恐怖の向き合い方
天を引き裂かんとばかりに立ち上る光の柱を見た時、本当に久方ぶりだが胸が躍ったのを覚えている。
あれは異界から勇者が召喚された際に生じる現象の一つ。彼方の世界の潤沢な魔素が流れ込み、本来観測不可能な筈が迸る奔流によって可視化されたのが光の正体だ。
歴史書の記述や実際に自分の目で見たものを含め、今まで見た中では格段に大きい。それが余計に私の胸を高鳴らせてくれる。
さて。彼方から勇者を引っ張って来るには二つの世界を繋ぐ“
勇者の中でもより優れた者を召喚する場合、凡百のそれではゲートの大きさも、強度も、全て足りない。人数が多くてもそれは一緒で、基本的に一人よりも二人、2人より3人召喚される方が格式高いものになる。
そして
(あの光量からして勇者50人分、いやそれ以上か。実際に何人
自然と出向く足が速くなる。人類の希望たる勇者を害する輩など普通は居ないのだが、生憎自身によって“普通”に分類されない連中をそこに向かわせてしまったばかりだ。
何人かは死なせてもいいが当たりが巻き込まれるのだけは防がねば。そう思い現場に到着した時、私は狐につままれたような錯覚を受けた。何故なら――
「成程、お前が今代の勇者か。中々に良い面構えをしている」
「ッ――!」
そこに居たのはたったの一人。
念のためスキルで周囲を探したが、やはり生きているのはアルシェ姫とそこで気絶している男のみ。後は全員死体へと成り果てたがその中に勇者は一人として居なかった。
まさか、あり得ない。この青年を通すためだけにあれ程のゲートが開いたとしたら、一体どれほどの
知りたい、確かめたい。何よりこの青年を絶対に逃がしてはならないと直感が告げている。
ならばどうするか、答えは簡単だ。
「答えよ。お前が勇者か? いや愚問だな。アルシェ姫が一緒の時点でそういう事だろう」
恐怖を与え、支配する。アルシェ姫が横に控えている時点で私が主犯であることは伝わっているだろう。
彼女を救うために召喚直後であるにも関わらず命懸けの戦闘まで繰り広げた青年のことだ。普通に勧誘しても拒絶されるのは目に見えている。だから脅して従えてやろうと、そう思ったのだが――
「やれやれ。素質があり過ぎるのも考え物だな」
「《
刹那、落雷――私のいる座標目掛けて劈くような閃光が落ちたかと思えば着弾地点を衝撃が覆った。中で不安定な電子同士が衝突しあい、周囲の至る所で稲妻が生じてはその度に大反響を奏でる。
「痺れるな。脳まで」
「心臓だよ止めたいのは!」
電気で編み込まれた帳篷を正面から突破し、腕を押さえに掛かる。これ以上の抵抗を封じるが為の行動だったが、掴んだと思った瞬間まるで煙に巻かれるが如く拘束をすり抜け、お返しのカウンターまでもらってしまった。むぅ、
「魔力を
湊が幻歩と名付けた特殊な歩法は、緻密かつ精巧な魔力操作以外に脳の錯覚を利用した彼独自の技術が盛り込まれている。あまりにも繊細過ぎるが故にアルシェの《付与魔法》で身体能力を倍加させた直後こそ使えなかったが、一度目の戦闘を経て適応し再び自分のものにしたのだ。
「近接泣かせとはこの事か。かと言って遠距離から攻めようにも……」
「
コレがある。効かぬと分かっていながら敢えて規模のデカい真空刃を連発するが結果は一目瞭然。逃げ道を塞ぐように放ったが難なく躱され、本命の一撃も拮抗することなく空中へと逸らし即座に間合いを詰められる。加えて――
「貴様、未来を視ているな? 先を読むにしても動きが早過ぎる。死角からの攻撃も通じんのではどうしようもないぞ」
「ハッ! 鈍くさいのは手前の責任だろうが。理解が及ばない理由を一々俺になすり付けるな!」
『俯瞰視』が視覚を除いた広域の視認化だとするならば、『未来視』は視覚に特化した究極の先読み術。
アルシェの「予知眼」ように何時間も先の事は分からないが、筋肉の動きや重心の位置、その他諸々の情報を反射的な速度で処理する。未来を読むにも等しいことから、湊はこれを『未来視』と名付けた。
「だが酷く消耗するらしいな。呼吸が乱れてきている」
「見間違いだろ。使えない目玉なんぞ刳り抜いてしまえ」
そして両方を併用して発動できる奥の手『俯瞰未来視』
『俯瞰視』で周囲を俯瞰するように見、そこから『未来視』で限りなく正解に近い一手先を読むのだ。これにより常に先手を取れるアドバンテージを得るばかりか、不意打ちなどの奇襲も意味を為さなくなった。
莫大な情報が絶えず脳に流れ込んでくるため流石の湊でも長時間の使用は控えていたが、事ここに至っては発動を躊躇う理由もない。
幻歩と
これらを総動員して何とか戦闘を優位に持って行けてるものの、逆に言えば惜しみなく披露して
「ふむ。大体分かってきた。では少しギアを上げるか」
「っ、――ちぃッ!」
実力が三つ四つ上の相手に優勢なのは分かった。では
答えは簡単。それでも戦えはする。
「だから視えてんだよ…!」
「ほう、この速度にもついていけるか。それは重畳」
死角からの攻撃。未来を読む力は健在だが身体の方が追い付かなくなっている。これはレベルアップと共に解決するだろう。次。
「その
「クソっ……
おお、これも受け流すか。今の感じからして攻撃を逸らすというより進行
しかし目論見通り、至近距離ならあの歩法でも躱せないか。高等技術を駆使しても所詮は騙し技。あれ単体の攻略難易度としては他のに比べて然程高くない。数多の戦闘スタイルや先読みと組み合わせて真価を発揮するタイプだろう。
「だがいいのか? 胴ががら空きだ」
無防備な腹部目掛けて蹴りを入れる。これだけ近ければアルシェ姫の介入もない。
振り上げた脚がそのまま減り込むと予想したが、これ以上ないというタイミングで身体を回転させると化勁で威力を分散し、衝撃を地面に流した。
「ぐは――ッ!」
「素晴らしい。断言しよう。これからも、そして今までも、貴様以上に素質ある勇者は存在しないとな」
もう何度目かも分からない神業に惜しみない称賛を浴びせた。だが殺しきれなかった分はそのままダメージとして残り、満身創痍の上から更に蓄積される。
最早立つことも儘ならない身体を無理やり動かしているに過ぎないが、私から警戒が解かれることはない。何故なら――
「上から、騙ってんじゃねえぞクソ猿がァ!」
「ふむ」
本当に、どういう
平和な日本から突然異世界に連れてこられ、右も左も分からぬまま大勢の野盗と殺し合いを演じたのだろう。やっと退けたと思ったら今度は私と戦い、実力差をまざまざと見せつけられた。
刺され、蹴られ、殴られる。
向こうの世界では通用しても此処ではレベル差が物を言い、自慢の戦闘技術もスキルで代用できプライドを傷付けられた筈だ。
自信を喪失し、自暴自棄になっても可笑しくない状況。
逃げ出しても誰も文句を言わない。そんな不幸の渦中に居ながら彼の目には一片の恐れさえ無かった。あるのは自身を虐げる私への怒りと反骨心のみ。
高い戦闘技術や類まれなる適応力も勿論彼の強みだが、彼を強者たらしめる最大の要因はこの
「いい加減大人しくできないのか貴様は」
「だったらお前が黙れ黒ノッポ!」
生意気な口の上から殴りつける。額に青筋が一本追加され更に口汚く罵ってきた。
傷口を抉るように剣で血を広げた。防御を捨て、意趣返しとばかりに二刀の切先を突き立ててくる。
あばらの骨を砕けば執拗に同じ個所を狙い中の臓器ごと粉砕しようとする。無理と分かればさっさと諦めてまた勝つことに集中する。
いや臆するだろう、どう考えても。
普通なら怖くて恐くて仕方ないはずだ。
何をどう間違ったら怒りのボルテージが振り切れるのか。恐怖とは生物の根源的な生存本能から来る自己防衛の一つである。そんな大事な感情を母親の胎内にでも置き忘れてしまったのか。
それとももっと前。遺伝子配合を組む過程で生存本能が消失する不幸に見舞われたのかもしれない。それなら確かにこの程度、異常事態とは言えない……のか? いや十分おかしいが。
「〝触れるもの塵と帰す厄災たれ〟 《
おかしいと言えば魔法もだ。召喚直後にも関わらず使い熟しているのは今更だとして、キレる度に魔力操作が研ぎ澄まされていくのはどういう理屈か。普通は乱れた分だけ精度も下がるが、最初ギリギリ中級魔法に収まっていたのが今はもう完全に上級魔法の域に達している。
先端がドリル状の風の塊を薙ぎ払い、幾つかに枝分かれしたそれを残さずただの魔力に変えた。これも最初は一撃で消し飛んでいたのが今は完全に処理するのに数回のアクションを挟まなければならなくなった。
しかしなんだ……段々と彼に対して容赦が効かなくなっているのはどういう事だろう。手加減を誤ることは無い筈がさっきから余計な怪我を増やしているだけな気がする。
「……何だてめえ、一丁前に
不快? その通りかもしれん。私はこの青年が嫌いだ。
「否定せんが貴様に言われるのは我慢ならん」
そんな目的すら失い恐怖を克服出来ないままでいる俺の前に、過去の自分を嘲笑うような存在が現れたのである。
為るほど面白くない筈だ。先程は短所として挙げたが、恐怖に鈍いことは俺にとって限りなく理想に近いものだったらしい。
だからそう……
「余計に貴様の心を折りたくなった。この身体と剣技以外何も残っていないが、それで貴様を屈服させるとしよう」
《P—12エリアにてイリーガルスキルの存在を確認
戒禁が発動し、条件を満たした該当者一名に状態異常『嫉妬』が付与されます》
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