第15話

「やっば、遅刻だってこれ」


 千崎はスマホの時刻を確認してから飛び起きていた。


「南起きて。遅刻だから。単位落とすから!」


 千崎は隣で眠りこける南を叩き起こす。だが南からは鈍い反応が返ってくるだけだった。


「いいよ……。おとしとこ……」

「駄目だから。早く起きなさい」


 めげずに起こしていると南は目を薄っすらと開ける。千崎は煙草とライターを南に押しつけ布団を引っぺがすと自分の支度を始めた。



          *



「ほら早く。煙草は終わり!」


 南は支度を済ませてからもまた煙草を吸っていた。千崎はそれを取り上げ灰皿に押しつけると南を玄関の外へと引きずり出す。


「うわっ、寒いって」


 外の空気はしんしんとしていて、肌に突き刺すような寒さが目前に迫っているようだった。

 千崎は南を引き攣れて大学まで向かう。道中、南はずっと眠そうだった。

 大学まで来ると、入り口で咲宮とばったり出くわす。


「お。おはよう千崎。今日も仲が宜しいことで」

「おはよう咲宮。ちょっと黙ってくれるかな」


 南と同じ屋根の下暮らし始めてから、一ヶ月とちょっと。咲宮にはよくこうしてニヤつかれるようになっていた。

 一緒に暮らしてることは言っていないけれど、こう毎朝二人でいれば怪しまれもする。咲宮だけではない。同じ学部の人たちからも、だ。

 ともかく。そういったことはあれど。南との共同生活は。まあまあ順調だった。



          *



「綾。今日はビーフシチューでどうだろう」


 夕刻。千崎は南のスーパーへ買い物に来ていた。


「いいじゃん。でも私は作れないからね」

「綾はいっつもそうやって私に押しつける。教えるから、綾も一緒に作ってみようよ」


 南に指摘されて千崎は返す言葉もない。ご指摘通り、千崎はいつも料理当番を南に押しつけていた。


「だって。南が作ったほうが美味しいし」

「一緒に作るともっと美味しいよ?」

「いいや。絶対そんなことない。私、料理下手だから」


 千崎にできるのは電子レンジで温めるのと、パンを焼くくらい。


「なにさ、じゃあ今日はビーフシチューやめる。レトルトカレーにする」

「待ってください手伝うので。手伝いますから」

「初めからそう言えばいいのよ」


 南は手に持っていた具材を籠に入れる。どうやらちゃんと作ってはくれるらしい。


「それで? 今日はどうするの」


 南ははお酒コーナーの前まで来るとよく飲んでいるビールの缶を持って訪ねてくる。


「そりゃあ、週末だし? 朝までじゃない?」

「だよね」


 南は缶を次々と籠へ入れていく。相変わらず、吸血鬼はよく飲むみたい。

 買い物を済ませたら、南と並んで家に帰る。

 南は買い物の袋を揺らしながらご機嫌そうに鼻歌を口ずさんでいた。


「ね、綾は今日何見たい?」

「うーんと。今日はホラーで」

「ええ? この前途中で見るのやめるのに?」

「今日は最後まで見る、予定」

「嘘つき」

「嘘かどうかはやってみなきゃわかんないよ?」

「わかる。何故ならこの前も同じこと言っていたから」


 ぐうの音も出ない。


「南は何見たいの?」

「私はゲームがしたい」

「ほんと好きだね」


 南は一緒に住むようになってから、より一層ゲームに手をつけることが増えた。特に夜中。吸血鬼だからなのだろうか。南は夜になると途端に元気になることが多い。


「でもその前に」


 南は千崎の首にそっと鼻先で触れる。

 言われるまでもない。千崎は首の傷痕を擦りながら笑みを返した。

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