第3話

 講義というものはどうしてこうも退屈なのだろうか。千崎はあーだこーだと言ってる教授の襟にしか目がいかなかった。

 今日も立ってるなー……。

 わかっている。私に意欲がないから退屈なことくらいは。

 でも、今日は許してほしい。だってそうだろう。集中なんてできやしない。隣に彼女がいるのだから。


「千崎、今日は来てくれる?」


 隣では例の女性。南エリサと言うらしいのだけれど。今日も編み込んだ可愛い髪をして、千崎を誘っていた。


「南さん、講義中だから」

「でも千崎、集中してない」


 南は揶揄うように千崎の耳へ息を吹きかける。

 千崎は声を上げそうになり、南へ怒りを露にした。


「あのさ……! 私何度も言ってるけど」

「覚えてないのよね」


 南は千崎の口を指で閉ざす。


「でも関係ないのよ。私が吸いたいから吸うの。それだけなの」


 まるで、自分が世界の中心かのような物言い。

 そう。彼女は、南は吸血鬼で。そして私は一度ではなく。二度も吸われてるらしい。


「いいじゃない。あなた気持ちいいんでしょう? 吸われるの」


 南はわざとらしく小声で、千崎の耳元で囁く。それに千崎は肩を震わせていた。


「気持ちいいとかの問題じゃない……」


 そう拒絶すれば南は残念そうに千崎から離れていく。

 これがここ最近の、千崎の日常だった。



          *



「どうしたらいいのかな……」


 お昼を共にするのは同じサークルの同期。咲宮叶。彼女は大学で初めて知り合った、まあ友人だ。


「どうって、あれよね。新勧でお持ち帰りされてたあの……」

「お持ち帰りはされてない!」


 咲宮は「はいはいそうだねー」、なんて軽くあしらう。

 本当なのに! 覚えてないけど。

 血を吸われただけなのに! まあ覚えてないけど。


「変なの。あの人変なの。私は逃げたいの」


 もう何度目だろうか、この台詞。咲宮も聞き飽きているのか無反応だった。


「ねえ叶。どうしたらいい?」

「どうって。逃げれば?」

「だからー……」

「だからじゃないよ。綾、本気で逃げる気ないでしょ」

「そんなことは……」


 ない、はずだ。迷惑してるのは事実だし。


「綾はさ。意思が弱いのよ。流されるがままってゆーか。二十にもなって、待っていれば王子様ぐ迎えに来るー、とか思ってるし」

「なっ! いいでしょ別に夢見たって」


 咲宮が揶揄うものだから千崎はむっとしてしまう。


「でもそうね。珍しいっていうか。初めて見るわよね。あんな南さん」

「そうなの?」

「だってあの人、特定の子と仲いいの見たことないもん。凄い美人でしょ? で、人当たり良くて、誰とでも仲良くて。でも浮ついた話は聞かなくて。確かに、変ではあるか」


 咲宮はトマトをつまんで、千崎の口に放り込む。


「でもま、いいんじゃない。美人と仲良くなれて」

「そんな軽い話じゃないんだよう……」

「じゃあどんな重い話なのよ」

「それは……」


 言えないでしょうよ。吸血鬼とか。血を吸われたとか。これからも吸おうとしてるとか。ばらしたらどうなるかもわからないし。


「ほら、軽い話じゃない」


 適当だった。互いに嫌いなトマトを食べさせおってこの……。


「もう一個食べる?」

「食べません」


 ムカつくから残ったトマトを取り上げて口に放り込んでやった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る