親か子か

 剛志(つよし)さんから養育費の振り込みがない。通帳レス対応の銀行だからお義母さんが紙の通帳を隠していても振り込みはできるはずなのに、現金書留でもいいのに、公正証書も作って約束したのに。


「おかあさん、おなかすいた」


「そうだね、スーパー行こう」


 役所で養育費請求届を出した帰りに寄ったスーパーマーケットの加工品売り場で、二枚入りの油揚げが三割引きになっていた。ああ、これなら陸(りく)と凪(なぎ)にダブル稲荷そばが出せる。せっかくだからもう一袋ないかな、と油揚げの列をめくったが、そうは問屋が卸さない。二人には悪いけど、ねぎは私がちょっと多めにもらってもいいだろうか。そばは確か満腹感を得られやすいが、食べ盛りで成長期の男の子二人に太りにくい食品を与え続けて大丈夫なんだろうか。

 

 肉も牛乳も卵も高くなった。体重をつけさせる食事をしたほうがいいのではないだろうか。相談がしたい。でも誰に?保育園の先生、それとも小児科の医師?どこまで遡って話さなければならないのだろう。どうして養育費がないの?どうしてそもそも離婚したの?


「おかあさん、どうしたの?」


「ん?あ、ぼんやりしちゃった」


「ぼく、たまにはうどんが食べたい」


「うどんは、また、今度ね。明日は、かまぼことしめじの炊き込みごはんにしよう。野菜売り場に戻ろうか」


 私は同じく三割引きのかまぼこ二本を買い物かごに入れ、野菜売り場へ向かった。



*



「嫁姑問題ですか?」


「私や向こうの折り合いの話だけでなくて、介護の問題もありました。もともとお義母さんはサバサバした性格の気のいい人だったんです」


 大抵、この手の話題は主人の母を「姑」や「義母」、悪ければ「ババア」と呼んで話すものだが、初手から「お義母さん」と来るからには最初から悲劇というわけではなかったのだな。


「陸と凪にもよくしてくれました。でも足を悪くしてから、支えがあれば歩けるんですけど、外に出ることがなくなって、だんだん気持ちがすさんでいったのか、言葉遣いも荒くなって、そんな状態のお義母さんの食事の配膳や、トイレの同伴などの世話をしていました」


 老いれば体のあちこちは悪くなる。それは皆同じだが、杖をつきはじめたり、トイレに失敗したりすると、外に出ても恥をかいてしまうのではないか、人に迷惑をかけてしまうのではないかと内にこもるようになる。世界が狭くなれば心も狭くなりがちだ。世界が広ければ心も広くなるかはわからないが。


「ご主人や介護の支援はありましたか?」


だいたいここが分岐点になる。


「陸も凪もまだ小さかったので、私は子守も含めて専業で家の仕事をしていました。介護の支援を受けたこともありますし、医療費も全額公的負担でしたし。そこに関しては向こうも困ってはいなかったはずです。外の介護の人が来てくれたら嬉しかったんでしょうね。私に対してとは違って楽しそうにして。介護士の方もにこにこして帰られていたし。ただ外面が良かっただけなのか、あとからその介護士の愚痴を延々と聞かされて、うっかり眠そうにしてしまったら、食事に出したうどんを器ごと投げつけられたり」


そう言った落合五十鈴(おちあいいすず)は、指で頭皮をなぞると、ここです、と髪をかき上げた。7針ほど縫った跡がある。


「さすがにそれに対しては、ご主人も何かしら行動をとったでしょう」


民事不介入で傷害罪は難しいが、保護シェルターに逃げ込める条件は整ってしまった。


「そう、ですね。お義母さんを叱って注意はしてくれました。病院から帰ったら畳の血も拭ってあって。包帯が取れるまでは元夫がお義母さんの世話をしてくれて、楽、だったなぁ。でも『母さんも寂しいんだよ』『話し相手が目の前で寝られたらそりゃ怒るさ』『今度からはプラスチックの器を使うといい』とお義母さんを庇って、私の悪かったところを挙げて仲直りさせようとしたので、そこで離婚を決めました。息子には君がいるけれど、母には自分しかいない、ということで。実際そうなので、私と息子、元主人とお義母さんという形で離れることになりました」


プラスチックの器だって頭に投げつけられれば血は出るし、箸も眼球に目掛ければ一大事だ。


「養育費に関して弁護士を交えて取り決めされましたか」


「はい、息子二人で月額8万円です。公正証書もあります。でも請求届を何度出しても連絡がつかなくて、今日お話を聞いていただいているわけでして」


 落合五十鈴はかなり細身だ。食べ盛りの息子にダイエット食の代表格たる蕎麦ばかり食べさせて大丈夫なのか、という相談からこの話に行きついたらしい。


「元夫は高齢の母親と一緒に暮らしています。主人自身に何かあったか、公的負担以上の負担がどちらかにかかっているか、連絡が取れないということは、もしかして二人とももう亡くなっているんじゃないかって」


 ソーシャルワーカーから話が回ってきた、と今まで組んだことのない職員から慌てた口調で電話がかかってきたときは、どんな恨みつらみや修羅場を聞かせられるのかと思ったが、拍子抜けした。


「住民票を確認しましたが、上辻剛志(うえつじつよし)と母の香苗(かなえ)はまだ存命です」


 職員が情報を挟む。


「ただ、私が親権を取って一親等の陸や凪を扶養しているように、元夫も足の悪い一親等の人間を扶養しています。職員の方から養育義務遂行施設の話は聞きました。向こうが私と同じくらい、それか私以上に困窮していた場合、それでも養育費を請求できるんでしょうか」


優しい女性だ。上辻剛志は惜しいことをした。


「できますよ。上辻剛志氏からしたら母親も息子も同じ一親等です。でも順位が違います。例えば落合さんが上辻剛志とまだ婚姻関係を続けていて、ある日、上辻剛志が亡くなった、としましょう。このとき上辻剛志の遺産の半分が配偶者の落合さんに入ります。もう半分はというと、同じ一親等でありながら、死亡者の親より、子どものほうが順位が上なんです。子どもがお二人なら四分の一ずつですか。子どものほうが優先されて親はもらえません。養育費も同じように親兄弟を養うお金よりも優先されます」


「そうなんですか」


落合五十鈴は呆気にとられている。離婚した途端、離れた側の遺産など頭から抜けることがある。


 ソーシャルワーカーから受け取った子ども食堂のチラシが、落合五十鈴の膝の上でぐしゃりと歪んだ。この地域はそういったサポートが厚い。蕎麦ざんまいからは抜けられるはずだ。


「じゃあ、養育費請求届、請求書及び督促状の郵送の状況が確認できましたら、また連絡します。すいません、上辻剛志の所得証明書の発行をお願いします」



*



 落合五十鈴に連絡を入れたのはその1か月後のことだ。


「おはようございます。先月役所でお会いしました、養育義務遂行制度の担当官、今里と申します。今、お電話よろしいでしょうか」


『あ、おはようございます。あの日はありがとうございました』


「養育費を取れる算段が立ちました」


『お義母さんを残して、剛志さんは施設に入居するんですか』


「上辻剛志さんは入所せず済みます。ただ上辻香苗さんが----」


『ぅえ!?』


 あの細身でこの声量なら、腹いっぱい食べられたに違いない。よいことだ。


「上辻剛志さんと上辻香苗さんが、落合さんや息子さんに謝罪したいと仰っていますけれど、面会交流ってどう決められていますか?」



*



 上辻剛志の所得証明書を確認したところ、産業ロボット製造販売企業Zobot(ゾボット)の社員であったことが判明した。養育義務遂行施設の提携会社でもある。社長は矯正官と夫婦ぐるみで仲がいい。


 不可解なのは今まで請求書や督促状、落合五十鈴の連絡に対する返答がなかったことだ。そもそも届いていないか、届いていて上辻剛志は確認しているが無視しているか、第三者が隠したり破棄したりしているか、だ。矯正官にダミーの養育費関係書投函許可を申請し、養育費の減額通知を自ら投函した。住居の玄関に投函口があり、そのまま玄関に投げ込まれる形になるのだろう。それなら請求書や督促状については家族内で不始末が起きている。


 それから日常業務をこなし、今日がデッドラインだな、とフルーツサンドを食べていたときに電話が鳴った。


「はい、もしもし」


『もしもし、上辻です』


 女の声だ。母親か、新しい女か。録音機能を作動させる。


「養育義務遂行制度担当官の今里です。申し訳ありません。担当している上辻さんは何人かおりまして、フルネームでお願いいたします」


『上辻香苗です』


母親だ。


「上辻剛志さんのお母様ですね。信書を確認されましたか」


『はい』


「折り返しお電話ありがとうございます。で、信書を確認していただいたとのことですが、どうして、『お母様』が、折り返し、お電話をされたんでしょうか」


わざと刻むように問いただす。


『剛志は仕事で忙しいの!』


「信書の封筒には、『ご本人様のみ開封願います』と、信書の内容に『養育費支払者ご本人様からご連絡お願いします』と記載しておりました。ご本人様のみにしかお話しできないことなので、お母様には申し訳ありませんが、私から改めて上辻剛志様にお電話させていただきます」


『私が養育費の支払いを一任しているんだから!私がきちんと話を伝えるから!』


「----わかりました。この度、落合五十鈴さんに支払われていた養育費の計算に落ち度がありまして、今まで支払ってくださった養育費が返還される可能性がございます」


『え、そうなの?』


 上辻香苗の声が明るく軽くなる。


「こちらの不手際で大変申し訳ございません。で、お母様が養育費の支払いを一任されていらっしゃるとのことで、今までの養育費の振り込みに関する書類、郵便物を養育義務遂行施設で監査したく、お電話いたしました。今お手元に残ってらっしゃいますでしょうか」


『バーコードでしょう、あるある』


なるほど、そういうことか。


「ではまた後日伺います。ご希望の日にちやお時間はありますでしょうか」


『私は基本家にいるからいつでも大丈夫よ。でもなるはやがいいわ』


なるべく早く、ね。


「かしこまりました。では一週間後の朝10時にお宅へ伺います。担当、今里が対応させていただきました」


 上辻香苗が電話を切ったのを確認して、通話終了ボタンを押した。次いで、役所から入手した上辻剛志に電話を掛ける。


「もしもし、養育義務遂行制度担当官の今里と申します。上辻剛志様のお電話でお間違いありませんか?今お電話よろしいでしょうか?」


『はい、上辻です。養育費のことですか。ちゃんと請求書の通り払っていますが』


「元奥様から相談をいただきまして、上辻様と連絡でもめたとのことで、代理人としておかけしました。元奧様とは連絡は取り合えておりますでしょうか」


『俺からかけています。息子とビデオ電話で話したり』


「元奥様からの連絡は?」


『いや、五十鈴からかかってくることはありませんよ。まぁそりゃそうだろうな、って。そりゃ『養育費はきちんとお願いね』とは言われますが、俺たちそんなに揉めてないですよ。違う人と勘違いしていませんか?』


「こちらの手違いでお時間を割いてしまったこと大変申し訳ございません。またお困りごとがあれば、養育部門にお問い合わせください」


 再生ボタンを押して音源を確認する。聞けば聞くほど欝々としてくる。浦島担当官も出払っている。


「----水面下ではうじゃうじゃあるんだろうなぁ」


さっきの通話を音声入力で文字起こしするとしても、校正しなくてはいけない。


「エコー!」


エコーは養育義務遂行施設の全般を取り締まる中枢AIだ。


《はい、今里担当官》


「警察通報レベルの緊急報告です、矯正官は勤務中ですか」


《藤原(ふじわら)矯正官は在勤しております。緊急通報に直ちに通報しますか?》


「報告してからでいい。報告書は後で提出しますから、矯正官に報告申請を出してください」



*



「詐欺ですか?」


「運転は浦島担当官に、説明は私が移動中にさせていただきます。録音されても構いません。お子さんたちと一緒に、後部座席に乗っていただけますか。シートの装着を補助します。民間人を助手席には乗せられない決まりなんです」


 真ん中に落合五十鈴を、挟むように二人の息子の乗車準備を確認して浦島担当官は発車させた。


「家庭訪問で上辻香苗と一緒に確認しました。上辻剛志は確かに養育費の価格を払っております。ただ振込先が違いました。養育費は水道と同じく地方公共団体ひいては国の管轄です。養育費は親としての責任でけじめです。手渡し以外では、振り込み、コンビニ支払いで行うもので、電気会社、ガス会社が行うような個人でのコード決済は認可していません。上辻香苗さんが提出したDMには、養育費支払がそこを経由することで、生活特典が支払われる側にも支払う側にもついてくるという謳い文句でした。母親はそのDMを剛志に強く勧めて利用を始めたそうです」


助手席の後ろの息子、大きいほうだから長子か、保育園のバスとは違ういかつい仕様の車に興奮している。


「おじさん、これパトカー?」


パトカーで興奮できるのはおおよそ善人だ。警察の小型護送車と同じ型だが、警光灯は常設されていない。だが必要時いつでもつけられるよう小型のものが常備しているからパトカーにもなれる。


「おじさんなんて失礼でしょ。謝りなさい。で、静かにしていて」


「ごめんなさい」


浦島担当官が声をたてて笑った。


「別にいいですよ。子どもがいる男なんてみんなおじさんです」


実際そうだが、あなたが許す許さないの権をもつわけではないだろう、と睨んで一息吐く。


「説明の続きをします。でも実際支払われていないから請求書はくるし、特典は届かない。きちんと支払っているはずなのに2回目の請求書で、いよいよおかしいと感じた上辻香苗は、息子からの叱責や恥を恐れて請求書の隠蔽、剛志さんの連絡の着信拒否設定に走りました。外出をされない上辻香苗は郵便物の管理を任されていたようで、浦島剛志はきちんと払っていた気でいたし、着信拒否しているからあなたから催促の連絡はない。請求書も見ていない。母親に渡された他の重要書類だけに目を通していた、と」


「お義母さんはどうなるんでしょうか」


「詐欺の被害者ではありますが犯罪者です。罪状としては請求書を隠した信書隠匿罪と、上辻剛志の電話設定を勝手に変えた不正アクセス罪ですか。取り調べ次第では詐欺幇助罪にもあたるかもしれません。信書隠匿罪は民法の不法行為ですし、不正アクセス罪と詐欺幇助罪は刑事罰が下りますが、家族間のトラブルなのでご主人次第では不起訴になるでしょう。ただ落合さんはもう他人なので被害届を出すことができます。いくらか損害賠償金も受け取れるでしょう」


「そうなんですね」


浦島担当官が赤信号で止まって口を開いた。


「私としては、あなたにも責任はあると思っています」


「浦島さん?」


「涙目で仕事を抜けてソーシャルワーカーに献立や栄養の不安を泣きつく前に、どうして養育部門を頼らなかったんです?そういった不安や貧困をなくすのが我々の仕事です。そこは『自分は親の責任を全うしている』と大きな顔でいらしてくれて良かったんですよ。それができなかったということは、親の責任を果たせている自信がない、と言っているようなものなんです」


 パートナーの勝手な責任放棄や暴力、虐待とは違い、双方の価値観の不一致で離婚した夫婦の養育義務遂行制度の申請は比較的少ない。大人の都合で子どもに迷惑をかけたという自責の念がそうさせるのかもしれない。


「そう、そうですね。私も妙にプライドが高かったんですかね」


 小さく縮こまる落合五十鈴に声をかける。


「そういえば実際、蕎麦ばかりの食生活ってどうなんですか?ソーシャルワーカーから回答を頂けたんでしょう?」


「あ、うどんとか、ラーメンとかの麺類は糖質が多くて、血糖値が上がりやすいけど、蕎麦自体は特に注意はなくて、でも丼ものですから、おかずや生野菜を取る機会をもっと増やすべきだと」


「ああ、なるほど。でもお金が入ったらサラダでも、豚カツでも何でも食べられますよ」


「----今里さん、お子さんいらっしゃるんですね」


「8歳になる娘がいます。もっと大きくなったらダイエットなんかに目覚めて蕎麦ばかりになったりするんですかね」



 *



上辻の住居にはもうパトカーが停まっていた。


「警察のほうが早かったか」


住宅の中から金切り声が聴こえる。警察の説明が上手く呑み込めていないみたいだ。家庭訪問して、認可されていないはずのバーコード振込票を一緒に確認したとき、あえて「これは詐欺だ」と教えなかった。香苗も不正の一要因だ。こちらには女性職員がいないので警察で是非納得させてほしい。


「身柄を持ってかれる前にお会いしましょうか」


玄関先で警官と困った顔の中年男性が話し込んでいる。近所の住人が何事かと遠目に覗き込んでいた。スマートフォンのカメラを向けている者もいた。


「あの方がご主人ですかね」


「はい」


「----五十鈴、陸、凪!」


 上辻剛志が警官をかいくぐり、こちらに走ってきた。


「おとうさんだ」


「とーちゃ」


「ごめん、ごめん。こんなことになっているなんて俺知らなくて、母さんも悪気はなかったんだ。特典で、五十鈴たちが助かればいいな、って。ちゃんとこれから確認してきちんと払うから」


 マザコンとは、ちょっと違うか?母親を庇っているが、訴えないでくれ、とは言わないあたりは。


「うん、これからは剛志さん自身がきちんと管理して払ってね。もう陸や凪のご飯で悩むのは嫌なの。もっと美味しいものたくさんあるって教えてあげたい」


 落合五十鈴はぼろぼろと泣き出した。あまり見ないケースだが、根っこにあるのは母親の不法行為だ。


「間から失礼します。養育義務遂行制度担当官の今里と申します。今回は振り込め詐欺の被害に遭われたこと、当方としても残念に感じております。バーコードで6か月分48万円ですね。大変痛手でしょうが、それはそれ、これはこれです。今まで払ったと思っていた分の支払いを含めて、口座差し押さえと、勤務先に公正証書のコピーを同封した通知を届けます」


 勤務先に通知を届けるというくだりで上辻剛志はひゅっと息を吸った。養育費未払で減給に繋がる処分は養育義務遂行制度の職員として阻止せねばならないが、どこにでも口が軽い人間は一定数いる。陰口や無視などのいじめ紛いのことはパワハラ訴訟並みに証拠や精神疾患の診断書を揃えてもらわないと庇えない。


 上辻剛志が壊れないと庇えないのだ。


「また養育費に関して不明な通知、郵便物が届きましたら、安易に従うことなく、遠慮なく役所や養育義務遂行施設にお問い合わせください。納得がいくまでご説明させていただきます。今後はこういった犯罪が横行しないよう当方でも啓発していきますので、引き続き上辻さんもご注意願います」


「わかりました----五十鈴、これ養育費じゃないけど、帰りに美味しいもの三人で食べて」


と上辻剛志は二枚の万札を渡した。


「上辻香苗さんにはお会いしますか?」


「----いえ、なんかまだ騒がしいですし、改めて手紙を出します。息子たちの手紙と一緒に。残念ですが、顔を合わせるより多分意志が疎通できると思うんです」


 帰りはファミレスに寄る、と落合五十鈴は言ったのでなるべく住居に近い場所のファミレスに3人を降ろした。


「タクシーはチャイルドシートの義務はありませんが、ほうき星タクシーなら、チャイルドシートの貸し出しをしています。本日はおつかれまでした」


「いろいろとありがとうございました」


「さよなら、けいじさん」


「ばいばい」


浦島担当官と男二人、息子たちに手を振り、店内に入ったのを見送ると、同時にふーっと息をつく。


「なんかべそべそした夫婦だったな」


「クズよりマシです。お互い親なんだから応援しましょうよ。浦島さん激怒オーラ丸出しでしたよ。下の子めちゃくちゃ怯えてましたから」


「親なのに、養育費管理が親任せはヤバいって」


「子どもの前で説教タイム始まったらどうしようかと思いました」


「旦那、Zobotの社員だろ。なら説教役は俺じゃなくてもいい」



*



「上辻さん、社長がお呼びです」


「社長が?」


 養育義務遂行制度の職員が給料差し押さえの通知を出すと言っていたが、それなら経理か総務か人事の、もっと下々の管轄だ。というかまだ届くには早すぎる。昇進か降格か、企画展開した製品がバズったか事故をしたかの製造責任か、呼び出される心当たりがない。


「社長、上辻です。入ります」


「おはよう、上辻君、給料差し押さえ通知確認したよ」


「えっ」


「君は馬鹿なのか!バーコード決済する自販機の企画担当しながら、つまらん振り込め詐欺に引っ掛かりおって!親なんだから、いくら離婚したとはいえ、子どもと受動的に向き合うのはやめろ!自分の子の養育費くらい自分で管理しろ!子どものこと嫌いじゃないんだろう!君が嫌いじゃなくても、あの子たちからすれば頼りにならないおじさんになるんだぞ」


 血圧が心配になるくらい顔や目を真っ赤にした社長が、眉を吊り上げ睨んできた。


「す、すみません!」


 大手なのに、何で一社員の私生活を社長から直々に怒鳴られているんだ。


「----別に、降格も、減給もしない。それをしたら家族もろとも首を絞めるだけだ。ただ君はそういう人間なんだと心得ておく。子どもを作る元気と、離婚する勢いがあるなら死に物狂いで挽回しろ。それがひいては家族のためになる。わかったか」


怒髪天を衝く、とはこのことか。降格も減給もないにしても、仕事で大きく汚名を返上しなければ、昇格も昇給もない。ばくばくとした心臓を抑え、小さく返事をすることしかできなかった。


「はい」



*



《いつもおつかれさま》


《おいしいよ》


《うんとおたべよ》


 体毛と同じ色のワゴンを押すカンガルーロボットが三匹、気弱なたどたどしい客引きを言いながらとろとろとやってきた。ぬいぐるみ産業ロボットを手掛けるZobot社の製品だ。巡回販売タイプはなかなかレアで車内販売か施設でしか見たことがない。


「クリームパンはあるかい?」


《クリームパン、は、もうないの》


《カスタードワッフルサンド、なら、あるよ》


「じゃあカスタードワッフルサンドとアイスカフェオレをくれないか」


と言ってPカードをセンサーにかざす。ワゴンが開いてカスタードワッフルサンドとアイスカフェオレ缶が出てきた。取ってラップを向く。


《ありがと》


《またね》


コーヒーを飲む浦島が呟いた。


「今頃やっているかな」


「矯正官が直々に社長に届けましたからね」


 勤務先に届ける、とは言ったが、郵送するとは言っていない。矯正官はあくまで職務として余計なことは言わないだろう。

 だが児童支援の篤志家である社長が、産業サポートロボットを扱う自社社員の管理能力をどう思うかは、その次の、別の問題だ。


「恥ずかしいだろうな。『お前の会社に養育費払ったつもりでいるお馬鹿さんがいるよ』って友達に突き付けられるの」


「矯正官は何も言いませんよ。ただ業務を果たしているだけです」


「プライベートのことに過度に干渉するのはパワハラだろう」


「でも今回の件に関して上辻さんは訴えられないでしょう。訴えて、労基に行くにしたって、お叱りの内容がまぬけすぎます。訴えるなら犯罪防止啓発として被害者の訴えでやってほしいですね。----ああ、そうだ。上辻さんに取材と、報道と、PR会社にも声かけないと」







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る