束の間の語らい
聖女たる姫君の心からの嘆きを受け、俺は彼女の肩や手、背中を……全身を優しく包み込む。腕の中の彼女は酷く儚げで、こうして包んでいないと今にも壊れてしまいそうだった。
「うぅ…ぇぐ……ヒクッ」
「なあアルシェ。返事はいらない、ただ俺の思ったことだけを言うから聞いてくれ」
「……はぃ”」
いらないというのに律儀に応える彼女を優しく抱きしめる。それに合わせて啜り声も抑えたようだから、彼女が存分に泣けるよう手短に話そう。
「アルシェは言ったよな。自分には何もない。だから必要とされない。守られてばかりだって」
「事実…ですから……」
「それって、俺も入ってるのか?」
「……ぇ?」
漸く顔を上げた。
「少なくとも俺はお前をそんな風に見ていない。お前を頼りにしてるし、才能が無いとも思わない。隣に立って欲しいとも思ってる」
アルシェで才能がないなら、彼方の世界は俺を除き殆どが能無しということになる。ちゃっかり自分は含めない辺り本当に自己評価が高い。
「周りの奴等がどう思ってるのかは知らない。絶対なんて言葉は人の気持ちにおいて存在しないからな。勝手知ったように語る事は出来ない」
だけど予想ならつく。皆こう思っている筈だ。
「王女でも聖女でもない、アルシェ=フィリアムという一人の人間を求めているって」
「ぁ、え…?」
「先に言っておくが、これは慰めや同情からくる言葉じゃない。俺は心許した相手には本当の事しか言わないからな」
語りながら〝湊の中のアルシェ〟を紐解いてゆく。これまでの一連の流れから、湊は己の気持ちに漸く気が付いた。
何故彼女を心の底から助けたいと思ったのか。何でアルシェの心内を知りたいと思ったのか。彼女の気持ちを知る上で、自らの気持ちも理解しようとしたのは正解だった。
(何故こんなにも彼女の嘘を聞きたくないと願うのだろう)
それは気付けば簡単な事だった。普通の人ならば誰しも分かること。しかし経験が圧倒的に少ない湊には難解なその気持ち。乃ち、誰かを信じると。もっと言えば信じたいと彼自身が願ったからだった。
アルシェの事を知りたい
彼女を慰めるのは自分でありたい
アルシェとは心の内から語り合いたい
その答えに辿り着いて、たったそれだけの
「最初に俺を庇って盗賊と交渉しただろう。あの時は正直言うと俺も混乱してたからな、状況は理解できなかったが庇うお前の姿は頼もしく見えたぞ」
「あ、あの時…ですか?」
勿論それだけじゃない。諸々ぶっちゃけると怪我を負った時に《回復魔法》が無かったらヤバかっただろうし、逃げている間にはアドバイスもくれた。俺が魔力切れを起こした時なんかは危険を顧みずに助けてくれただろう。
他ならぬアルシェだから信じることが出来たのだと、そう励ましてあげたら「あ、うぅ…」と恥ずかしそうに俯いた。褒められる事に慣れていないのか、それとも湊に感謝されたからなのかは分からないが哀しみに満ちていた表情に好色が戻る。
「どれもこれもアルシェが居なかったら危なかったかもな。だから敢えて言おう。アルシェ、俺にはお前が必要だ」
「っ!!?」
「これを聞いてもまだ自分が相応しくないと言えるか? それともそんなに俺が信用ならないか?」
目を見開き声を失うアルシェ。挑発気味にふっと笑いかけると、泣き腫らした目元を押さえて悔し気に、それでいて嬉しそうに微笑むのだった。
「……カナエ様はズルいです。そんな事言ったら私が否定できないって知っていますのに」
「嫌なら嘘を吐けば良いだろ」
「いえ。私も…
その心は――嘘は嫌だというアルシェの胸には、一切の淀みも存在しなかった。
「カナエ様…カナエ様っ……!」
とっくに止まったと思ってた涙も雫れてきて、湊の名を呼びながら彼の体温を全身で感じようとする。
大切な友を、信頼できる臣下を、必死に支えてきた自信と誇りの全てを一瞬で失った彼女は今どんな心境にあるのだろうか。
この腕の中で泣いている可憐な少女が自分のようにならなければと、ただそれだけを願うであった。
「ぇぐっ……ヒクッ………」
あれからずっと泣き噦るアルシェを慰めていた。心の奥に仕舞い込んだ感情を人に打ち明けるのは相当勇気がいただろう。若干の後ろめたさを感じつつも、全てを話してくれたアルシェを優しく抱きしめる。
「お恥ずかしいところを、お見せしました…ヒクッ、幻滅…なさいましたよね」
「別に。幻想を抱くほど一緒にいる訳でもないしな」
「そう、ですよね…」
キツい言い方になってしまったが今のはアルシェの聞き方が悪い。こいつめ、まだ自信を持てないか。
「ただ…」
「…?」
目元が赤く腫れ顔色も悪い。だが抑え込んでいた激情を吐露したからか、表情は先程よりも柔らかくなった……と思う。アルシェの髪を優しく撫でながら己の意見を告げる。
「これから互いを知る上ではさっきみたく当たってくれた方が良い。少なくとも上辺だけで語られるよりは信頼できるから」
「これから…ですか?」
首を傾げるアルシェに
「まさか今の話を聞いた上でさっきみたく自分の身を犠牲に……とか考えてないよな。馬鹿なこと言うとお前の方こそ置いてくぞ」
アルシェの説得に時間をかけ過ぎた。彼女の話だと最初の襲撃から結構経ってるみたいだし一刻の猶予もないのは間違いないだろう。手遅れになる前に急がないとな。
そう思ってアルシェの腰に腕を回し、森を駆けてた時と同じスタイルで行こうとしたが又しても横からストップが掛かる。
「あ、あのカナエ様? 何だかその…凄くお顔が近いような」
目測だがアルシェの身長は150㎝ぐらいか。俺は前測った時178cmだったから結構な身長差があるな。通りで目線が合わないと思った。
一緒に歩く分には問題ないのだが、俺が担ぎ上げてしまうと一気に顔と顔との距離が近くなると、アルシェはそう言ってるらしい。具体的には吐息が掛かるほどすぐ横に。
「お前なぁ、この緊急時に気にするところかよ。大体さっきも同じように走ったろ」
「ですがカナエ様のお顔が良くって…! それに先程は治療で頭がいっぱいでしたし」
あー駄目だこれは。恥ずかしくて顔隠しちゃったし。ってかそう言ってる割に俺の胸に埋めてるのも気付いてんのかこの聖王女様は。
「分かったから顔を離せ。案内無しで俺を扱き使うつもりか」
『超感覚』を使えば半径200mは自力で探せるが、探知可能な範囲に人間らしき生体音は感じない。単純にもっと遠くにいるのか、そもそも
流石に後者は無いと信じるしかなく、であればどちらの方角かぐらいは聞き出す必要がある。ここは多少強引でも顔を上げさせて、っと――
ムニュっぶるん!!
「むぐっ」
「ひゃあんっ!?」
――と思ったが失敗した。支える位置を腰から臀部に変えたはいいが、そのせいでアルシェの身体が上へと押し上げられた。
すると何が起きるか。当然アルシェの視界は広がるわけだが、その代わりと言うか今度は俺の顔がアルシェの胸に埋もれ体勢が逆転してしまった。
因みに。今のアルシェは下着の上から湊のカーディガンを肩に掛けている格好だ。盗賊共に千切られたせいで本来隠すところが隠せておらず、幼い見た目に反して大きく育った胸が惜しみもなく晒されていた。
上はレースを遇らった黒の
モデルだった母親の影響でファッションにも精通しており、職人の高い技術と繊細な作り込みが細部にまで及ぶのを見て一目で既製品でないと分かる。
「
「あっ、ん――/// 喋っちゃダメ、です…!」
しかしマジでおっぱいデカいな。厚みもハンパないし顔ぐらいありそう。輪郭に沿って形が歪むほど柔らかい癖に、生意気にも反発力というか弾力がすごい強い。
これを枕にして寝たら気持ちいいんだろうなと思う反面、片方で視界を封じられてもう片方で首を押し返す形になっている今は大変邪魔くさい。この瞬間だけ胸萎まねえかな。
大きさ、形、張りの三拍子全てが揃っており男なら本能レベルで屈してしまう奇跡のバランスを堪能しつつ、それに素で抗う湊を見て多少なりとも己の軆に自信があったアルシェは羞恥と闘いながらも軽くショックを受けた。
結局首が痛むという理由で最初の体勢に戻り、顔を赤面させて折角引っ込んだ涙をまた浮かべるアルシェにはその内慰めるという後回しの考えに至った。まぁ道を教えられるなら何でもいいや。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……あ」
そんなこんなで元来た道を辿る湊とアルシェだったが、その道中いた人物を見て一旦足を止める。
地面の上で伸びていたのは自慢の
「丁度良い、こいつに情報を吐かせよう。……なに心配するな。お前の目には触れないようにするさ」
「カナエ様、でもこの方は…」
何か言いかけるアルシェであったが、静止する理由が無いことに気付きおずおずと言葉を引っ込めた。
未遂で終わったとは言え身の潔白を脅かされたトラウマは簡単に落とせるものでもない。この時点で軽い男性恐怖症――勿論湊は除く――に陥っているアルシェに元凶の一人を頼ると言うのは少々酷だろう。
だがこの男が握っているかもしれない情報の中には
連中の中では頭が回る方だったみたいだし、他と比べて情報を保持している可能性はずっと高い。微に入り細を穿つの精神でなければまたアルシェを苦しませる事に繋がるのだから、ここは無理強いしてでも通さないと。
(まぁ用が終わったら殺すからそれまでの辛抱だな)
ここに至って積極的に殺す理由もないが、しかし活かす理由はもっとない。放置した末に俺たちの情報を敵に流せばそれだけで不利になるし、余計な口はさっさと塞いでしまうのが賢いだろう。
「これが姿を消せるとかいう霧の魔道具か。念のため持っておこう」
その横に転がってあった小さな
「アルシェはもう持ってるんだったな」
「はい。私は臣下に貰ったのが一個あります。ですがお気を付けください。これも万能ではなく発動や維持に多くの魔力を必要とするので」
当然それも織り込み済みだ。俺が奇襲をかけた後や
だからこれを使うのは万が一の時……考えたくないが敵の親玉が俺より数段上の実力を持っていて、かつ逃げられない状況になった時にしか使わないつもりだ。とは言えそんな事態には陥らないだろうけど。
「それより魔力はどうだ? もう戻ったか」
「それはまだ……ですがカナエ様のお陰で回復に専念できました。今は六割程かと」
「そうか。俺は元が余り無いからもうすぐで全快する。精々使う事が無いよう祈っとくか」
切り札を
大した実力は感じられないが一応手足を折っておこう。未だこの世界のシステムを把握してない俺では何が取り逃がす要因になるかも判断出来ないしな。
「少し離れる。無いとは思うが周囲の警戒を怠るな、よ――」
「その必要はない。知りたいのは私の事だろう? なら直接確かめてはどうだ」
「「―――ッッ!?」」
「成程、お前が今代の勇者か。中々に良い面構えをしている」
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