スキルと才能



 ザッ、ザッ、ザッ……


 アルシェと悪漢の間を常に隔てながら進み、万が一にも後ろに逸らすことが無いよう位置取る。その際足裏に跳ね返る大地の感触を今一度確かめ、臨戦状態を維持する。


(はぁ、動きにくい上に履き心地も最悪だ)


 自宅のマンションからそのまま転移してきたため、召喚時点で靴など履いていなかった。故に最初襲ってきた二人の内の片割れから靴を強奪し使っている訳だが、それでもサイズが合わない上に碌に手入れもしていないため、益々気分が盛り下がる。


(ちッ、臭うな。早く終わらせて身体洗いたい)


 負ければ死という極限状態の中、内心の愚痴は兎も角として非常に落ち着き払っていた。周囲を敵に囲まれた窮地よりも、ボロボロの靴を履き続けなければならない屈辱感の方が勝っている辺り相当である。

 最早いつも通り過ぎて、逆に違和感を覚えるまでに緊張の色が見て取れない。どんな人生を送ったら現代日本でそのような価値観に至るのか気になるところではあるが、いよいよ両者の距離が縮まり一触即発の雰囲気が漂い始めたのでここでは割愛する。


「けどまァ、取り敢えずッ、と…」

「ハッ、甘ェんだよ!」


 近付くついでにナイフを一本飛ばして反応を見る。無造作に放たれたとはいえ、才能の権化たる湊が投擲したならば正しく必中の一撃となる。

 威力に関しても申し分なかった。元の世界であれば容易く命を刈り取るそれは、しかし蚊でも払うような軽いアクションで叩き落とされる。


「へぇ…」


 落ちたナイフを目で追い、何やら思案する。適当に放ったとはいえ、狙った対象以外の面々も悉く無反応。この程度の攻撃、こっちでは牽制にもならないらしい。


「てめェ…さっきの奇襲はまだしも、ラッドとムズリはどうやって殺した。あの二人の連携を相手に、ただの不意打ちで討ち取れるとは考えられねえ」


 湊が冷静に戦力を分析する中、盗賊の中から細身の男が一歩前に出る。アルシェとの交渉でも矢面に立っていたリドルだ。彼は荒事に慣れた周囲の者と比べれば見た目通り非力な存在でしかないが、実質的にこの破落戸ごろつき集団のまとめ役を担っている。

 識字率が壊滅的な他のメンバーに代わって、黒フードとの交渉や作戦の立案などを任せられてきた所謂参謀でありチームのブレーンである。


 それ故に元頭領から大変重宝されていた存在でもあるが、後ろ盾となる彼が死んだせいで集団の中の立場が著しく不安定な身となってしまった。

 元々口先だけで成り上がってきたこともあり周囲から好意的に見られていないのを察してか、アルシェ暴行未遂の際には一歩引いたところで待機しており、結果的にはそれが彼の命を救うこととなった。


 故に仲間を殺されたことへの精神的ダメージが少なく、客観的に物事を考える力のある彼が疑問を挟むのは至極必然だった。


「不意打ちが駄目なら正面からしか有り得ねえが、最弱のレベル1がそれを成したと考える方が余程無理がある……と、普通なら思うだろう。だがその可能性と同じ発言を、さっきてめェの後ろに居る聖女から訊いたのを思い出してなァ」



――彼は女神セレェル様から力を与えられた勇者様ですよ? それこそ急な成長も無い話ではありません。



「このクソ勇者がァッ! 一体どのレベルまで女神様とやらに引き上げてもらったよォ!? 俺らの事を紛い物扱いしてっけどなァ、そういうてめェこそ紛い物の力でイキってんじゃねえぞコラァっ!」


 突如として激高し、湊の異常な強さの理由を看破する。この戦力差で普通の人間が太刀打ちできるわけが無い。そう結論付け、火山の如く憤慨した苛立ちを言葉に乗せてぶつける。


「成る程な」

「あァ…?」


 しかし湊に堪えた様子はなく、それどころか話すら訊いてなかったように平然と無視を決め、一人感嘆する。


「アルシェが謂うところの恩恵の力を見縊っていた。まさか俺と同等…もしくはそれ以上の身体能力を、たかだかこの程度の連中が有しているとは。最初にその話を聞いていなかったら危なかったかもな」


『あァ”ッ!!?』


 そしてこの一言でリドル以外のメンバーも殺気立つ。


 言うに事欠いてこのガキは、仲間を葬った力をも自分の実力モノのように騙った。彼等とて今の力を磨き上げてきた自負と誇りがある。喩えそれが悍ましい犠牲の上に成り立っていようと、彼らなりに努力を重ねた結果なのである。

 それを召喚時点で追い付かれただけなら未だしも、実力で並ばれたとあっては彼等のプライドがそれを赦さない。

 搾取する側として、搾取される方に立場と云うものを理解させるべく、全員が武器を構えて殺気を放つ。



「野郎共! あのイケすかねえ勇者に現実ってもんを教え込んでやれ!」


 そして遂に、命を懸けた戦いの火蓋が切って落とされる――


「げッ!」

「ぎゃア…!!」


「けどそれも今は杞憂だ。折角の恩恵も、これじゃあ宝の持ち腐れだな。身体の使い方がまるでなっていない」



――他ならぬ湊の手によって。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 槍による一撃が横合いから繰り出される。それを余裕をもって受け止め、カウンターの一発を相手の鳩尾に叩き込む。


「がふッ…!」


 腹部に強い衝撃が加わったことで肺の空気が一気に吐き出される。

 そのまま呼吸困難に陥った一瞬の隙を突いて短剣を喉元に突き立てると、鮮血が撒かれるより先に崩れ落ちる男の手から長剣ロングソードを引っ手繰り、己が武器とした。


 戦場は武器の宝庫だ。奪い取っては命を刈り取り、手に馴染むモノがあれば長く重宝する。

 とは言え安物の武器が湊の力に耐えられるかといったら否なので、振れても5回が上限だろう。あと刃部はまだしも柄が返り血で汚れると生理的嫌悪感が上限に達するため長く触りたくないのもあるが。


「ま、得物は腐るほどあるから大丈夫だろ」


 先程から何故か・・・憎悪の火を宿した眼を向けられ、その理由が分からず頭に疑問符を浮かべる。が、攻めっ気が過ぎて逆に動きを読みやすくなったので、これはこれで良いかと割り切ることにした。


「よっ、と」

「ガはッ…!?」


 また一体、すれ違いざまに物言わぬ死体が出来上がる。此方に向かってくる男の動きに合わせ刃を置き、頸の動線が直前に迫ったタイミングでそれを振り抜いた。


「う、狼狽えるな! 姫だ! アルシェ姫を人質に取れ!」


 その惨状を見て、一早く危機を察したリドルが声を張り上げアルシェの捕獲を命ずる。ハッと我に返った男達が、先程とは打って変わり必死な形相でアルシェに殺到した。


「~~~嫌ッ!」


 当の彼女は先程の暴行未遂がフラッシュバックし、腰を抜かして動けないでいた。そうでなくても魔力の枯渇で身を守る術を持たないのだから、他にどうしようもない。


 しかし横から槍のような鋭い蹴りが放たれると、先頭にいた三人を纏めて遠くに弾き飛ばした。

 やったのは当然湊で、元居た場所から跳躍したかと思えば、一瞬で男達に追いつき両者の接触を回避する活躍を見せた。


 だが後ろから前へ先程と変わらぬ速度で迫ったものだから、勢いを殺せずそのままアルシェの元を通り過ぎる――


「であッ!」


――かと思いきや、左手の長剣を地面に突き立てる事で強引に制止。それを見て尚突っ込んでくる輩には慌てることなく対処する。

 初撃に繰り出された両手斧バトルアックスを身を翻すことで躱し、その生じた隙を横薙ぎのカウンターで埋めた。



(成程な。ほんの僅かだが身体能力が上がっている。これがレベルアップか)



 人を殺したというのに全く動揺がない。それどころか冷静に分析する余裕迄ある。 

 元々他者の感情の機微に疎かったが、今は特にそれが顕著だ。殺意を剥き出しにする相手に心を痛めるなんてしない。アルシェの前に立つと油断ならない眼で男達を一瞥する。


(な、なんだよそりゃあ…!?)


 他方で即席の頭であるリドルはこの状況に恐怖を感じていた。いや感じずにはいられなかった。

 たかがレベル1だからと甘く見積もり、それによって既に1/3の戦力を失った。蹴られて戦闘不能になった者も含めれば残り戦えるのは半数程。まだ数の上で有利とはいえ余裕がない。


(ク、クソがぁ! 何だよコレ、もっと楽に狩れるんじゃなかったのかよ!?)


 初めは勇者という肩書きもそうだが、何より同じ男とは思えぬ顔立ちの良さに腹を立てた。だからその顔が醜く腫れるまで袋叩きにし、アルシェを目の前で犯したその後で殺そうと考えていた。


 だがその目論見は外れ、行為を愉しむどころではなくなった。


 元々サーナ率いる王国騎士団におよそ半数が討たれていたこともあり、現時点で五体満足なのは当初の4分の1にまで数を減らしている。

 アルシェ(とついでに湊)にとって唯一幸運だったのは、総攻撃という一番簡単で勝機の薄い手段が、召喚時点で封じられていた事だ。これが無ければ戦場は更に混沌を極めていただろう。


 しかし全て湊の都合の良いように進んでいるかと言えばそうでもなく、むしろ状況的にはあまり芳しくなかった。



「いつまでも、調子乗んなや餓鬼ィ!」


『ダブルスラッシュ!』


「痛ッ――、」


(またコレだ。避けたと思ったら傷を負っている。恐らく身体能力の大幅な強化以外にも、この世界独自の戦闘システムが有るんだ。先ずはそれを見極め、対処しないと)



 幸いその『不可解な攻撃』が来る前に野盗自らタイミングを教えてくれるため、今のところ致命傷には至っていない。

 ただ問題無いと言ってもこのままにしておくのは拙い。現に今の一撃で肩に決して浅くない傷を負い、常に動き回っているせいで癒す暇すらないのだ。


「ヒャッハァー! もう一丁食らえッ、『二段突き』!」

「誰が食らうかッ…」


 追い打ちを掛けるように放たれた刺突は凡庸なものであった。きちんと据えられていない腰、肩が開ききった独特…というよりほぼオリジナルに等しい構え。おまけに付け焼刃感満載の太刀筋。

 およそ人に師事を受けたように見えないそれを、しかし決して侮ることなく対処し、その際振り上げた足に槍の柄を絡め、そのまま巻き上げるようにして軌道を逸らす。


 クルッ――バシッ!


「ッ、やっぱりこれもか…!」


 完璧に受け流した筈が、僅かに衝撃が脚を伝う。どうやら字面通り二段攻撃の類だったらしい。

 直撃は回避したため流血こそ無いが、それでも今のような才能も感じられぬ一撃にすら神経を研ぎ澄まさなければならず、結果として反撃の機を逃していることに苛立ちが募る。


「せめて眼で見える物であれば話は違うんだが…」


 そう愚痴たところで返事が返ってくる訳もない。そう思っていたが、この場で唯一の味方から求めていた以上の答えが返ってくる。



「武技系のスキルです! 魔力を媒体とし、特定の現象を引き起こす事が出来ます! 中には発声を必要としない熟練者もいますが、魔力を感じ取れるカナエ様ならそれも見破れるはずです!」


「武技…?」


「ちッ、アンタには後で俺らの相手をして貰うっつー役目があるんだから、今は大人しくしてろよお姫様!」



 この世界に来たばかりの湊ではアルシェの言葉を100%理解するのは不可能だが、その中で「スキル」なる物には聞き覚えがあった。


 あれは確かそう。湊が唯一の友である蓮の勉強を見に行った時のことだ。




――なあ、仮に神様から一つだけスキルを貰えるってなったら、湊は何をお願いするよ。


 何その質問。またアニメの話? てかわざわざ来てやってるんだから宿題やれよ。


 きゅ、休憩だよ休憩! それよりほら、どんなのがお望みだよ。

やっぱ王道の戦闘チート授かっての無双ものか? それとも商才磨いて地道に地位を築いていく行商人ルートとか、将又得たスキルを駆使してスローライフを満喫するなんてのも良いな!


 ……そうだな、休憩すればその混乱した頭も少しは醒めるだろう。悪かった、無理させて。まさか知恵熱で思考回路がぶっ壊れるとか思わないだろ普通。


 別に頭がイカれたとかじゃねーから!? つか普段扱いが雑なのにこういう時だけ謝んなよ! 増々本当っぽく見えるだろーが!


 あと俺、そんなの有ろうが無かろうが別に今と変わらないし。


 最後に特大の煽り来た!? ――




(とか何とか。あったなそう言えば)


 あの時は軽く流したが、今の状況だと茶化す余裕もない。自身に匹敵するほどの身体能力と、未知のスキル攻撃。せめてどちらか一方なら対処も容易だというのに、両方備わってしかもそれが大人数で攻め立てるとなれば流石の湊も手に余る。

 奇襲による混乱を最大限利用してここまで互角に立ち回ってはいるが、そろそろ相手方も慣れてきた頃だろう。徐々にではあるが押され始めてきている。



「オラオラぁ! どうしたこんなもんがテメェの実力かよ!? 所詮は口先だけの勘違い勇者だったってかァ?」


「はッ、実力を過信しているのはどっちだ。…とは言え、様子見・・・が長くなったのは事実。だからその挑発も甘んじて受け入れてやるよ」


「抜かすなこのホラ吹き野郎!」



 振り下ろされた大剣をバックステップで躱し、アルシェのいる位置まで後退する。



「カナエ様…」


「そう心配するな。これから反撃に出る。それよりこっちの心配ばかりしてお前の方こそ大丈夫か。まだ気持ちに整理がついたようには見えないがな」



 目線は外さずに、声だけで返答する。今こうして会話している間も斬り掛かってくる者がいないか神経を張り巡らせている最中であり、声ほど余裕が無いのが伝わってくる。


 それでもアルシェのもとに戻ったのは彼女を安心させるためであり、もっと言えば彼女の持つ力に期待している部分が大きい。

 元々一人でこの状況を打破する心積もりだったが、思っていた以上に彼我の戦力差が大きく、苦戦を強いられている。

 ならば実力が足りないと認めるようで癪ではあるものの、この世界で聖女姫と称され崇められているアルシェの力を頼りにするのは至極当然の流れだった。


 相手がスキルで圧倒するなら、此方もスキルで応戦すれば良い。その為には彼女の精神の安定化を図り、少しでも状況を有利に進める必要がある。

 


(はッ…自分でもお姫様の事を気に入ってる自覚はあったが、案外そうでもないらしい。結局はその力目当てか。他人なんて所詮そんなものだ。価値さえ無くなれば直ぐにでも)



――どうか、死なないで。



「ッ…、」


 先ほど見たアルシェの顔が脳裏をチラつき、無情なる思考に待ったを掛ける。自らが危険に晒された時よりも悲痛な面持ちで湊を見送る光景がフラッシュバックし、自分本位な考えに至ろうとした己を恥じる気さえ起きる。



――ご安心ください。カナエ様は無事に我が祖国まで送り届けてみせます。


――貴方様を護るのに、理由などありません。

 使命以上に与えられたご恩に報いたいという私自身の願いがあるのです。



「はぁ……」

「…?」


 ここ十年。蓮以外で他人との接触を拒み続けてきた弊害か、無意識且つあまりに身勝手な理由で彼女を遠ざけようとしていた。

 打算など無いと知りつつも、つい言葉の裏を勘ぐってしまうのは元より性格故か。純粋に身を案じてくれる少女を蔑ろにするほど、人間辞めてはいない。



(そうじゃないだろ。少なくとも彼女は下心があって近づいてきた連中とは違う。喩え見当違いでも、命懸けて護ろうとしてくれた相手の誠意を踏み躙るのは、俺を育てた母にも申し訳立たない)



 誠意には誠意で返す。よく誤解されるが、湊もこの辺の礼儀自体はしっかりしている。

 ただ今まではこの当たり前の図式が成り立つほどの関係性を築けたのが蓮一人だけという、唯それだけのこと。惜しむらくは、嘘を見抜く眼さえなければこの人間嫌いも少しは抑えられたかもしれないのに。



(なら俺が今すべきなのは勝つことだ。その為にも…)


「…お前の力は今後必ず俺の助けになる。焦らずとも何か頼みたい時は俺の方から出向くからさ、そう心配するな」


 結局やることに変わりはない。彼女を安心させ、最高の支援を受けられるようメンタルケアを行う。

 ただ態度は少し軟化させ、前方への警戒は維持しつつも後ろを振り返り時折視線を重ねる。これだけでもだいぶ気持ちの持ちようが異なり、当然眼で確認し合うほうが意思の疎通も図れる。



「それと幾つか聞きたいことがある。ゆっくり話す暇は無いから戦闘中にでも情報をくれると助かる」

「ええ、そういう事でしたら喜んで」

「頼りにしているぞ、お……アルシェ」

「あっ……は、ハイ!」



 初めて名前を呼ばれた。言葉にすればたったそれだけの事なのに、万感の思いが溢れてくる。それは二つ名を賜ったあの日の高揚感に似て、胸の内が激しく拍動しているようだった。



「それと最後に一つだけ聞きたい。俺ならスキル発動の瞬間を見破れると言っていたな。それは本当か?」


「はい。普通は情報系、或いは気術系感知スキルが無ければ分からないのですが、私の魔力の揺らぎを見抜いたカナエ様ならそれも可能かと」


「その話を聞く限りだとつまり、スキル発動には魔力とやらが必要なんだな」


「その通りです。魔力は全ての魔法、能力を行使する上での謂わば燃料であり、これが尽きてしまうと精神疲労マインドダウンといって強い倦怠感に襲われてしまうのです」



 そもそも魔力がよく分からないが、湊が氣力オーラと呼んでいるそれと関係あるのは間違いないだろう。

 湊自身“氣力”の具体的な詳細については何一つ知らないが、正体は分からずとも視る・・ことと使う・・事くらいは出来る。


「となると……ハァ~~、それが一番効果的か」

「えっと、カナエ様?」

「溜め息なんてついてどうしたよ。いい加減俺らに殺される覚悟でも決まったか」


 目に見えて肩を落とす湊にアルシェは戸惑いを、戦力を大幅に減らされた野盗はその様子を警戒しつつも挑発的言動を繰り返す。が、そもそもアルシェ以外の発言は全部シャットアウトしてあるので、まるっと無視した形となる。

 それが余計に彼等の神経を逆撫でるが、誰がどこにいて、あと何人残っているか等の情報を今まさに見て得ようとしている湊からすると、その程度の殺気、酷くどうでも良かった。


「よし覚えた。もう一度行ってくる」

「はい、どうかお気をつけ………え?」


 二度目の出撃を見送ろうとし、しかし次の瞬間には見失っていた。

 この敵に囲まれた戦場において絶対の安心感を与えてくれる後ろ姿は影も形もなく、アルシェが消えたと錯覚した時には既に移動を終えていた。


「ガはッ――!」

「なッ、レクター!? てめェ何時の間に…!」


 その場所は光源を発生させている男のすぐ後ろだった。男は野盗が展開する陣の外側で仲間に護られながら状況を追っており、当然湊からは遠い位置にいた。

 その距離を全員が湊を見失った僅かな間に詰め、皆が気付くより前にナイフで心臓を突き刺し絶命させる。


氣力オーラからだを上手く使うとこんな芸当も出来るようになる。敢えて名付けるとしたらそうだな……差し詰め『幻歩』ってところか」


 言い切るより先に意識が消失し、膝から崩れる落ちると同時に周囲を照らしていた火の玉も一緒に消える。そしてその瞬間、辺りを再び夜の闇が支配した。


「ついでに正しい才能の使い方も見せてやるから、有難く噛み締めて逝け」

「くそがッ、何処にいやがる!?」


 暗闇の中を湊の声が反響し、それを頼りにリドルたちが躍起になって捜索する。





「第二の瞳、『俯瞰視』」



―――発動



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