第21話

 千崎は、私の話に興味津々だった。

 過去のことを話し終わった後もあれこれ聞いてきて。長々と話している内に千崎はまた眠りについた。


「今日はいい日かもしれない」


 南は深夜の散歩に出かけていた。一応、千崎のスマホに連絡はしておいた。また何も言わずに出かけると怒られそうだし。

 あの人は。家の手伝いをしてくれていた彼女は。確かジェシーだかナンシーだか。どうせ偽名だろうけれど。キャシーにでもしておこうか。そんな名前だった。

 本当に、もう何もないのだ。両親がどうとか、吸血鬼になったこととか。もうそれは過去のことで、吸血鬼になったからこその生でもあったし、そもそも、もううろ覚え。

 というより、むしろ感謝までしていた。それなりにいままで楽しかったから。

 ただ、一つだけ。ずっと気がかり、というか。気になる、というか。

 不可解だったことがある。

 それを今日思い出した。

 南は額を擦る。自然と笑みがこぼれた。

 千崎の額へのキス。あれは過去を呼び起こした。

 キャシーも、よくそうしてくれていた。眠る前によく、私の頭を撫でて、額に口づけをしてくれた。

 一度聞いたことがある。どうしてそうするのかと。

 ――愛故に。

 らしい。


「愛ってなによ愛って」


 南は近所のコンビニに立ち寄る。喫煙所で煙草に火をつけると深く吸って、吐いた。


「あれ、南さん」


 聞き覚えのある声。丁度コンビニから出てきたのは咲宮だった。


「昨日ぶりだね」


 咲宮は軽く手を上げる。


「ああ、うん。昨日はどうも」

「いいえ。いつものことだしね」


 咲宮は隣にくると同じようにガラス窓に背を預ける。


「千崎、煙草嫌いじゃなかった?」

「そうみたい」

「いつもどうしてるの」

「吸い続けて許してもらった」

「さいてー」

「それはどうも」


 咲宮は南のポケットから煙草とライターを奪い取ると一本吸い始めた。


「叶、なんでこんなとこにいるの?」

「千崎に色々買ってってあげようと思って」


 咲宮はコンビニ袋を掲げる。


「南さん、どうせ千崎のこと寝かせて放置してるだけでしょ?」

「……その通りです」


 失念していた。吸血鬼はお酒に強いのばかりだから。


「やっぱりね。南さん、もっと千崎のこと大事にして」


 叱られてしまう。

 咲宮は、南から見て、大分と千崎に甘い気がした。咲宮なら、彼女なりの答えを持っているだろうか。


「叶。愛ってなんだと思う」


 咲宮は思いっ切りむせる。


「ちょっと……! いきなりなに」

「いや、聞いてみたくて。叶は綾のこと、愛しているように見えたから」

「あ、愛してはないよ!」 


 きっぱり否定された。愛してないの……? 難しいな。


「そういう南さんはさあ……」


 じっと睨まれる。咲宮の訝し気な視線は少々痛かった。


「なに……」

「……別に。私が言うのは違う気がするからやっぱ言わない」


 勿体ぶられた。 


「気になる言い方しないでよ」

「わざと気になる言い方したんです」


 咲宮はふっと煙を吐く。それは苛ついている、ともとれるだろうか。こちらも難しかった。


「叶。私さっき綾と話してて。それからずっと綾のこと考えてるんだけど。頭の中が巡りに巡って。どうしたらいいかわからないんだよ。叶はこういうとき、どうしたらいいか知ってる?」

「……それってさ」  


 咲宮は、今度は明らかに苛ついていた。


「叶怒ってる?」

「怒ってない」

「……怒ってるよね」

「怒ってないって」

「おこ」

「ってない!」


 怒ってる。めっちゃ怒ってる。


「いい? 南さん。私からは絶対言わないからね。自分で気づけアホ」

「アホって……」


 咲宮は煙草を灰皿に押しつけてさっさと歩いていってしまう。もうちょっと吸っていたかったけれど。しかたなし、南は煙草を消す。


「南さん」 


 咲宮は振り返る。


「クリスマスはどうするの」

「どうって。何が?」

「はあ……。千崎を誘わないのかって聞いてるの」 


 クリスマスに。誘う。

 考えてもいなかった。けど。いいかもしれない。少なくとも、悪い気はしなかった。


「じゃあ、誘ってみるよ」

「それでよし」


 咲宮は一人で手を握っていた。

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