第12話
あれから、千崎は南のいない日々を過ごしていた。だが、寂しさや焦りはなかった。
奈緒に話を聞いて、わかったことがある。吸血鬼は時間の感覚が違うのだ。彼女たちは長い時を生きている。言葉にすれば当たり前で、単純なことだった。
日が暮れれば徐々に肌寒くなってきた、十月初旬。南もいないから、千崎は一人部屋でビールの缶をあけると、玄関からら部屋にチャイムが鳴り響く。
「はーい」
折角これからだったのに。千崎は重い腰をあげて玄関に向かう。扉をあけると、飛びついてきのは懐かしい香り。
「綾」
そう名前を呼んで抱き着いてくるのは、南だった。
「南⁉」
驚きも束の間、南は千崎の肩にかかった服をずらす。そして躊躇なく首筋に噛みついた。
「南……、いきなりだって……」
ぴくつく手で千崎は南の髪を耳にかける。その南の横顔は、必死だった。ただ欲するがままに、血を吸っている。
千崎は南を玄関に引き込む。扉を閉じて背中を預けたら、南の背に手を回した。
「どこ行ってたんだよ、ばか」
*
「いやー、ごめんね? 急にいなくなって」
千崎の部屋で、千崎が飲もうとしていたビールに手をつけ、千崎の晩ご飯を遠慮なく食す南は、けろっとしていた。
いなくなってから約一ヶ月。彼女にとっては大した時間でもないのだろう。奈緒の話からすれば、むしろ早く戻ってきたほうか。
「南、なにしてたの」
「ちょっと旅に? 自分探しってやつだよ」
「それはご自由にだけど。連絡ぐらいしてよ」
「綾、怒ってるの? ごめんって。ほらこれ食べて機嫌直して」
それはもともと私の晩ご飯だ。
「自分探しって。何かあった?」
「別に? ちょっとそういう気分だっただけ」
南はなんてことなさそうにビールを飲み干しておかわりを要求してくる。それが嘘か誠か。千崎には判別つかなかった。それも、当たり前だ。生きている年数が違うのだから。
だから、だろうか。知りたくなったのだろうか。
千崎はビールのおかわりを手渡しかけて、止まった。
「……綾?」
「……今日、泊ってかない?」
言っておいて、千崎は頬が熱かった。
「え? まあいいけど。もしかして会えなくて寂しくなっちゃった?」
南は冗談交じりに揶揄う。だが千崎は真面目に受け取ってしまった。
「……そうだよ。さ、さみしかった」
あまりに真面目に言ってしまったものだから。南も言葉に詰まる。
「あえ⁉ そ、そっか……。そうなのか」
気まずい無言の時間。暫くして、南は口を開いた。
「……いいよ」
たったそれだけの一言が、千崎は無性に嬉しくて。無意識の笑みでビールを手渡していた。
「ねえ南」
千崎は口調も軽い。
「私、マスターさんに会ったんだ」
「マスターって、あの喫茶店の?」
「そう。昔の南見ちゃった」
「まったく……。あの人堅物に見えて結構口軽いからなあ……」
「昔の話も聞いた」
「どんな?」
千崎は高揚しながらも、上がっていた口角を下ろしていく。
「南は不器用だって」
「そんなことないって」
「いや、南は不器用だと思う」
「だからそんなことは」
「なら……! 連絡ぐらいしてよ」
また、千崎は無言の時間を作ってしまった。不穏な千崎に、南は目を丸くする。
「綾……?」
「私初めは結構心配したんだよ? 奈緒さんから話聞いて、ちょっとおちついて、そういうば南は吸血鬼だったって。でもさ、吸血鬼でも、やっぱり心配はするんだよ。だから……!」
言いかけて、千崎は止まる。だから。だからなんなのだろうか。
続きが迷子だった。言い切らないから、南も反応に困る。
「……その、ごめんね? 次からは気をつけるから」
「……駄目。また同じことしそう」
「えぇ? ……じゃあ、もう離れないから」
「本当に?」
「本当に」
それなら、いいんだ。
千崎は持ったままだったビールの缶を開けて一気に飲み干す。
「あ、私の」
「私のだし。今日は付き合ってもらうからね。いない間、話したいこと一杯溜まってるんだから」
「はいはい、わかりました」
南はすんなりと付き合ってくれる。
千崎は追加でお酒を買いに行って。南に料理を作らせて。久々に夜を明かした。
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