第2話
「しゃーせー」
聞き飽きた入店音。千崎はだるそうにコンビニの制服を着て、レジに立っていた。
「しゃーせー」
来る日も来る日も客が来る。こいつら全員爆発すればいいのに。
「十四番、お願いします」
「はーい」
言われるがまま千崎は煙草を手に取り、レジに通す。後は会計だけなのだが、何故か客は微動だにしなかった。
「あのー……」
千崎が顔を上げるとそこには目を擦りたくなる程の綺麗な女性。後ろで束ねた栗色の髪と、美形の顔立ち。シャープな目尻と、引き込まれそうな瞳。
「ねえ、バイト。いつ終わる」
その女性の発言に、千崎は目を丸くした。
こ、こここれは、俗に言う……。ナンパ……⁉
「あの、私そういうのはちょっと」
「いつ終わる」
間髪入れずに、女性は引き下がらない。どうしよう、こういうのってどうあしらったらいいの……。
そうしてまごついていると、女性は勝手に煙草をレジに通し、お金を置いていく。
「私、外で待ってるから」
それだけ言い残して、女性は店を出ていった。
「あざしたー……」
腑抜けたまま見送れば、女性は本当に外で待っている。
現在時刻十九時四十五分。後十五分で、煙草は何本吸えるのだろうか。
*
「やっときた」
バイトも終わり、千崎は女性の前に出ていった。本当は逃げてもよかったのだけれども。律儀に待っていてくれたから、なんとなく。悪い気がして。
何を言おうか、千崎が迷っていると女性は吸いかけの煙草を消し、千崎の手を取る。
「ちょっと……!」
手を離そうとしても女性はしっかりと千崎の手を握って勝手に歩き出す。その強引さに千崎は力を緩め、されるがままだった。
自分の家とは反対方向、十分くらいだろうか。歩いて着いたのはお高そうなマンション。足を止める間もなく女性は中に入り、自室の前に着くと鍵を開け、千崎を中に連れ込む。
そしてあろうことか、そのままベットに押し倒した。
「さあ、始めましょうか」
「ちょっと待って!」
そう言うタイミングは山ほどあったはずだが、千崎はここまできてようやく口を開く。
「なに?」
「なに? じゃない! 何してんのお姉さん、痴女⁉」
「失礼ね」
女性は大層不服そうだ。いや、でも。これは痴女だよ。
「いいじゃない。初めてでもないし」
「まって! 私初めて! テイソウダイジ!」
覆い被さろうとする女性を千崎は手で押し返す。すると女性は意外そうな顔をした。
「……初めてなんだ」
「そう! 初めて! だから勘弁してください!」
女性は千崎から顔を離した、
「ごめんなさい。そういうことをしたかったわけじゃないの」
と思ったら飛びついてきた。
「私がほしいのはこっち」
女性は徐に、千崎へ顔を近づける。
ああ、お父さんお母さんごめんなさい。私、運命の王子様じゃなくて美女に食べられます……。孫の顔は見せられません……。
千崎は全てを諦め、受け入れる。そして。
噛まれた。
「……は?」
吸っている。千崎の首を女性が吸っている。
「なにこれ……。って痛。……あれ、気持ちいい……?」
「……やっぱり気持ちいいんだ」
女性は口を離すとそれはもうご機嫌な笑みを浮かべて千崎の頬を撫でる。そんな女性の口元には、真っ赤な雫が滴り落ちていた。
「あれ……? あの、口に赤いのが……」
「あなた、もしかして覚えていないのかしら」
女性はベッドから立ち上がり、にかりと笑って見せる。そこから覗く八重歯は、それはもう尖っていた。
「私吸血鬼。よろしく、千崎」
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