第17話

 共同生活はまあまあ順調、と言っても、疑問はあった。

 特に謎なのは、南が二つ返事で了承してくれたこと。

 かなり無茶で、いきなりな話だったのに。南はすぐさま千崎の家へ引っ越しを終わらせ、千崎に家に慣れ親んでいた。


「南、本当にこっちでよかったの?」


 大学終わりに、千崎たちは適当に街をぶらついていた。


「こっちって?」

「いや、家がさ。南の部屋のほうが広かったし」

「いいの。そのほうがいい気がしたから」


 よくわからない理由だった。

 南が息を吐くと冷えた空気は宙を白く染める。

 街の様相は冬真っ盛り。そろそろ白いひげのおじさんの時期だった。


「南はさ、クリスマス好き?」


 聞いて、千崎は意味のない質問だなと思った。


「さあ。私には縁のない話だからね」


 やっぱり。南の子供時代なんて、いつの話かもわからない。話す気もなさそうだし。


「なら今年は私からプレゼントを送ろう」

「ほんと? なら私あれが欲しい」

「あんまり高いのはなしね」

「じゃあいらない」

「おい」


 何を思い浮かべていたのか。失礼極まりなかった。

 でも、プレゼントか。

 千崎がさっと見渡すだけでもギフトだなんだと、街はクリスマスに染まりつつある。改めて考えると、南へのプレゼント選びは難しそうだった。

 あまり、千崎は南のことを知らない。南が欲しがるものなんて、千崎の血液、とかだろうか。

 悩むな。これなら多少高くても先程の話を聞いておけばよかった。

 それから、千崎はまた別のことも考えていた。

 クリスマス、なのだ。せっかくのイベントなのだから、遊びに誘うくらい、いい気もする。


「あのさ南、二十四日なんだけど」


 千崎が予定を聞きかけたとき、突如幼い人影が南に飛びついていた。


「お姉様!」


 その幼い人影、幼い少女を南は抱き抱える。


「やっと会えた! 探したんだから」

「……エリス」


 南はその少女をエリスと呼んだ。エリスと呼ばれた少女は無遠慮に南に抱き着いては頬を南に擦りつける。


「あーお姉様お姉様お姉様お姉様……」


 狂気染みていた。エリスは何度も南を呼んでは抱き着く力を強める。

 千崎はあまりにくっつき過ぎじゃないかと、南に問い詰める。


「南、その子誰」

「あ、いやこの子は……」

「言えないの? 言えないような関係なの?」

「違うって。えっと……この子は妹みたいなもので」

「妹? 全然似てないけど」

「だから、妹、みたいなもので」


 千崎は南が弁明する度苛立っていく。

 そういえばこの少女、見覚えがある。確か、マスターに見せてもらったアルバムにいた、ような気がする。


「あのさ」


 エリスが口を開いた。


「誰? この女」


 開口一番、偉そうな物言いの少女だった。千崎は額に力が入りかける。


「誰? はこっちの台詞だよ。お嬢さん。年上に対する態度がなってないねえ? ええ?」


 終始上から目線のエリスと喧嘩腰の千崎。挟まれる南は左右に視線が泳いではこの場を収める台詞が思い浮かばないのか、口をぱくつかせていた。


「何が年上よ。このガキ」

「なっ、誰がガキだって? このちんちくりんが」

「はっ。あなたも大して変わらないじゃない」

「鏡見てから言えちびっこ」

「デカければいいってものでもないでしょう?」


 口の減らない少女だった。だが相手は子供、冷静になれ。

 千崎は改めて少女を南から剥がして見下ろす。その姿はまるでお人形さんだった。ドレスのような私服に、巻いて結われた髪は南と同じ色。ぱっちりと見開かれた瞳は千崎を真っすぐに捉えていた。


「もしかして……」


 千崎はある可能性に思い当たる。


「南、この子吸血鬼?」

「……そう。とっても面倒な吸血鬼」


 エリスは南に面倒と言われてショックを受けていた、


「お姉様……?」

「エリスいい? 私は今綾とお出かけ中なの。邪魔してほしくないの。わかる?」

「なにお姉様。このしょぼい人間がお気に入りなの? ……わかった。この人間、消す」

「待ちなさい」


 南の手刀がエリスにお見舞いされる。


「痛い! お姉様痛い!」

「エリスが悪い。あとお姉様って呼ばないで」

「嫌だ! お姉様はお姉様なの!」


 南が手を焼いている。どうやらこのエリスとかいう少女。相当な我儘お嬢さんらしい。


「お姉様は今日私と遊ぶの! じゃないと私帰らないから!」


 エリスはその場に座り込むと早く消えろと言わんばかりに千崎を睨みつける。


「ええこわ……。南、私めっちゃ睨まれてるんですけど」


 南は大きく溜め息をつくと、目を伏せて千崎に謝った。


「ごめん綾。今日は先帰ってて」

「……え? 私?」


 まさかの千崎が帰らされるパターンだった。

 エリスがこれでもかと笑いを堪えている。


「ざまあみろゴミ人間。お前の居場所はないのよ」

「……ムカつくガキね。一発食らわないとわからないかな?」

「綾、それはやめておいたほうがいい。エリスはちょっと黙ってて」


 両者、南に窘められる。


「ごめん綾。もうわかったと思うけど。こういう子なの」


 南はエリスを撫でてあやしながら片手で空と手を合わせる。

 その姿には南も相当手を焼いてきたようで。

 千崎は潔く諦めていた。


「夜には帰ってくる?」

「ごめん、それは約束できないかも」

「そう。……なら、ちゃんと連絡して」

「わかった。絶対する」


 それなら、いい。

 千崎は無言で頷く。南はほっとすると千崎に手を降り、エリスの手を引いて行く。

 千崎も軽く手を振り、二人を見送ったら家に帰ることにした。



          *



「ほんっとうにごめん!」


 翌日。南は家に帰ってくると早々に、深々と謝罪をしていた。


「あの子言っても聞かない子で」

「それは、わかるけど」

「だから、ね?」


 南は許しを請う。


「わかったって。そもそも、私怒ってないから」

「そうなの? でも前は……」


 前って、いなくなったときのことだろうか。


「別に、ちゃんと連絡きたし、突然いなくなったわけでもないし。だから怒ってないよ」

「そっかー……」


 南は力が抜けていく。はて、以前の私はそこまでの激怒でもしていただろうか。


「それよりさ、あの子なんなの? エリスって呼んでたけど。吸血鬼の知り合いなんだよね?」


 突然現れて、南を攫っていって。謎だらけの子だ。


「あー、うん。あの子はね、私の妹なの」

「妹? 南は妹がいたの?」

「正確に言えば妹じゃない。もっと正確に言えば、あの子が勝手にそう言ってるだけ」

「ならただの吸血鬼の知り合い?」

「そう、とも言えない。私があの子と深く関わっているのは事実だから」


 南は言葉を濁す。

 以前からそうなんじゃないかと感じていたが、南はあまり過去を話したがらない。


「わかった。とりあえず南も大変なんだな、くらいに思っておく」

「ありがと。そうしておいて」

「ところでさ」


 千崎はどうしても聞きたいことがあった。


「あの子っていくつなの? やっぱり私より年上?」


 気になる。南や奈緒は、なんとなく年上、で片づけられる。でもあのエリスって子は無理だ。

 だって見た目幼女だもん。幼いもん。完全に子供じゃん。


「うん。ずっと年上だよ」


 やっぱりだった。しかもずっと、か。


「だから綾、エリスのことはあんまり刺激しないでね? 怒ると手がつけられないから」

「南はあの子のこと怒らせたことあるの?」

「それは……」


 これも、どうやら内緒のようだ。


「いいよ無理に話さなくて」

「……ごめんね綾」

「謝んないでよ」


 むずむずする。

 これは直感だ。あの子は、エリスは南の過去に根強く繋がっている気がする。だから、もやもやする。無理に話さなくてもいいと言った手前、これ以上は聞き出せない。

 千崎はもやつく気持ちを胸の内にしまい続けるしかなさそうだった。

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