急襲、そして敗北



 湊とアルシェの前を立ち塞がるようにして一人の男が姿を現した。男は全身厚手のコートにフードまで被っており顔は確認できない。しかしアルシェは知っている。この男こそ今回の悲劇を招いた元凶だと。


 同時に湊も底知れない何かを朧気ながらに感じていた。ヒリヒリと肌を刺すこの感覚は先程と比べ物にならない。つまりこいつは今まで戦っていた元騎士の男スヴェンよりも強いということだ。


「答えよ。お前が勇者か? いや愚問だな。アルシェ姫が一緒の時点でそういう事だろう」

「…っ!」


――重い。


 一言一言紡がれる度に鉛水を頭から叩き付けるような錯覚に襲われる。その感覚を一度経験しているアルシェも、やはり戦闘慣れしてないからか相手を凝視するだけで何も言えない。

 黒いフードの男はそんな黙ったままの二人に気を悪くするでもなく不敵に笑うのであった。


「これは僥倖。姫だけでも御の字だというのに勇者まで付いてくるとはな。つくづく自分の運命とやらを感じずにはいられんよ。こんな所まで追ってきた甲斐が有ったというものだ」


 アルシェを乗せているのとは反対の左手に力を込め、何時でも応戦できるようにする。

 確かめなくとも分かる。

 奴の風貌、そしてこの威圧感。奴こそがアルシェを追い詰めた元凶にして自分がこの世界に喚ばれる原因にもなった相手だと。


 顔は隠れていて分からないが、声の特徴からして三十代以上なのは間違いない。

 目の前にいる男は本当に自分達と同じ人間かと自問し、それが覆らない事に苛立ちさえ覚えた。状況を分析する中で脚に命令を働きかけるも反応が鈍い。脳は絶えず信号を送るも身体が完全に萎縮してしまっている。


「二人とも来てもらおう。なに、抵抗しなければ此方から危害を加えることはっ…」

「その言葉、せめて最初襲った時に言うべきだったな。お前の発言に説得力なんて無えよ」


 しかし、だからこそ適応・・できた。一目見て自分でも臆する相手だと看破した湊が、わざと己の中の恐怖心を煽ったことにより僅かな時間で『恐怖耐性』を獲得したのだ。

 一度見ただけの魔法からプロセスを理解、最適化し異なる属性の中級魔法まで発動した湊である。スヴェンとの戦いで知見を得ているため称号スキル以外の『通常能力』も既に我が物としていた。


「吹っ飛べ!」


 格下の相手と思って油断している隙に渾身の回し蹴りを叩き込んでやった。これで倒せるとは微塵も思っていないが、この場から離れる時間くらいは確保できるはずだ。


 だがそう思う湊の方こそ男を侮っていると痛感するのは、この直後だった。


「悪いが私も早々にこの場から立ち去らねばならないのでね。立ち話はここら辺にしておこう」

「っ!?」


 その言葉と共に男が消え、姿を見失う。


「こっちだ」


 だがその声もすぐ後ろから・・・・聞こえてきた。そして振り返るよりも速く湊からドスッという鈍い音が鳴った。


「っ! ん……ごふっ、!!」

「――っ、カナエ様!?」


 男が持つ剣で背中から胸にかけてを貫かれ、一拍遅れて認知した次の瞬間には口から血を溢していた。突き刺さった剣は位置的に高くアルシェには及んでないが、湊が崩れた拍子に腕から落とされた。


「悪いがアルシェ姫と共に来てもらうぞ。抵抗は止めておけ。私はお前達が生きて五体満足ならばそれでいいと思ってる。それさえ満たせば今のような行いも厭わぬぞ」

「カナエ様ぁ!!」


 湊の危機に気付いたアルシェが男の忠告を無視して駆け寄った。

 その瞬間、横から強烈な蹴りが見舞われる。蹴られた勢いで空中を横切った後、近くの木に叩きつけられるようにして止まった。


「ぁ、う……げほっ、げほッ! かはっ……」

「付いてこいと言った筈だ。抵抗も無意味だとな」


 その時にはアルシェの目の前まで来ていた男が剣を突き立て彼女を威嚇する。しかしアルシェも折れず、逆に男を挑発した。


「……やってみなさい。私は皆を殺した貴方を決して赦しはしない。況してや言いなりになるなんてこれっぽっちも有り得ないわ」


「ほぅ?」


 温厚なアルシェが今まで見せたことも無いような顔をして男を睨む。怒りに歯を鳴らし、翡翠色の瞳は呪い殺さんとばかりに激情に駆られていた。


「それなら致し方あるまい。多少痛い目を見てもらうしか――っ!」


 剣の先を向けようとするが、その時背後から迫り来る気配を察知し得物を振るった。すると腕に確かな衝撃を感じ、それと共に金属同士打ち鳴る音が響く。

 男は振り返った勢いで再度剣を薙ぐが、背後からの襲撃者は軽業師のような身のこなしでそれを躱す。そして体勢を戻すその隙を突いてアルシェの前に躍り出た。



「ほぅ。今の身のこなし中々だったぞ。それよりもう【特殊能力ユニークスキル】が発現したのか。よい、好いな。お前は実に好い」


「げほっ、ごほっ……! 黙れよテロリスト風情が。怪我には気を付けてたのに、これじゃあまたアルシェが心配するだろクソが」



 それを成したのは言わずもがな湊だった。胸に空いた傷を必死で庇い、同時に牽制も入れる。

 彼の手に硝子で模した刀のようなものが握られている。だが実際にはそんな模造刀とは比較にならないほどの強度がこれには備わっていた。

 何を隠そう、これこそが湊の特殊能力ユニークスキルにして数万人に一人しか発現しない特別な力。


 その名も【黎明の神器】――の形態の一つ・・・・・たる・・双刀・・だ。敢えて名を付けるとしたら黎明の双刀といったところか。


「カナエ様っ、今直します! どうか喋らないで!」


 アルシェの魔法によりたちまち孔が塞がるが、失った血までは戻ってこない。顔を青くしそれでも彼女を守ろうとする湊と、その後ろで彼を気遣うアルシェを男が興味深げに評した。



「成程、稀代の聖女は随分と彼に執心のようだ。盗賊から助けられて恋心にでも目覚めたか? しかもその白銀の毛色…フィリアムの人間ならば尚更といったところか」

「黙っ…」

「お黙りなさい。私の臣下だけでなくカナエ様にまで手を上げるとは無礼千万。このような蛮行は神セレェルが決して許しはしません」



 探るような男にピシャリと言い放ち、それ以上の詮索を断つ。


「神、か……くくっ」

「何がおかしいのですっ!」


 何時になく食って掛かるアルシェを軽く遇らい、双刀を構えた湊を通り越して視線を寄越す。


「本当に神とやらが救済を施すなら私も、盗賊こいつ等も、こういった愚行など行わないだろうに。それをせずただ崇め奉れとは滑稽なり」


 その皮肉めいた物言いに湊が眉を顰める。感情の機微に敏い今の彼には、男が哀しみに似た何かを帯びているように見えたのだ。



「勘違いなさらないことですね。神と云うのは人の行動を見て善悪を判断し、裁き、そして慈悲を与えて下さるものです。何もしない内から恩恵を享受しようなどと考えないことですね」


「成程な。どうやら私も思い上がっていたらしい。流石は〖救国の聖女姫フューネルハイツ〗、言うことが違うな」


「白々しいっ…!」



 悔しさを露にするアルシェの傍で治療と現状の把握に努めていた湊はやはり違和感を拭えない。目の前の男が、自分達を見ているようで全く別の何かを見据えているように感じるのだ。


 とは言え興味も無ければ聞く余裕もない。ここは逃げるが得策と判断し、後ろ手でアルシェを諌めた。

 現状どんなに高く見積もっても自分達が勝てる可能性はゼロだ。もっと言えば正面で対峙するこの状況で逃げられるかどうかも怪しい。先ずは隙を作り、それに乗じて逃走するという選択肢以外あり得ない。

 その事を尚も横で睨みを効かせているアルシェに伝えた。


(アルシェ、俺が隙を作って運ぶから今の内に《付与魔法》を頼む。それからその後の足止めも)


(分かりました。完了まで三十秒と少しです。その間私は準備を要しますので後は宜しくお願いします)


(それと悪いが部下の救出は無しだ。全力で逃げるぞ)


 アルシェにだけ聞こえる声で指示を出す。あれだけ諭した後で言うのも酷だが、それだけ事態は迫られていると言えた。湊が想定した中では少なくともこんなイレギュラーは存在し得なかった。


(はい……分かっております。彼等への手向けは後日行いますのでご心配には及びません)


(…悪いな)


(いえ。これも王族の定めですから)


 このやり取りをおよそ五秒で済ませると、早速アルシェが準備に取り掛かる。この間に男は襲って来なかった。

 余裕が有るからなのか、此方が何かしていても男は傍観に徹している。その様子に底知れなさを感じると共に憤りを覚えた。

 それは舐められることに対してか、アルシェをここまで追い込んだことに対する怒りなのか、将又はたまた両方か。


 ただ分かっているのは一つ。この男が気に入らないということだけ。



(準備完了致しました)


(よし、五秒後に出る。もっとこっちに寄って)


(はい)


 言われた通り身を寄せる。あとは湊に委ねるだけだ。


(5…)


「もう終わったか?」

「あぁ、お陰さまでな。随分と余裕みたいだな」


(4…)


「当然だ。私からは逃げられない」

「さぁどうかな。生憎と逃げ足の方はさっき鍛えたんでな。易々と捕まる気は無いさ」


(3…)


「そうか。ならばやってみるが良い。そこで無駄だと教えてやろう」

「ふん、やってやるさ」


(2…)


「忠告はしたぞ。お前達が逃げた瞬間に手段を問わず貴様らを捕らえる」

「生憎と脅しには屈しないんでな」


(1…)


「ならば最後に一つだけ言っておく」


(0…今です!)



「必要ない! 〝天まで鳴り響け〟《紫紺雷光砲ブルパノイト》」

「捕らえて、【物理結界フィジスト】!」



 合図と同時に自身が持つ強化系スキルを全て開放し、次に【天付七属性】から《雷属性》の中級魔法、《紫紺雷光砲ブルパノイト》を叩き込んだ。

 初級魔法とは段違いの威力を秘めた深紫の魔法は敵めがけて一直線に迫ると、その直前で拡散。内包する電気を全てをぶちまける。円球ドーム状に放たれた雷は周囲にあった木々を焼き、黒煙を起こし、衝撃で砂埃が高く舞い上げた。

 それをアルシェの【結界魔法】で囲んで足止めを狙う。ついでに言えば酸欠などの二次被害も意図してあるがそこら辺は望み薄だ。


 アルシェを担ぎ上げると男に一瞥もくれることなく反対側の道を突っ走った。


 【黎明の双刀】――アルシェを抱えるため右の刀は放り捨てた――の身体強化に加え、アルシェの付与併用ともなれば弾速に匹敵する。微妙に調整を効かせながらも最初以上の速度を叩き出したそれは、普通なら眼で追うのもやっとな程。

『思考加速』が無ければ何処かの木にぶつかっていたかもしれないが、逼迫した状況でそんな無駄な事はしていられない。


 紫電が撒き散らす破壊音から遠ざかっているのを確認し、揃って安堵の笑みを浮かべた。





「一つだけ伝えておく」

「なっ!!?」


私を舐めるな・・・・・・


 ドス――


「う、があ”ぁっ!!」

「え…っ、カナエ様!?」


 背後から声が聞こえたかと思えば背中に三太刀受け、続けざまに治したばかりの孔をまた開ける事になった。


 急速に力を無くしていく身体は自重を支えることも儘ならず、推進力が失われたとはいえ半端ない速度で疾駆していた二人は勢いを残したまま前に放り飛ばされる。

 しかし湊がアルシェを抱いて咄嗟に身を庇った。そのせいで受け身が取れず、二転三転と叩きつけられて盛大にダメージを負うことになる。


「はあ…はぁ……ぐっ…」

「す、すぐに治療を…!」

「――ッ! 退けっ、アルシェ!」

「あっ! だ、駄目!」


 傷を塞ごうと手を翳すが、その前に湊がすぐ側まで来ていた男に気が付き痛みを厭わず果敢にも立ち向かう。アルシェが手を伸ばすが願い虚しく空を切った。


「…これは驚いた。貴様本当に向こうから来たばかりの人間か? 痛みでとうに意識を失ってもおかしくないぞ」

「う”、お”お”ぉぉあ!」

「面白い。どこまでやるか私に見せてみろ」


 湊の気迫に何かを感じたのか、男が不敵な笑みを浮かべるとそこから戦闘は高速なものへと発展していく。

 湊の【黎明の双刀】を真正面から受ける剣は当然スキルで何かしらの強化が為されている。しかも男が使っているのは盗賊達が持っていたようなナマクラではなく剣そのものに魔力が宿った業物――魔剣だった。


 意思ある悪意とまで云われる魔剣は過去の遺産である迷宮ダンジョンの最奥に置かれていることが多く、一攫千金を狙う冒険者がこぞって奪い合うような代物だ。

 使用者を自分で選び、気に入られなかった者が無理に扱えば魔力どころか生気さえ奪うとされるが、一度気に入られればその後死ぬまで付き従うという。

 魔剣は使用者の魔力を喰らいそれを自分の持つ魔力と同化させることで本来の力を発揮する。その力こそが魔剣の厄介なところだ。


 能力解放時の身体能力が爆発的に上がるのなんて当たり前。『通常能力』の2つや3つ授かることもあるし、名の知れた魔剣なら適性以外の《属性魔法》だって扱えたりもする。

 魔力消費が激しいのが珠に傷だがそれを差し引いても買い求める貴族が後を絶たない。

 魔剣が持ち主を選ぶのに基準は無いが、往々にして好みの性格をしてればそれだけで主人と認められるのでそれに夢を見る者も少なくない。


 湊は『双刀術』と普段の数十倍の身体能力でゴリ押しするがそれもどこか鈍い。胸の孔だけでなく背中に受けた三本の傷が彼の動きを阻害しそのせいで軽く遇われる。その痛みは一歩踏み出す毎にジクジクと焼くような不快感を押し付けた。


「ぐ……っら”あ”っ!」

「そんなものか? 脇が隙だらけだ」

「ごふっ…!」


 また一つ孔を空けられる。脇腹を貫いた衝撃はすぐに痛みへと変換され湊の思考を鈍らせた。


「まだっ―――だあっ!」

「そうだ、その意気だ。もっと私に見せてみろ」


 霞む意識を意思の力で黙らせ、斜めに傾きかけた身体を右脚で踏ん張るとその体勢から一回転して左脚から強烈な蹴技を見舞った。

 無論それで終わるとは思ってない。易々と防がれたのとは反対の、地面に着地した方の脚に力を込めると男を踏み台にして思い切り跳躍した。


「態々逃げ場のない空中に逃げるとは。窮策の極みよ」

「はっ! 所詮はスキルの恩恵か。そういうお前には無理だろう、なあッ!!」


 そこで上と下に互いを位置付けると、また技の応酬を繰り広げていく。いくらレベルを上げ能力を高めようが元々の戦闘センスまでは磨けない。だから脚に力が掛からないだけで無理と言えるのだ。

 空中に身を置いたことで身体的なビハインドは薄れるが、その代わり純粋な技術テクニックが求められる。



「どうせ真似できないだろうから、俺の戦い方を見せてやるよ」


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 湊は手足を巧く使い空中での安定性を高める。右脚目掛けて放たれた突きを刀を滑り込ませることで強引に軌道を変えると、二刀のうち片方を捨てたことで腕に空きができ、それで突き出された相手の腕を強く掴んだ。


――ゴスっ!


バキッ、ゴスッ、ズダダっ! ズダダ、ゴゴゴゴッ!!


 黎明の刀で相手の魔剣を抑え込むや否や、前蹴り横蹴り胴回し打ち突き蹴り踵蹴り、その他思い付く限りの攻撃を男ののみ・・叩き込んだ。


「ぐ……ぬぅ、これは…ッ」


 技ごとに手を変え品を変え、趣向を変えながら手を踊らせることで不安定な腕の上でも絶妙なバランスを取り続けている。

 既に伸びきった肘に過度な負荷が掛かったことで、流石の男もこれには渋面を覗かせた。


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 堪らず振り払おうと腕を上げるが、逸早く意図を察すると男の首に右脚をスルリと絡ませた。そのまま膝で男を落とそうとする。


「何か武道でも嗜んでいるのか? いや此れほど変則的な動きそうあるまい。まさか我流…?」

「ハア…ハアッ……、締め技も駄目か…!」


 しかしこれには反応を示さない。単純な力勝負なら湊の分が悪いのだ。伸ばされた手を撥ね除け、再び高く跳躍する。


(くそッ、視界がぼやけてきた。早く勝負を着けないと…!)


 精神が肉体を凌駕するのにも限界がある。既に血の気が引いた顔を更に曇らせ、全ての決着を急いだ。それを見るアルシェが何度も回復に割って入ろうとするが、全く戦いに付いていけない。

 支援超特化型ハイ・サポーターのアルシェにとって、純粋な速さを追及した戦闘は最も苦手とする戦い方だ。

 しかしそれはあくまで理論に基づいた一般的な推察に過ぎない。これまでなら『思考加速』を有する彼女のサポートが追い付かない事態なんてそうそう無かったし、これからもそうだと思っていた。


 だが今それが現実として起こっており、それが更に彼女の焦りを増幅させている。


 片やレベル一桁とは思えない動きで躍動する湊と、それを涼しげに受ける男。


「予知眼」で未来を先読みするも、それは元来そういった使い方に向いていない。未来でも超高速戦闘を続ける両者に眼が追い付かず、四苦八苦している内にその未来が現実となり、そして過去となってしまう。

「力」ではなく「俊敏」特化の魔法を付与したことに後悔を募らせた。湊に掛けた魔法を強制解除することも考えたが、いきなり身体強化を解くと転倒することも考えられるため中々踏み出せない。


(早くしないとカナエ様の傷が……血がっ!)


 微かにしか動きを捉えることが出来ないが、その度に身体から漏れた鮮血が地面を紅く染める。身体にある傷は治せても失った血はどうしようもない。早く戦いを終えて傷を癒さなければ出血多量で死に至るのは目に見えて明らかだ。


 そしてアルシェの願いは叶う。



――最悪の形で。



 湊が流血し始めてからおよそ10分。ついに湊の脳が一瞬のマイクロスリープ状態に陥り、コンマ数秒思考が止まったのだ。

 その隙を男が見逃すわけもなく、湊に向けて斬撃を放つ。マイクロスリープから復帰した湊は、目の前に男の剣が迫っている事を認識すると同時に剣を割り込ませて今まで避けてきた受けで防御した。

 だが衝撃を殺しきれず、後ろに大きく飛ばされる。


大凡おおよそ理解した。ではこれで終いだ」

「あっ……」


 もう三度目になる。湊が数分ぶりに地面に降り立つと、その瞬間に男が視界から消えた。


ドッ! ズドドドドッ――


 次に五感の中で聴覚が反応した。そして同時に理解した。これは自分が攻撃された音だと。

 痛みより先に音が辿り着けたのを訝しく思いながら、これから来る衝撃に身構えた。


「ぐあ”あぁ”ぁーーー! ――っ!??」


 痛い。痛い痛い痛い痛い痛いいたいイタイ!


 意識が飛んだ。だがそれも激痛により叩き起こされ、そこで自分の受けた傷を確認する。

 右手右脚、左手左脚。要は背中と胸に孔を残したまま四肢までヤられた。

 おまけに上肢は二の腕と手甲を上から貫かれている。脚は太股を上からブスリだ。これで湊は戦う事も、逃亡も、意識を保つのも儘ならなくなる。


 そして悟った、自分の負けだと。

 力も、スピードも、全て相手が上だ。


 俺は自分を見下ろす男を虚ろげに見ることしか出来なかった――


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