楽になったはず」

 東さんがそう言って私を離す頃には、私の体からくたくたに力が抜けていた。ずるずる、と崩れ落ちそうになってもう一度力強く支えられる。

「おっとぉ。大丈夫? あんだけの数の霊を背負ってたもんね。力抜けちゃったかあ。休ませてあげたいとこだけど、がんばれがんばれ。あと半日あるんでしょ?」

「ん……。ごめん、お仕事中に。もうちょっとしたら動けるようになるから」

「気にしないで? 女の子抱きしめられるなんて役得じゃん。俺はいつまででもくっついてくれてていいよ♡」

「……」

 本心なのか私に気を遣わせまいと言っているのか判断が付かない。

「会ったときは真っ青でびびったあ。まだちょっと顔色悪いもん。ちゃんとお昼食べた?」

「食べたよ……。生徒と一緒に給食食べるもん」

「あ、そっかあ! 給食懐かしい~」

 もう霊は祓い終わったのに。私を心地よい心配で包んで、傍にいてくれる。押し付けがましくなくて、でもどこまでも優しい。

「ありがとう。もう、大丈夫」

「うん。ちょうど会えてよかったわ。無理って思ったら遠慮なく呼びなね。東さんいつでも原チャで駆けつけるから」

「ふふっ。配達のバイクで?」

「配達のバイクで」

 じゃーねー、と彼は私に当初の目的だった封筒を渡し、去っていった。よし、あと半日頑張ろう。それで夜には除霊師の相方として初仕事だ。

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