第10話

「一日、終わっちゃうね」


 ベッドの上で星空を眺めながら、咲宮が呟く。

 夜の静けさ。千崎は友人四人、同じ部屋で並んで寝るなんて初めてで、むず痒かった。


「咲宮は、まだ物足りないの?」


 千崎が訪ねると、咲宮は目を擦る。


「そんなことない。大満足。ちょー眠い」

「それならよかった。これで充実できた?」

「できた。夏感じた」


 千崎は寝返りをうって南に顔を向ける。千崎の上側にいる奈緒はもう寝てしまっていた。 


「南、起きてる?」


 南の背中に問いかけると、南の顔が向けられる。


「起きてるよ。なに、寂しい?」

「揶揄わないで」 


 南は軽く微笑んだ。


「今日は楽しかったよ。ありがとう叶。言い出してくれて」


 南が咲宮に話しかけると、返ってくるのは寝息のみ。咲宮も眠りについてしまったようだった。


「寝ちゃったか」


 南は仰向けになって星空に視線を送る。そして突然起き上がると、千崎のベッドに潜り込む。


「はっ……⁉ どうしたの」

「ちょっとだけ。食後のデザートみたいなものだよ」


 南は千崎の手を取ると小指を掴んで口に運ぶ。そうして千崎の指先にかぶりついた。

 唾液混じりの吸血音が室内に微かに響く。少量で満足したのか、南はすぐに口を離した。


「ごちそうさま」

「お、お粗末様です……」


 吸い終わったのに、南は自分のベッドの戻らない。


「いつまでいるの」

「うーんと。綾が寝るまで?」

「はよ戻れ」

「そう言わないでよ」


 南は千崎の腕を絡めとるとそのまま抱き着く。まだまだ離れる気はなさそうだった。


「……今日は、随分と甘えたさんだね」

「そういう日があってもいいでしょ?」

「まあ、悪くはない。かも」


 千崎も、無理に剥がす気はなかった。


「南、今日一緒に来れてよかったよ。なんか今日は、南のことほんのちょっと知れた気がする」


 それこそ、吸われた小指の先程度な気もするけれど。


「とりあえず南は禁煙したほうがいいよ」

「私たちの身体にはあれくらいどうってことないよ?」

「そうかもだけど。気分的にさ」

「嫌だ。絶対しない」

「言うと思った」


 南は抱き着く腕の力を抜いていく。本格的に、このまま寝てしまいそうだ。


「ねえ。綾は、……そうだね、聞き方が難しいかな。……うん、そう、だれかと結婚したいと思ったことはある?」


 南はふざけたことを聞いてくる。千崎の恋愛歴を知っていてこんな質問、できるものなのだろうか。


「……ないに決まってるじゃん。私まともに恋愛してこなかったんだから」

「それもそうだ。私と一緒だね」


 ……一緒なんだ。


「綾、このまま寝ていい?」

「駄目に……。決まってる。朝、どう言い訳するの」

「そんなの、適当よ」

「考える気ないでしょ……」


 南は腕の力をどんどん抜いていく。これに離れろと言ったところで。どうしようもなさそう。


「……おやすみ、南」


 千崎はそれだけ言えば十分な気がしていたけれど。足りないように思えてもう一言足した。


「また一緒に来ようね」


 暫し待てど、南からの返事はない。もう寝てしまったようだった。

 千崎は、南の寝顔を眺めて、そっとベッドから起き上がる。それから隣のベッドに移動して。微かに南の香りが残るベッドで目を瞑った。

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