第7話
「あー、冷房最強ー……」
バイトから帰って、千崎は自室の冷房で涼んでいた。
「今年も熱いなあ……」
窓から外を眺める。その景色は千崎には揺らめいて見えた。
七月下旬、大学も夏休みに入り暇に暇を極めた千崎はバイトのシフトを昼にも増やしていた。だがこの季節、舐めていた。行き帰りだけでも汗が吹き出る。
千崎は服を脱ぎ散らかし、風呂場に向かう。
いざシャワーを浴びようとしたタイミングで、玄関のチャイムが鳴った。
まじか、と。間の悪さに苛立ちながらも適当に服を着て玄関に向かう。
扉を明けると、そこに立っていたのは南と奈緒だった。
「遊びに来た」
「来ちゃいました」
なんだこの組み合わせは。
南はゲームショップの袋。奈緒はお菓子の包みを持ってえへへ、みたいな顔で部屋に押し入ろうとする。
「お邪魔しまーす」
家主なんて無視して二人は家に上がり込んだ。南なんて勝手に冷蔵庫を明けて飲み物を拝借している。
「あの、お二人さん。何しに来たの」
「だから」
「遊びに」
二人で息ぴったりに言う。
「……わかった。適当に遊んでていいから。私お風呂入ってくるね」
千崎が風呂場に再び向かうと楽しそうな声が聞こえてくる。
とても謎だった。この間、険悪そうな雰囲気で別れてたよね?
*
「なにこれ……」
千崎が風呂から上がると、余計に謎めいていた。なぜか、咲宮まで一緒になって遊んでいる。
「あ、千崎。お邪魔してまーす」
「はい、お邪魔されてます」
三人はゲームを囲んでやいのやいのと遊んでいた。
「あの、なんでいるの」
咲宮が振り返る。
「私? 暇だったから」
「南は?」
「ゲームしたくて」
南は買って来たゲームを得意げに見せる。
「奈緒さん? は?」
「ばったり南さんと会って」
千崎の疑問へ三者三様に答えると三人共、またゲームに集中していた。よくよく見ると机にはお皿にコップに、咲宮なんてお菓子をぼろおろと零して。やりたい放題だった。
ただ、楽しそうなので千崎は何も言わなかった。険悪そうだった南と奈緒が仲良くし、咲宮も普通に他人と交流している。なら何も言うことはない。
「綾も、入って」
南は風呂上がりに冷房の下で涼む千崎へコントローラーを渡す。
「はいはい。やりますよ」
これは、小学生以来だろうか。大人数でもゲームが始まった。
「ところでさ、千崎」
咲宮が話しかけてくる。
「集中を乱そうったってそうはいかないよ」
「じゃなくて。この人誰」
咲宮は奈緒に視線を送る。気づいた奈緒は自己紹介を始めた。
「初めまして。西園奈緒です。吸血鬼やってます。奈緒ちゃんって呼んでね」
とんでもない自己紹介をしていた。千崎はまずいと南に視線を送るが南は微動だにしていない。
「へえ吸血鬼。私の血、吸う?」
千崎の心配を余所に、奈緒と咲宮は交流を始めた。そうだ。吸血鬼なんて、単なる冗談としか捉えられない。
「綾、お茶」
南は我関せず、そして我儘にお茶を要求してくる。
「自分でやってよね……」
文句を言いながらも千崎は南のお茶を注ぎに行く。
ふと、千崎は部屋を眺めると、その光景に心がそわついていた。
*
「暇よね」
ゲームに飽きた咲宮が壁に持たれながらぼやく。
「そう思うない? 千崎」
千崎も、ゲームに疲れて未だ遊ぶ吸血鬼たちの背中を眺めていた。
「うん、暇すぎてバイト増やした」
「またバイト? 千崎さあ、もうちょっと、こう。あるでしょ」
「しょうがないじゃん。他に何したらいいかわかんないし。てか、咲宮のほうこそ、どうせバイト以外してないんでしょ? 私しか友達いないし」
「まあね」
「肯定しないでよ」
「事実だし」
咲宮はお菓子を頬張る。また零していた。
「千崎はさ、最近どう? まあそこの二人を見る分には、私と違って楽しそうだけど」
「そう大差ないよ。確かに、南と飲み入ったり、遊ぶことは増えたけど」
「花火もしたよね」
南が口を挟んでくる。
「あら、楽しそう」
咲宮は何か含みのある笑みを浮かべていた。
「その笑いなに。気持ち悪い」
「ちゃんと楽しでるなって思っただけだよ」
「私に襲われたりもしましたもんね」
今度は奈緒が口を挟んでくる。
「襲われた……? 千崎、あんた……」
「違うから。語弊があるから」
驚愕する咲宮に、事情も事情でこれ以上言いようがなかった。
「でもそっか。千崎は充実してるのか……。ずるいわ」
咲宮は立ち上がると千崎の肩を掴む。
「わかった千崎」
「私はわかってないよ……?」
「キャンプに行きます!」
「私は何もわかってないよ……⁉」
堂々と宣言する咲宮に、何故か吸血鬼二名も手を上げて賛同していた。
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