聖女姫の慟哭
――綺麗。
戦闘中ということを忘れてそんな感想が脳裏に浮かぶ。
自然の持つ力を糧とする属性魔法は各属性ごと見られる色も違う。魔法を発動した際の術の難度にも依るが、洗練されると体から溢れる力を視認できる。《火属性》なら赤、《光属性》なら白といった感じに様々だ。
その中で青、黄、灰色と移り変わる光景に彼女は魅せられた。その光景はまるでお伽噺で語られる〖英雄〗のようで――
(これが勇者様の…カナエ様のお力…)
――ズキンッ
(…?)
胸に違和感を感じたが特に痛みがあるわけでもなく、すぐに忘れてまたその光景に釘付になった。
そして狙い通り崖下へと落ちていった男には目もくれず、戦闘終了と共に湊の下へと駆け寄った。
「ふう、今度こそ終わったろ」
異形になった男が川の中へ消えていくのを確認し、召喚時から続けていた警戒を漸く解いた。
(わりと単純な手だったけど上手くいくんだな。アイツが莫迦で助かった)
《
《土属性》ならそんな手間も省けるのだが、あれは触れてみた感じ術を行使している最中に動きが鈍るので、速さ重視の自分には合わないと直感で感じた。
本当は回避されるのも計算に入れて11手先まで用意していたが、全部無駄になってしまった。普段であれば余計な手間が省けてラッキーくらいには思ったかもしれない。だが、その胸中は勝利直後でありながら非常に複雑なモノだった。
(くそ、あの野郎。どうせならこの手で直接殺りたかったな)
これが考えられる限り無傷で勝つ唯一の方法だったとはいえ、決着を己が才能ではなく授かったばかりの
湊は武器もなく男と対峙した時点で無傷では済まないと、ある意味負けとも取れる結論に至った。地の力なら勝るが、スキルの恩恵を受けた状態では勝ちの目も薄い。
だからこそ真正面からの勝負を避けて相手の自滅を誘ったのだが、プライドの高い湊はその事実を未だ消化しきれず、今回のプランも断腸の思いで実行に移したのだ。
(相手と同じ土俵で戦っていたら、召喚されたのが俺である必要が無くなってしまう。アルシェに俺の実力を認めさせるため仕方なく魔法を行使したが、次あったら必ずこの手で――)
そう思い拳を固く握るが、スヴェンからすれば堪ったものではないだろう。今まで積み上げてきたモノが勇者とはいえ、召喚したての湊に敗北し越されてしまったのだから。
そこに気付きながらも納得しようとしない湊は、やはり傲っている。
「カナエ様ッ!」
「っと、アルシェか。お前もご苦労だったな」
考えに耽っていた顔を反射的に上げると、間を置かずして聖王女が湊の胸に飛び込んできた。湊の服をギュッと握って俯いており、その手が震えるのを見て彼女がどれだけ心配していたかを悟る。
唯我独尊を素で謳う湊がプライドを捨ててまで護ろうとした少女が勢いよく寄り掛かってきたため、しっかり受け止めつつも自然な流れで身体を抱き寄せた。
「良かった、良かったです……カナエ様に何かあったら私は、私はっ…!」
蓮以外で心配を掛けたのはいつ以来だ。取り敢えず頭を撫でて安心させてやると、最初は躊躇いがちに、しかし徐々に気持ちよさそうな顔へと変化していく。
「悪かった。随分と心配をかけたな」
「良いんです。こうしてカナエ様が無事ならそれで」
照れたように上げた顔には泪の跡が道を作っていた。女性は喜怒哀楽がハッキリしている方が美しいと言うが…成る程、彼女ほどになるとその意味にも頷ける。
今まで見たのは嘘泣きが殆どであった為さして興味も惹かれなかったが、女性の魅力と言うものは素晴らしいものだなと考えを改めた。
「そうだ。カナエ様、どこかお怪我はありませんか? 骨が折れていたり、傷を付けられたりなどは」
「あの戦闘のどこに怪我する要素があるんだ。心配ならその目で直接確かめてみるか」
「へっ!? ああいえ、その……何でもありません」
呆れた物言いにふと冷静になると同時、今この体勢が非常によろしくない事に気付く。だが此処でやめるのは凄く勿体無い気がしたので、気付かぬふりをしながら湊の胸に顔をうずめた。
(反省は後で良いか。それよりも今は取り敢えず…)
「これからどうやって帰ろうかね」
召喚からここまで息継ぎ無しに戦ったため考えないようにしていたが、此処は彼の知らない異世界。果たして元の世界に戻れる方法はあるのだろうか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふ~ん。つまりは国に帰る途中で襲われたわけか。最初は闘いを有利に進めてたけど、さっきの姿を消すアーティファクトや黒フードの男の出現によって本隊から逃がされたと」
「はい、そうなります」
場所は変わらず森の中。腰を落ち着けた湊は帰郷に関わる思考を一旦隅におき、アルシェから語られるこれまでの経緯を余すことなく拾っていった。
「護衛についてくれた二人も私を逃がすため囮となり、そのまま…」
「そっか…」
話を進めるごとに端正な顔が曇り、一人でいた理由を話終えたところで湊がストップを掛ける。
「流れについては大体分かった。なら問題は如何にその黒服を出し抜いて臣下の下に辿り着くかだな」
「え?」
「ん…?」
だから当然、次の議題は救出方法の話になると思っていた。まさか疑問符で返されるとは思わず、湊が訝しんでる事に気付いたアルシェが表情を取り繕い、驚きの事を口にした。
「……いえ、皆さんの所へは戻りません。カナエ様にはこれから
「は…?」
「私が最優先に守るべきはカナエ様の身の安全です。ここまで危険に晒してきた私が言えた事では無いと存じますが、先ずは御身を癒す事に努めてくださいませ」
そこで《
「俺はお前に皆を助けてと乞われた。あの願いは嘘だったと?」
そうでない事を湊は知っている。知っていて敢えて言わせようとする。単純にアルシェの真意が読めないからだ。
当のアルシェはその発言に一瞬動きを止めたが、その後も滞りなく傷を癒していく。ただその瞬間に見せた表情だけは、今までで一番辛そうだった。
「いいえ。あの言葉自体に嘘はありませんでした。出来ることなら今後ともその御力を貸して戴きたく」
「だったら何で…っ」
湊はその先を告げれなかった。哀しみと憂いと、そして諦めにも似た感情を一辺に貼り付けたような瞳が隠せず見えてしまったから。
「恐らく…手遅れです。あの様子では、もう誰も…」
「あの様子?」
まるでたった今見てきたかのような発言に首を傾げた。実際はその通りで、アルシェは【聖者の瞳】――特性「千里眼」――を発動させてサーナ達王国兵の現状を見ていた。
「千里眼」は「予知眼」と違いリアルタイムの映像しか映し出さない。つまりそこで視た光景は全て真実であり、未来のように覆ることはない。
アルシェが視た光景、それは例の街道で盗賊と混じり地に伏す王国兵の姿だった。その中には専属騎士であり一番の忠臣でもあるサーナの姿もあった。
(ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいっ……私にもっと力があれば…ッ)
それを見た時は膝から崩れるような感覚に陥ったが、何とか踏み止まった。非情な話だが、アルシェはサーナ達があの謎の男に勝つのは難しいと考えていた。戦場の空気を知らないアルシェですら感じた、どうしようもない力の隔たり。
あのサーナが怖気づくような相手だ。特殊保持者である彼女が勝てないとなればあの場での勝利は難しいだろう。
それが分かっていたから自分を逃がした。時間稼ぎとして、あくまでアルシェの為に。
何時もどんな時にも側にいて護ってくれたサーナが自分だけ逃がしてあの男と対峙した時には信じられないと思った。その意味が分かった時、アルシェは救うことを半ば諦めた。
だから現場を視た後は数秒の沈黙はあったものの、自分のやるべき事を優先し湊の元へと駆け込んだのだ。
そこまで詳細には語らず、しかし湊が納得する説明を言葉を絞り何とか口にする。
「私の護衛は誰一人立っておりませんでした。敵がわざわざ生かしたまま立ち去るとは思えません。ですから……そういう事です」
「一体何を言っているんだ」
だがアルシェの【固有能力】を知らない湊は当然の事ながら反応に苦しんだ。「千里眼」などというお伽噺的な能力を理解しろと言う方が無茶なのだ。
しかし今のアルシェの精神状態ではそこまで頭が回らない。心に余裕が無いため自分がやるべき事だけを淡々と言い綴る。
「カナエ様につける護衛がなくなってしまった以上、私達で身を守らなくてはいけません。ならば無理に動こうとせず、このまま隠れて回復に専念することが常套だと判断致します」
「ちょっと待て」
「何ですか?」
湊に笑顔を送るアルシェは悲しい程に穏やかだった。しかしそれは無理に取り繕った“嘘”の表情だった。
(止めろっ……お前までそれを俺に見せるな!)
当然ながらここでも湊の眼が反応する。盗賊相手に交渉してた時と同じく“嘘”で塗り固められた笑顔を張り付け、必死に感情を押し殺していた。しかし分かってしまうのだ、自分に“嘘”は。
皮肉なことに湊を諭すつもりで偽ったその行いは、逆に彼から冷静さを奪うことになる。
「じゃあ俺は守れなかったのか? お前との、約束を」
「ご自分を責めないで? わたくし共が襲われてからカナエ様が召喚されるまで時間がありました。元々可能性は低かったのです」
「…!」
ギリリと奥歯が鳴った。全てを許す聖母のような笑みを浮かべているが、それが逆に気持ちを落ち着かせてくれない。
――あぁ、まただ。また彼女はこの顔で誤魔化そうとしている。
そうだ分かっていた。そんな可能性があるぐらい。アルシェに「助ける」ではなく「助けに向かう」と言ったのもそれが理由だった。
ただ、危機を乗りきった事で知らず知らずの内に期待を持っていたのかもしれない。
――あかんえ湊。そない無責任な期待は誰も幸せにせんと知ってんはずよ?
そうだ、そんなの愚か者のすることだ。幾ら湊だって時間は戻せない。どうにもならない癖に幻想を抱くなんて、合理的じゃない。そのせいで余計に彼女を苦しめている。
それでも――
「戻ろう、仲間の元へ」
「カナエ様!?」
危ないのは百も承知だ。もしかしたら湊以外誰も望んでないのかもしれない。アルシェは湊の安全が第一だし、彼女の護衛も戻って欲しいとは思わないだろう。
斯く言う俺も、ここまで献身的にしてくれたアルシェを危険に晒したくはない。それにもしかしたら辛い現実を後押しするだけかもしれない。
それでも心の中で泣いているアルシェをそのままにしておけなかった。
「駄目ですそんなの! 今だってギリギリの戦いだったではありませんか! 大人しく休んでいてください!」
だがアルシェも大声まで出して反対の意を唱えた。湊が己の為に動くというなら、全力で引き止めなければならない。湊を支える事に全てを捧げたアルシェは常ならば絶対にしないであろう彼の拒絶までする。
「そんなこと望んでいないんです! カナエ様が無事なら私はそれで…!」
彼を称え天命を果たしてもらうのが「聖女」の称号を賜ったアルシェ自身の使命だ。彼女の持つ二つの使命が、ここで湊を通すわけにいかないと警鐘を鳴らす。
「大丈夫だ。なにも正面から向かうわけじゃない。こんな森の中なんだ、少し遠回りすれば抜け道は幾らでもあるだろ」
「いけません! それにどれだけの危険が伴うかっ、もし御身に何かあったら私はもう…!」
本音を言うなら今すぐにでもサーナ達の元へ向かいたい。たとえ一人だったとしてもだ。だがそれは許されない。己が役割を見誤ったと考える彼女は失うことを極度に怖がった。
「私はカナエ様が無事ならそれで良いんです。喩えこの身が尽きようと、私の信じた人が無事ならそれで…」
「それで俺が納得すると思うか? そんなの俺は望まない」
互いが互いを思いやり一歩も引かない状況が続いた。
正直な事を言えば、湊もどうしてここまで彼女に思いを強いるのか計り兼ねていた。
凄くできた子だとは思う。人より上の立場にいながら腐らず、誰かのために心を痛め自分の身さえ投げ出そうとしているのだから。愚直とも取れる誠実さが眩しくて、それと同時に危うくもあるからついつい庇護欲を掻き立てられてしまう。
だが所詮は他人。元の世界に戻れば会うことすら無くなるというのに、どうして自分は彼女の為にそこまでしてあげたいのか。ただ彼女から出る“嘘”を見たくないというただそれだけの理由で。
「それに生存確認は勿論だが、森を抜けるのに物を回収する必要もあるだろう。何ならそこで遺品だけでも持って帰ればいい」
「そ、それは…」
その一言で事態は思わぬ方向へと傾く。均衡を破るべく別の視点から切り込んだこの発言が、アルシェの心に予想外の反応を起こしたのだ。
湊の言葉に戸惑いを見せ、やがてそれは一筋の光となって暗澹とする心を刺激した。
(そう、か。無力な私でもまだ出来ることはある。遺族の方々にお返しすれば……、でもやっぱりダメです! あんな所に今のカナエ様を向かわせるなんてっ)
湊は自分の考えを
それはあの森での逃走から――いやもっと昔からあった羨望、憧憬、重圧など。総じて〝劣等感〟という負の感情だ。
(けど守られてばかりはもう嫌なのっ! カナエ様だけじゃない、国の皆の心を私は守るんです。その為にはせめて遺族の方に償いだけでも。親族を亡くした皆さんにせめて報いる努力をしなくては…!)
バッ、と音が鳴る勢いでアルシェが顔を上げた。それに目を瞬かせると…
「ならば私一人で行かせてください! カナエ様はここでお身体を休めて下さいませ!」
(いや、それは一番やっちゃいけないパターンだろ)
アルシェがとんでもない事を言い出した。何を考えたらそんな結論に辿り着くんだと呆れる湊を他所に、その辺から拾ってきた木の枝で地面に何かを描き始めた。おそらく地図か何かだろう。
「良いですかカナエ様。今居るのがここ、アトラス大森林。私達のフィリアム王国はここから西へ行った所にあります」
アルシェの説明に湊は顔を顰める。
「まさか俺一人だけで行け、なんて言わないだろうな」
「…日が昇る前までには戻ってこようと思います。しかしそうでない時は…」
自分を置いていけ。言外にそう言っている。
(あぁくそっ、提案なんてするんじゃなかった)
こうなった原因が自分にあると察した湊は頭を抱えた。彼女は誰に対しても、特に親しい相手にはとことん“尽くす”タイプだ。その滅私奉公の精神が働いてこんな考えをに至ったのだろう。
「駄目だ。民はお前を必要としている。王女がいなくなれば勇者が居たところで民は納得しない」
今述べたのは予想だが間違いないだろう。この絵にかいたような善人が、こんな人間嫌いの捻くれ者よりも人々に影響を与えない筈がない。
その言葉に驚いた表情を見せるも、やはり“あの顔”を貼り付ける。
「ありがとうございます。カナエ様にそう言って戴けるなんて光栄の極みです」
「なら…っ!」
「でも違うんです。私は立派な王女なんかになれない、なってはいけないんです。だって私は…サーナ達を置いて逃げたんですから」
開いた口が塞がらないとはこの事か。何故そうまでして自分の身を投げ出せる。どうして他人なんかの為に頑張れる。
悪いのは全部そういう風に仕組んだ
――ブチっ!
湊の中で、何かが切れる音がした。
「最後までお供出来ず申し開きも立ちません。しかし森を出て街に着けば〈ウィンド〉にある勇者の称号でその後の安全は保障されます。我が国の首都アルカンジュまで行って街の自衛団に私の持ち物と手紙を渡せば…」
湊が懸念している事を正しく捉えないアルシェは、さも決定事項のようにぺらぺらと喋っている。
ぺらぺらペラペラと……
「ですから…ふみゅっ!?」
「分かったからもう黙っとこうか。な?」
取り合えずイラついたのでチョップを食らわしとく。満面の笑みで。
「ふ、ふぇ…? 私何か粗相を働きましたか?」
当たった所を抑えてプルプル震えている姿は何とも愛らしい。こうやって世の男共を魅了してきたのだろう。
かといってこのまま許す気にもなれない。普段人に見せない笑みのまま不機嫌さを表現した。
「うんそうだな。取り合えずアルシェが俺を信用していないって事に腹が立った」
「し、信用していないだなんてそんなっ、滅相もありません! 私はただ…っ」
アルシェにとっては死活問題。しかし湊にとっては事実なので無理にでも押し通す。
「俺を危険にさらしたくない、だろ? それを信用してないっていうんだよ」
「ち、違いますっ! 私はカナエ様の御身を心配して…!」
このままでは堂々巡りだ。確かに今の発言は信用ならないだろう。
仮に
今回勝てたのは偶然によるものが大きい。アイツが莫迦で、しかも俺を舐めてかかったからこそ得られた勝利。少し頭が切れ油断しない相手だったら今の自分には荷が重いだろう。
それを分かった上で湊を送り出すほどアルシェの王女としての責任感も脆くないということだ。
(つっても本当に戦うつもりは無いんだけどな。仕方ない、外堀から埋めてくか)
手を伸ばしてアルシェの肩を掴んだ。少し加減を間違えれば折れてしまいそうな繊細さに内心驚きつつ、しかしその手を放さなかった。これは彼女が自分を見直す上で必要な事だ。だから理屈ではなくアルシェの心に訴える。
「……なぁアルシェ。お前にとって俺はそんなに大事か?」
「え…?」
「あくまでお前個人としての話だ。国や使命なんかは無視して正直に答えてほしい。それを踏まえた上で俺は大事か?」
一瞬ポカンとして理解が追い付いてなかったが、すぐに持ち直すと先程とは違って強い眼差しを向けてくる。
「当然です! カナエ様は私の恩人なんですから。凄く強くて格好いいですし、頭だって切れます。走っている時の横顔も、腕の中で感じた温もりだってこの先忘れません。何より、何より…」
その頬を紅く染めて恥ずかしさに視線を下げる。そこには王女でも、まして聖女でもなく一人の少女としての顔があった。
実はアルシェが抱える問題を吐かせるという目的の他に、彼女自身俺をどう思っているのかも気になった。
今まで告ってきた相手はどれも見てくれに釣られるような者ばかりだったから、その辺少し気になり興味本意で聞いたのだ。
好かれてるとは思っていたが予想以上の反応に嬉しさよりも気恥ずかしさが込み上げてくる。アルシェに褒められても、何時ものような鬱陶しさは感じられなかった。
「初めてだったんです。心の底から誰かに頼りたいと思ったのは。私の家族はお父様も姉様も弟も皆優秀で、私なんかよりも国や民に貢献してきました。民は勿論他の大陸諸国からも一目置かれるほどなんですよ? そんな皆が羨ましくて、追い付きたいたくって、憧れてたんです」
一度“核”となる部分を突いてやれば後は涌いて出てくる。
段々と語る内容は要領を得なくなり、自虐も混ざって幼子のように捲し立てる。表情も明るいものから悲痛を滲ませ、湊はただ黙ってそれを見守る。
ここからが彼女の深意だ。邪魔をしてはいけない。
「何も出来ないからお城から出られないままでした。交渉術も武芸の才も無いから表舞台に立てず。私は弱くて役立たずでした。護られるばかりで迷惑しかかけなくて…っ。恐かったんです、そのままでいる自分が。このまま何も成せずに一生を終えるのではと思うと凄く怖くて…辛くてっ!」
アルシェを握る手に力が入る。彼女が言うと他人事とは思えず、まるで自分もそうだったかのように心が錯覚する。
「だから私にはもうこれしかないんです….! カナエ様を国に迎えられなければ、私は本当に必要で無くなってしまう。お父様にも姉様にも弟にも、民にも認めてもらえないッ…!」
まるで堰を切ったように抑え込んでいた感情が爆発し、その顔を苦悶に染める。
「隣に立っていたかった。私だってやれば出来るんだって、胸を張って言いたかった! 今度は私が皆を守ってあげるんだって…! もう心配かけないからって! …でも…でもッ……!!」
吐いた言葉は元に戻らず、落ちる涙も止まらない。今まで貯め込んでいた劣等感という負の感情が湊を含め周囲に撒き散らされていく。湊はそれを黙って受け止める。
「…分かってたんです。皆さんは私を心配してくれているって。応えたいって想ってても、それだけじゃあ…駄目なんです」
「皆さんの希望にはなれない。臣下を見捨てて逃げた私では……こんな私に、王女の素質なんて無い。セレェル様の加護を受ける資格なんてない。私は、私はっ……! 必要じゃ、無かった……」
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